No.026
田辺
智隆さん
戸隠地質化石博物館 学芸員
訪れる人を対話で楽しませる名物学芸員
展示物とお客さんとの距離を縮める新しい博物館
文・写真 Takashi Anzai
「これ、なんだと思います? 触ってみてください」
見学に訪れた際、田辺智隆さんはいきなり尖った棒状の物体を棚から取り出し、差し出しました。
突然の質問に戸惑い考え込む観覧者にその物体を触ってみるよう促し、田辺さんは質問を続けます。
「ざらざらしていますね…、さて、なんでしょう?」
「わかりません…」
「これね、カジキマグロのくちばしなんです。このざらざらの部分で小さい魚をひっかけるんです」
矢継ぎ早に角の生えた白い頭蓋骨を差し出します。
「これはね、山で拾ったカモシカの頭骨です。多分、昔の人がこうした角のある骨を見て、鬼の伝説なんかが生まれたんでしょうね。さ、どうぞ撫でてください」
ここでは、展示物が単に展示されているだけではありません。そして学芸員も一方的に話すだけではありません。対話があり、見る、聞く、触る、嗅ぐといった複数の感覚で、そのモノが持つ意味や価値を考える場所です。
そして、いつの間にか日常の中で見過ごしてきたことの多さに気づかされます。
「博物館は発想を豊かにする場所。今の学校にはできないような、『発見する喜び』を提供するのが博物館の役割だと思っています」
戸隠地質化石博物館は中山間地にあります。
唯一の公共交通機関であるバスの本数は限られ、自動車で行き着くにも曲がりくねった山道を長野市街から30分は走らなければなりません。
しかし、同館の名物学芸員・田辺さんはその地理的条件を楽しんでいるようにも見えます。
「こんな不便な場所にあるから、お客さんを逃がさないためには、ただそこにあるだけではダメなわけです。お金をかけずにやるにはきめの細かいコミュニケーションしかない。ボタンを押すと解説が流れる機械を置いたらどうかという話もありましたが、それではだめですね」
事実、田辺さんとの対話に惹かれてリピーターとなった来訪者は数多いと聞きます。
田辺さんは可能な限り骨や毛皮、木の実、化石などの展示物を訪れた人に触れてもらいます。
棚からおもむろに展示品を取り出して触らせ、その正体を推測させるなどして、他の博物館では通常”鎮座している”展示物と見学者の距離を縮めます。
そして見学者との対話を大事にして、見学者それぞれに合わせて興味を持ちそうな話題を提供します。
「もう一度来て、話を聞きに来たいと思わせるのが学芸員のウデの見せ所です」
同館の学芸員自作のはく製や標本も多い
田辺さんの話は、化石にとどまりません。長野の街の成り立ちや動植物の生きる知恵など、幅広い範囲に及びます。
その中で、地元・戸隠になぜ博物館があるのかを意識して説明しているといいます。
「ハコモノを建てただけ、というのではいけない。なんで博物館がここにあるか、という問いに対して、『歴史があるからここにあるんだ』というアピールと説明責任が、これからの博物館には必要です。今までの博物館はお客さんとの距離がありすぎました」
「戸隠山は信仰の対象だったから昔から登る人がいました。当時は登山なんてなかったですから、そういう歴史があってここに博物館があるんです。それと、2000m近い山でホタテガイなどの海の生き物の化石が出るところはそうない。そういう隆起の激しい場所だからパワースポットなんて呼ばれるわけです」
田辺さんは千葉県市川市生まれ。
大学進学とともに信州へ移り住み、その後、当時の戸隠村立の博物館で働き始めました。そんな田辺さんは戸隠の魅力についてこう語ります。
「戸隠は変わった場所です。コメが取れないのに、平安時代から人が住んでいる。それはここの人たちに知恵があったからです。竹、麻、そばなどの産業を生み出し、自然とも調和する知恵がある。人間が住んでいるには理由があるんです」
そう話す田辺さんがこの博物館で人々に伝えたいことを尋ねました。
「長野の山の中はディズニーランドより楽しいというのが私の主張です。山を見て気づく楽しさ、生き物を見て気づく楽しさ、そうしたものがこの博物館にはあります。つくったり、見つけたりするものは楽しいということを伝えていきたい。買う喜びより、発見する喜びですね。楽しく生きるには身の周りの材料を見直すことです」
単なる長野市の航空写真も、田辺さんの前ではいくつものストーリーを紡ぎだし、聞く人を引きこんでいきます。善光寺地震や千曲川の氾濫などの爪あとはどこに見られるか、地質学的に家を建てるべき場所はどこかなど、話題は身近なテーマにも及びます。
気軽に化石を拾い上げ、触らせてくれる田辺さん
「多くの人が、自分が住んでいるところがどんなところか、何があったか知らないで暮らしている。もっと昔のことを知ってほしい。過去、現在があって未来がある。それを正しく知ることが人間の正しい生き方だと思うんです。未来について言えば、これからエネルギーが枯渇する世の中になっていく。そうすると里山の知恵が生きてきますよ、きっと。地域をよく知ることは、未来に繋がることです」
自分が住んでいる街や近くの森で見かけるモノや風景、そこにはこれまで気付かなかったストーリーが隠れていました。そのことを教えてもらえる戸隠地質化石博物館。山を越え、谷を越えて行くだけの価値はあると思いました。
亀の骨。手に取って見せてくれるので、細部を覗いてみることができる
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会える場所 | 戸隠地質化石博物館 〒381-4104 長野県長野市戸隠栃原3400 電話 026-252-2228 ホームページ http://www.avis.ne.jp/~kaseki/index.htm FAX 026-252-1221 <開館時間> |
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