No.237
竹下
多美さん
長野市立博物館 学芸員
飯縄信仰のシンボルを通して
中世の祈りに思いを馳せる
文・写真 安斎高志
闇に葬られてしまった世界を覗く
5月31日まで長野市立博物館で開かれている特別展「狐にまつわる神々」。企画した学芸員の竹下多美さんは、今回の展示の魅力をこう語ります。
「明治時代に廃仏毀釈があって、われわれの先祖がずっと信じてきたものが、ガラッと変えられてしまっていることに、多くの人が気付いていません。でも、狐を通すと、闇に葬られてしまった世界みたいなものが、すごくよく見えてくるんです。中世の人の祈りとか願いを感じてもらいたいですね」
展示の主役となっているのは、善光寺の鎮守として信仰された飯縄権現(いづなごんげん)。狐に乗ったカラス天狗といった風情です。
「中世以前は、中国から伝わった経典に即した、カチッとした姿の仏様が多かったんです。しかし、その後は多様な信仰が生まれて、いろいろなものが合体した神仏が出てきました」
飯縄権現もその一つだと話す竹下さん。ダキニ天や不動明王、カルラなど、複数の神仏のエッセンスが合わさっていると考えられています。文献と美術品の両側から、何のためにそのようなものが生まれたのかを研究してきたのが竹下さんです。
「飯縄権現像 永福寺(長野市松代町)蔵」。不動明王とカルラ、ダキニ天といった複数の神仏の要素が合わさっている
曼荼羅に没頭した青春時代
神戸の大学で美術史を専攻していた竹下さんは、その中でも両界曼荼羅(りょうかいまんだら)の研究に打ち込んできました。両界曼荼羅とは、大日如来を中央に配して、更に数々の仏を一定の秩序にしたがって配置したもの。
「ゼミでたまたま両界曼荼羅について発表することになって、それまで見たことも聞いたこともなかったんですけど、図録を広げた瞬間にビビっと来ました。めっちゃかわいいんですよ」
460体が描かれた曼荼羅から、その1体1体に焦点を当てつつ、天台宗と真言宗それぞれが伝えたものの特徴を比較するなど、国内でも例の少ない研究を進めていた竹下さん。周囲からは”曼荼羅娘”と呼ばれていたそう。博士課程修了後は、学芸員の道を選びます。
「学生時代、展覧会の事務局でアルバイトをしていたんですけど、事務局側は企画ができる一方で、作品には触れないんです。現場で作品に触っている学芸員さんを見て、そっちの側に行きたいと思いました」
博物館の学芸員は狭き門です。竹下さんは全国で募集の口を探し、縁もゆかりもなかった栃木県の県立博物館で働き始めますが、そこで出会ったのが飯縄権現。栃木県には数少ない曼荼羅を探していたときに見つけ、狐に乗ったその姿に魅入られます。
「狐は、墓場をうろついていたり、狐火の存在があったり、塚を荒らしたり、いかがわしい存在なんです。でも、その一方で農耕の守り神でもある。信仰のおもしろいところで、いかがわしいものほど、墓場や死に近いほど、強大な力を持っていると考えられていました」
狐に乗った飯縄権現の研究に没頭した栃木から、生まれ故郷である京都の美術館へ移り、いったんは狐からは距離を置きます。しかし、その後、結婚を機に、飯縄山の麓にある長野市にやって来ました。「狐に憑りつかれているとしか思えない」と笑います。
「狐を通すと、書き換えられてしまった文化というものがすごくよく見えてくる」と竹下さん
博物館はレクリエーション施設
今回は企画を担当しましたが、本来の業務は「教育普及」。小学校の社会科見学の対応や、毎週土曜日に開かれている小中学生向けのワークショップなどの企画、運営に携わっています。
「栃木にいるころから、わかる人だけわかればいい、来たい人だけ来ればいいというスタンスを反省しだして、レクリエーション施設として何が求められているのかを考えるようになりました」
社会科見学では、対話型やクイズ形式でガイドをするようにしたほか、炭火アイロンや背負子など、実際に触れるものを使って出来るだけさまざまな体験ができるプログラムにしました。
「子どもたちには、楽しんでもらいたい。博物館って敷居が高くて、お勉強しに来る施設だと思われていますよね。でも、楽しくないと学ばないというのが、私の信条なんです」
長野市立博物館は毎週土曜日、小中学生の入場を無料にしています。竹下さんが楽しく学んできた集大成とも言える「狐にまつわる神々」は5月31日まで。飯縄山で生まれた神仏を見つめれば、いつも目にしている風景もまた違った表情をあらわすかもしれません。
「伊頭那(飯縄)曼荼羅図 輪王寺(栃木県)蔵」。曼荼羅研究に没頭していた竹下さんをさらなる深みに引き入れた図
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会える場所 | 長野市立博物館 長野市小島田町1414 電話 026-284-9011 ホームページ http://www.city.nagano.nagano.jp/museum/ ■善光寺御開帳記念第58回特別展「狐にまつわる神々」(5月31日まで) |
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