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ナガラボはながのシティプロモーションの一環です

No.246

青野

利光さん

スペクテイター編集長

自由な表現方法で独自の世界観を展開する
インディペンデントマガジン

文・写真 島田浩美

2011年、東京から自然が近い長野へ

雑誌『Spectator(スペクテイター)』は、ひとつのジャンルにとらわれず、体験や主観を重視するニュージャーナリズム(※)というスタイルで発行されている媒体です。取り上げるテーマは、世界各地のライフスタイルやカルチャー、思想、環境、健康など毎回さまざま。ページを開けば、ずらりと並ぶ活字から書き手の気概がびしびしと伝わり、臨場感あふれる強いメッセージ性を感じます。近年、流行やマーケティングを追いかける雑誌が多いなかで、この『スペクテイター』は自分たちの自由な表現を大切にし、自らの足でしっかりと歩んでいる貴重な雑誌ではないでしょうか。

5月12日に発売された最新号(33号)の特集は『クリエイティブ文章力』。その巻頭には、編集長・青野利光さんによる次のような言葉が並んでいました。

「活字を追っていくうちに目の前で映像が映し出されるような刺激的な読書体験は、どんなドラッグよりも強烈なインパクトを僕に与えた。こんな物語をもっと読みたい、書かせたい。そんな想いがスペクテイターの創刊につながった。一篇の記事が新しい旅に出るきっかけを与えてくれるということを、僕は身をもって体験したのだった」

この文章を読んで、私はハッとしました。というのも、まさに私は大学時代に沢木耕太郎著『深夜特急』を読み、目の前に広がる自分の知らなかった世界を見てみたいと思って、2年間の旅に出たからです。そこで、2011年に東京・千駄ヶ谷から長野市に拠点を移した『スペクテイター』編集部を訪ねました。

同誌編集部があるのは、長野駅から自転車で5分ほどの住宅街。建物は事務所物件ではなく、駐車場付きの一軒家です。青野さん以外のスタッフは東京を拠点にしているので、彼らが長野に来た際に寝泊まりができ、発送作業もしやすいことを考慮した結果だとか。そもそも編集部の移転のきっかけは、東日本大震災も少なからず影響しているそうですが、「前々から田舎でもサテライトという形で制作はできるんじゃないかと思っていた」と青野さんはいいます。

長野駅近くの住宅街にある事務所。ここで東京のスタッフが寝泊まりしながら制作や発送作業が行われている

「アラスカやカナダ、オレゴン等を取材するうちに自然のよさを実感していたので、引っ越すなら山が近くて自然がある長野か伊豆あたりがいいと思っていました。ライフラインが機能しなくなったときに畑が近いほうが安心感があるし、やってみたいというチャレンジの気持ちがあったんです。ただ、直接的には震災があって後を押されたという感じかな」

現在、自宅は善光寺界隈に構えていますが、事務所と自宅が近いというのも大きなポイントだったそう。

「長野に来てから調子はいいですね。自然は近いし、冬は遊べるし。白馬にも野沢温泉にも1時間ほどで行けるのがいいよね。東京までも新幹線を使えば1時間半。以前は茨城県のつくば市に住んでいて、1時間かけて出勤していたことを考えたら問題はないですね。一番変わったのは、ひとりの時間が増えたこと。東京にいるときは常に誰かが事務所にいたんだけど、今は仕事に集中してじっくり考える時間が増えました」

書店や飲食店のほか、物を買う場所が少ないという苦労はあるようですが、インターネットや図書館を活用することで、今のところそれほど大きな不便はないそうです。

(※)ニュージャーナリズム=1960年代にアメリカで成立したジャーナリズムのスタイル。記者が自ら行為者となることで主観や個人的体験を大胆に取り入れ、取材対象の本質を伝えようとするルポルタージュ風エッセイの叙述方法。新聞記事のように客観的かつ総括的に対象を語るのではなく、会話を多用して書き手の人格を前面に打ち出し、臨場感あふれる記事が特徴。

