No.379
滝澤
幸広さん
金属加工職人・株式会社エクセル代表取締役
美しいステンレスの
特注品をつくる
文・写真 宮島悦雄
ものづくりは日本の代表的な産業ですが、多くの分野で機械化、自動化がすすみ、伝統産業以外で職人の技が生きる分野は減る一方です。今回ここに紹介する滝澤さんは、建築板金の世界で金属加工を手掛けて20年という職人。エクセルという会社を経営しながら、その技を若者たちに伝えています。ものづくりの面白さ、手に職をつける難しさをうかがいました。
“ゼロ戦”づくりからスタートした板金加工
株式会社エクセル、IT企業を思わせる社名ですが、滝澤さんが経営する金属加工の会社です。どうしてこの社名に…?その由来をうかがうと、戦後の建築板金の流れも少し見えてきました。
創業したのは滝澤さんの祖父。戦前は名古屋でゼロ戦など戦闘機を作っていましたが、終戦で仕事がなくなり、郷里の長野で金属加工の技術を生かして建築板金の仕事を始めました。創業時の屋号は滝澤板金店で、主力は屋根板金です。しかし、戦闘機もつくる高度な技術を見込まれて、「こんなものができないだろうか」と建築に使われるさまざまな設備の相談を受けるようになりました。とくに昭和30年代には、各地に生まれ始めたスーパーマーケットのステンレスのショーケースや大型冷蔵庫の依頼が増えていきます。時代を反映して仕事が増え、昭和42年に(有)滝澤ステンレス工業として法人化。さらに平成5年に㈱エクセルとしました。平成23年から現在の社長で3代目です。
「バブルの頃は人手不足で採用難でした。少しでも若い人に興味を持ってもらえる社名を、と考えて「勝る」「卓越する」という意味の横文字にしました。パソコンが普及する前の話で、ソフトウェアとは関係ありません(笑)」
現在は、ステンレスのキッチンや階段の手すりのほか、金属のモニュメントやオブジェなども作ります。扱う素材はステンレスを中心に、鉄、アルミ、銅、真鍮(しんちゅう)など。すべて特注品で職人の手による一品生産です。
エクセルのステンレス製品
すべての工程を一人で手がける、ものづくりの楽しさ
滝澤さんは父親から指導を受け、職人歴は20年。金属加工の楽しさ、難しさをうかがいました。
「この仕事の特徴は、図面を見ることから始まり、金属板を展開する、線を引く、切断、曲げる、溶接する、叩いて整形、仕上げ、研磨と続く工程を、すべて一人の職人がこなすことです。だから完成したときは、『自分が作った』という満足感が大きい。しかもそれが駅や病院、学校など公共の建物に使われることが多いので、実際に利用されているところが見えるし、自分も利用者の一人になることもある。これもやりがいにつながります」
なるほど、ものづくりの面白さが詰まっています。一工程だけを担当するスペシャリストでなく、金属板が用途に応じた形になるまでの全工程を一人でやるというのは、聞いているだけで楽しいだろうなと想像できます。
五感を働かせながらステンレスを叩く
技の習得は、自転車に似ている
しかし、それにはよほど手先が器用じゃなければできないんじゃないかと思ってしまいます。
「そんなことはありません。私も不器用で、子どものころはプラモデルも満足に作れなかった。その仕事が好きで、興味を持って取り組めば必ずできます。どの仕事も同じでしょう」
では、難しさはどこにあるのでしょう。熟練工になるには何年ぐらい修業が必要なのでしょう。コツはあるのでしょうか。いくつも疑問がわいてきます。
「一人前になるまでには10年ぐらいかかります。私も若い頃は苦労しました。いいものを作ろうと連日夜遅くまで試行錯誤してもできない。悔しくて誰もいない工場で大声を上げたこともあります。発狂するんじゃないというところまで追い込まれて、あるときふっと限界点を超えてできてしまう。“火事場の馬鹿力”ってあるんだなって思いました。技の習得は自転車に乗るのと似ています。自転車ってマニュアルを読んで、さあ乗ってみようと思っても乗れないでしょう。それが何度か練習しているうちにふっと乗れるようになる。大事なのは『わかる』ことじゃなくて『つかむ』こと。だから頭ではなく手を使えと指導しています」
プレス機やボール盤などの機械が設置された工場(ステンレス創作工房)の壁には、手仕事で使う道具が整理されている
伝道師として技を伝えたい
若い技術者を指導する立場になった滝澤さん。マニュアルも作りましたが、特注品が多く、感覚的なセンスなどはマニュアルでは伝わらない、心が伝わらないと難しさを感じています。そこで、10年かけて訂正したり加筆したりして教科書も作りました。
「伝道師として若い人たちに金属加工の楽しさ、技を伝えていきたい。将来、必ずこの技が重宝される時代が来ると思うんです」
滝澤さんが理想とする会社は、クラブ活動のような会社だといいます。一つのチームとして仲間が励まし合ったり、アドバイスし合って全国大会出場を目指す。そして、「ここまでできるのか!」と、世間の人が驚くようなステンレス加工の技を見せたい。地域貢献も積極的にして、夢を持てる会社にしたい―未来を語り始めると、子どものように目が輝く滝澤さんです。
溶接を指導する滝澤さん。「技を伝えるには手取り足とりも必要です」
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