No.038
角居
康宏さん
金属造形作家
迫力の芸術作品と
優しさのクラフト作品
文・写真 Takashi Anzai
金属造形作家の角居康宏さんには2つの顔があります。
「始まり」をテーマにした荒々しいアートワークを手掛ける美術家、そして使い手への気遣いが感じられるクラフトワークを手掛ける工芸作家です。いずれも金属を扱うものの、その作風は両極にあり、そしてそれぞれが高い評価を得ています。
角居さんは金沢美術工芸大学の出身。金属によるモノづくりにはまっていったきっかけは大学時代に見た、金属を融かす高温の火の美しさでした。
「金属を融かすときの火がかっこよかったんです。どんどん温度上げていくと、レモンイエローの火が出て、最終的に金属が融け出るときの状態って真っ白な炎が出る。その勢いがすごくかっこよくて。祭りの高揚感に似ていますね。目の前に高温で危険なものがあって、神々しい火があって」
「熱に浮かされちゃったみたいなものですよ、かっこいいかっこいいってね」
そう話し笑います。
火は宇宙の始まりであり、人間の始まりでもあるという角居さん。なるほど、角居さんのアートワークからは、ビッグバンを想起させるようなエネルギーと迫力が感じられます。
「楽しい人生を送ってきた」と話す角居さん。モノづくりは飽きないという
大学を卒業した後は日本を代表する陶芸家・鯉江良二さんの工房に住み込み、一流のモノづくりの現場と精神に触れます。そこであらためて火への強い憧れを再確認します。
「『お前大学で金属やってたんだから、ここで金属やれよ、ここで金属融かせばいいじゃない』と言われまして。陶芸の工房なのに。最初は何が必要か分かりませんでしたよ。学校ではお膳立てがある。そういう中でモノを作ってた人間が、やっていいよ、と言われた時に、何もできない、何が足りないかが分からない。4年間、金属勉強してきて、おれ何も分かってないやと気付かされました。
そこから1年間くらいかかりましたかね。必要最小限のもの、るつぼがあって火があって、金属があって、火が強ければ融ける、せめてそこまでやれるようにしよう。と決めて、道具類も自分で溶接してつくって、システムから全部作り直ししたんですよ」
錫の器は20種類以上の自作の金槌で叩いて仕上げていく
鋳物のアートワークが挑戦的な印象を受ける前衛的なものであるのに対して、錫(すず)と真鍮でつくるクラフトワークからは角居さんの優しい人柄がにじみ出ています。
「日常使いの器が工業製品から僕のに変わったら確実に生活が面白くなりますよ、と胸を張って言えるものをつくっています」
錫は熱伝導率が高く、温かさや冷たさを持続しやすいという特長があります。また匂いもなく、お酒をまろやかにしてくれるとも言われます。角居さんは東京の百貨店を中心に多くの企画展へ錫の器やアクセサリーなどを出品し、多くのファンがいます。
「自分が納得してモノをつくって生きているから、昨日も午前3時くらいまでつくっていたけど、そんなものは苦労のうちに入らないんです。なんて楽しいんだろうと思います。
そこに僕がつくったモノがあって、いろんな人が持ってみてくれる、そこから人の輪が膨らんでいく。それが楽しいですね」
そう話す角居さんに先日、印象的なエピソードがありました。
角居さんも錫の器を出品した、ある利き酒会のこと。
会も終わりに近づいたところで、8歳の男の子が突然、角居さんの器を選び始め、「僕、これ買う」と所持金すべてと思しきお金を数えだしたそうです。それに対して、その子の父親は「あ、おれよりいいの買うの?!」と羨ましがり、母親は真っ直ぐ目を見つめて「いいのね、安くないんだよ」と問いかけると、男の子は力強く頷いたといいます。そうして少年は5,000円以上する器を買いました。
金属を扱い始めたのは鋳金がスタート。「始まり」をテーマにアートワークを手掛ける
「その流れが本当に気持ちよくて。これまでも、モノづくりを続けなければいけないと思えるエピソードがいくつかあったんですが、その一つですね。ちゃんと気持ちのこもったものであるかどうかが伝わったんですかね。嬉しかったですよ」
角居さんはそう振り返り、笑顔を見せます。
モノづくりが大好きで、制作しているときはいつも楽しいと常々、口にしている角居さんですが、一方で向上心と危機感を持って毎日を過ごしています。
「今は何となくやっていけそうな気がしているけれど、ちょっと仕事がなくなったらすぐ終わりですから。続けていくには維持じゃだめ、ずっと進化していかなければならない。修羅の道ですよ」
手に馴染む錫の器。使う人を思い浮かべながら制作している
それでも常に前向きでいられるのは、お兄さんの存在も大きいと話します。角居さんは4人兄弟の末っ子で、すぐ上のお兄さんである勝彦さんは2011年から3年連続でJRAのリーディングトレーナー(最多勝)に輝いている競馬の調教師の第一人者です。美術系の大学を選択するときも勝彦さんからもらった「好きなことをやれ」という手紙が大きく影響していたといいます。
「それぞれの決心の時に支えてくれる人がいたので、引くに引けない気持ちというものがあるんです。美大に行ったからには、美術で生活を成り立たせたいですし。常に崖っぷちのようなところに自分を追い込んでいますね。兄貴が活躍していれば、兄貴の言葉を思い出すし、自分の進む道も引くに引けないという思いになります」
角居さんの工房兼ギャラリーは、善光寺門前にあります。「人と触れ合うことが大好き」というだけあって、展示会などで留守のとき以外は、訪れた人を快く自ら案内し、サービス精神旺盛なトークで楽しませてくれます。
「僕自身は今までいろんな人の恩恵を受けて、楽しい人生を送ってきました。胸を張って自慢できる人生だと思うんですよ。だから、思いっきり人生を楽しむ姿を見せられればいいなぁと思っています」
角居さんの工房。親しみやすい人柄からか多くの友人たちが訪れる
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