主にノートパソコンひとつで制作をしている青野さん。外部とのやりとりはチャットやスカイプを活用している

自由に練られるディープな企画

青野さんが『スペクテイター』を立ち上げたのは1999年。それまでは、仲間と創刊した『Bar-f-Out!(バァフアウト)』という渋谷系音楽雑誌を制作していました。しかし、70年代のアメリカの雑誌『ローリング・ストーン』などのレポーティングスタイルの媒体に影響を受けて育った青野さんは、以前から「音楽雑誌よりも実体験を自分の言葉で書くノンフィクションのほうがやりがいがある」と感じていたことから、社内で『スペクテイター』を創刊。2001年に独立し、現在の「有限会社エディトリアルデパートメント」を立ち上げました。

今は、主に広告営業や配本関係を担当する片岡典幸さんと、2年ほど前に入社した赤田祐一さん(サブカル系雑誌『Quick Japan(クイック・ジャパン)』創刊編集長で、『磯野家の謎』や『バトルロワイヤル』といったベストセラー本を企画した敏腕編集者!)の3人で制作をしています。企画の打ち合わせは、青野さんが月に2~3回ほど東京に出向き、赤田さんとふたりで神保町の喫茶店にこもって行っているそう。

ところで、かつては旅をテーマにしたトラベルライティングが多かった『スペクテイター』ですが、ここ数年の特集は『禅』(31号)、『ボディトリップ』(32号)などカルチャー寄りの特集が多く、特に長年構想をしてきた『ホール・アース・カタログ』(29・30号の前後篇)や、創刊当初からのテーマである「ニュージャーナリズム」に連動した今回の『クリエイティブ文章力』などは、なんだか同誌の集大成のような印象も受けます。

「Spectator(スペクテイター)」とは日本語で「見物人」「目撃者」という意味。「真実を飾らない言葉で自由に表現できる存在であり続けたい」という想いが誌名に込められている

「確かに『ホール・アース・カタログ』も10年くらい前からやろうといっていた企画で、雑誌の集大成みたいだけど発行は続けていきたいと思っていますよ(笑)。最近の企画は(サブカルチャーに強い)赤田が入った影響が大きいかな。ふたりで神保町で話していると、つい『そろそろやるか』みたいな集大成感が出ちゃうんですよね。でも、次号はポートランドの仕事を取材に行くし、ほかにもやりたいリストはまだまだあります」

「ポートランド」といえば、近年さまざまな雑誌が特集を組んだりガイドブックがさかんに発行されていますが、『スペクテイター』はそれらに先駆けて、すでに2009年に特集を組んでいます。次号で改めて特集を組むのは「現行のガイドブックに掲載されている店舗の人たちが、どのような人生という固有の物語を生きてきたか」が気になったから。「海外取材では現地の情報に精通している『いいガイド』を探すことが大事」と話す青野さんが、時代の波に流されずに自分たちの世界観を確立させている『スペクテイター』のなかで、流行のポートランドについてどんな展開を見せてくれるのかはとても楽しみです。

友人と92年に立ち上げた『Bar-f-Out!』。当初はフリーペーパーとして始めたが、有料化したところ、渋谷系全盛期のいわゆる「広告バブル」で一気に売り上げを伸ばし、スタッフは10数人に増えたという

雑誌の先に広がる世界の追体験を目指して

今回の『クリエイティブ文章力』特集には、青野さんの次のようなメッセージが込められています。

「自分自身の体験をひとつの物語として文章に綴るという行為が作家やコピーライターのような特別な才能を持った人にだけ許されたものだと、もしキミが考えているとしたら、それは間違いだ。
(中略)
どうせ書くなら読み捨てられる文章ではなく、読み手の心や世に残るストーリーを書こうじゃないかと、いつか物語の書き手となるかも知れないキミに呼びかけたかったのだ。
(中略)
この特集が、あなたの旅のコンパスになれることを願う」

ここからもわかるように、『スペクテイター』には、自分たちが気になる取材対象を自由に表現するだけではなく、現代の若者に対する指南書のような雰囲気も呈しています。実際、かつて同誌のトラベラー特集を読み、会社を辞めて旅に出る読者もいたのだとか。そこには、青野さん自身が雑誌に影響を受けて育った背景があります。

「10代の頃の僕が雑誌のなかに探し求めていたのは、単なる情報じゃなくて、雑誌が無意識に描きだす理想の世界のイメージだった気がします。それぞれの編集者たちが世界各地から拾い集めてきた情報が束ねられると、編集者たちが理想とする共和国が1冊の雑誌のなかに現れる。そういうものに影響を受けて、自分でも理想の社会のイメージを描いてみたい。あわよくば、それが現実になればいい。そんな想いが高まって自分の雑誌をつくろうと考えました。『スペクテイター』がそういう役割を果たせれば、本としてはいいと思っています。意図して『人の人生を変えてやろう』と表現すると、うるせえなって思われるけど、雑誌で書かれた先の世界を読者に追体験させることで、『スペクテイターを読んで人生が変わった』っていわれたら嬉しいし」

淡々と話す青野さんですが、次々と繰り出される言葉からは心地よい熱っぽさを感じます。それに、実際、以前に掲載したナガラボの記事で「Books & Cafe ひふみよ」店主の今井雄大さんは「スペクテイターの『就職しないで生きるには』という特集を読んだことが開業のきっかけ」と話していました。同誌に込められた青野さんの想いは、すでに現代の若者たちに反映されているようです。

『スペクテイター』10周年記念号(20号)の特集は「BACK TO THE LAND」。住み慣れた都会を離れて自然に近い環境で新たな暮らしをはじめた若者たちを特集した。こうした取材を通じて、青野さんたちも田舎暮らしを考えるようになったという

長野に移転する前後の『スペクテイター』のバックナンバー。ちょうど_23号(写真真ん中)を配本中に東日本大震災に遭遇した彼らは、24号(写真右)で「これからの日本について語ろう」というテーマを取り上げた

単行本や長野市のタウンガイドも発行!?

とりわけ、「文章を書く大切さを認識してもらおう」という想いが込められた今回の『クリエイティブ文章力』特集は、『スペクテイター』創刊のきっかけになった「ニュージャーナリズム」について丁寧に掘り下げられ、ページ数もボリュームアップしていて、編集部の熱意が込められているように感じます。

「これだけの文章をガンガン載せる雑誌ってあまりないじゃないですか。ちゃんと書き手が悩みながら自分の文体にこだわった世界観を書く。そういう雑誌は70年代は結構あったんだけど、もっとみんなやったほうがいいじゃんと。作るのは大変だし技術もいるけど、作品としていいものができると残っていくし、フリーペーパーを作っている人たちも含めて、こういうものをもう一回世の中に送ろうというメッセージを込めました」

かつては年2回の発行だった『スペクテイター』ですが、現在は赤田さんが入ったことで年3回の発行になりました。

「スタッフが3人になったから、年3冊の制作が自然な感じかな。ゆるいペースで作っているようだけど、取材して営業して配本していると、やることがあるなと。不器用だからいろいろなことが同時にできないんですよ」

日本の雑誌では、毎月個性的な特集を組んでいた70年代の『宝島』や『ポパイ』に影響されたという青野さん。今でも当時の『宝島』は大事に所有している

だからこそ、じっくりと制作に時間をかけ、読み手の人生を変えるほどの影響を与えるような雑誌が生み出されるのでしょう。毎回、2万部ほど発行されるさまざまな特集号は軒並み完売。この雑誌ほど「次はどんなコンテンツを届けてくれるのだろう」と楽しみにさせてくれる媒体は少ないように思います。今後はどう展開していくのでしょうか。

「今年は単行本を出そうと話しています。『ホール・アース・カタログ』の前後篇を1冊にまとめたいなと。あとは、スペクテイターが年3回安定して出せるようになったので、それほどお金をかけずに制作し、直販やネットだけで成立するZINEと単行本の中間のようなものを作りたいとも考えてます。くだらない旅の雑誌も必要じゃん、と思うし。長野に関しては、モノクロの文字で紹介するだけのような、ちょっとしたタウンガイドを作りたいですね。おもしろい街ネタをぶち込んで、リアルにいいところをチョイスして」

近年、長野市内に多く誕生している空き家を改装した店舗にも興味を抱いているという青野さん。そんな青野さんが発信する長野市のタウンガイドはどんなものになるのだろうと期待せずにはいられません。

『スペクテイター』制作の合間には、ジャーナルスタンダードやBEAMS、ノースフェイス、KEENなどのアパレルやアウトドアブランドのスタイルブックを作る仕事もしている

(2015/06/15掲載)

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