No.022
石黒
ちとせさん
株式会社アドイシグロ代表取締役社/光ハイツ オーナー
看板屋さんがつくる
人とまちをつなぐ「ビンテージビル」
文・写真 Chieko Iwashima
街の中には数えきれないほどの看板が立っています。私は昔から看板を見るのが好きで、ここ、アドイシグロの立体看板(というかオブジェ)にはずっと注目していました。2014年6月現在はペガサスが立てられていますが、どうやら干支のオブジェを作っているようで、以前は鳥だったり、竜だったりしたこともありました。しかも片手間で作ったのではなく、きちんと作りこんだ感じが一目で伝わってきます。きっとユニークな会社に違いないと気になっていましたが、取材に伺うと、やはり、ふつうの看板屋さんとは違っていました。
アドイシグロは、昭和3年創業の85年も続く老舗看板製作会社。看板屋でありながら、最近は敷地内で所有している鉄筋コンクリート造6階建ての公団型共同住宅「光ハイツ」のリノベーションを行っていることで注目されています。
リノベーションとは、古い建物の魅力をそのまま生かしながら改修し、付加価値をつけることです。新築に近づけるよう復元するリフォームとは発想が異なります。
リノベーションに踏み切ったのは、創業者の孫で、光ハイツの大家でもある社長の石黒ちとせさん。
「古いものに価値を与えるという今まで私が知らなかった発想を知って、何それ!いいね!ってうれしくなりました。長野県の賃貸空室率は全国ワースト3。例えば、空室が埋まらなくて廃墟になったり駐車場にされてしまったりしたら看板屋の仕事もなくなってしまう。同じ空室に悩む大家さんたちにも知ってもらいたいと思いました」
社長の仕事を始めるまでの石黒さんは、本人曰く「フラフラしていた」そうです。
大学を卒業後、OL生活を経て、塾講師に転職した石黒さん。日本語教師の資格を取るために東京の専門学校に入学しますが、そこでたまたま学んだ中国語のおもしろさにはまり、塾講師として働きながら頻繁に中国へ行く生活を6年ほど続けました。ちょうど長野オリンピックが終わるころ、両親から頼まれて実家の仕事を手伝うため長野に戻ります。そして8年前、前社長の急病を機に社長を継ぐことになりました。
「私は3人姉妹の長女で、妹2人はもう結婚が決まっていて。そのときはとにかく父の次に社長になってくれた前社長の負担を軽くしなきゃという一心で、自分からやるって言い出したんです。父は心配していましたが、ほかに選択肢がなかった感じです」
長野オリンピックの好景気を通り過ぎ、経営状況は厳しいものでしたが、石黒さんは冷静でした。
「私は会社が下り坂のときしか知らないので、あまり辛いという実感はなくて、どちらかというと楽しいほうでした。40歳で会社を引き継いだんですが、それまで好きなことをやってフラフラしてたので…さすがにそろそろしっかり働けって自分でも思っていました(苦笑)」
一方で所有する中古集合住宅「光ハイツ」の空室の増加に悩むようになります。光ハイツは、1978年に竣工した築35年の老朽ビル。
「どんなにお金を出してリフォームをしても古いビルは古いビルだと不動産屋さんにも言われてしまって。何か打開策はないものかと、いろんな人に相談していました」
アドイシグロの社屋前のオブジェ。早苗町通りを通る人たちを楽しませている
そんな中、あるとき異業種の経営者たちと話すなかでリノベーションという言葉を知ります。2011年7月、リノベーションという考えを広めることを目的としたグループ「art Reno(アートリノー)」を立ち上げ、翌年市民活動として光ハイツの部屋を題材にリノベーション案コンペを実施。112通の応募が集まり、コンペを通してさまざまな人とアイデアに出会うことができました。
「リノベーションって何?コンペって何?私それ主催できるの?って何も知らなかったのに、いろんな人に聞きながらやってみたことがいい影響を及ぼしてくれたんです」
なかでも福岡県で老朽化したビル再生に取り組む「スペースRデザイン」が提唱する「ビンテージビル」という考えに深く共感。
「それは、ジーンズやワインにビンテージ品があって価値があるように、古いビルに価値を見い出し、人と街をつなぐことで、街になくてはならないビルとして育てていこうという新しい考え方でした」
何度か福岡を訪れ、ビルが再生し街に広がっている事例を見た石黒さんは、光ハイツをスタートとして長野にビンテージビルの文化を育てていきたいと決意。それまで会社とは別に個人で動いていましたが、看板業とのつながりを見出し、株式会社アドイシグロとしてスペースRデザインに事業化のノウハウを教えてもらえるよう依頼します。
「看板製作会社だからこそ、入居者さんと”ものづくり”という点でつながれるんじゃないかと思いました。福岡でやっていることを長野でもやらせてもらいたいと思ってお願いすると、会社としての本気度を見せてくださいって言われて、福岡までプレゼンに行きました。そしたら次は先方が本気度を見せに行きますって遥々長野に来てくれて、リノベーションについて何も知らなかったうちの社員にプレゼンしてくれました。本気度って見せ合うものなんだ、スゴイなって感動しました」
お互い本気のパートナーとして始まった協働プロジェクト「長野ビンテージビルプロジェクト」。アドイシグロ内でも、給与制度を見直し、数年ぶりに新入社員が入社した直後。新しい風が吹いている中での新規事業のスタートに社員の士気も高まり、一致団結して取り組みました。
「ものづくりビル~ものづくりで素敵に暮らす賃貸住宅~」というコンセプトのもと、モデルとして3室のリノベーションに着手。看板製作で培われたデザイン力と職人の技術を生かし、1室をアドイシグロの社員がデザイン。もう2室はスペースRデザインが提案しました。工事中は改修途中の部屋を公開し、リノベーションのワークショップなども開催。反響は大きく、完成前に入居の申し込みがありました。
鉄筋コンクリート造り6階建てで2LDKが20室あり、そのうち半数は空室だった。うち3室をリノベーション。部屋は数字ではなく「日向ぼっこの部屋」、「土間のある風景」、「縦格子の広がり」と名前がついている。いつでも見学会実施中
今年2014年3月、完成披露イベントを開催。スペースRデザインの代表・吉原勝己さんをはじめ、東京のカスタマイズ賃貸の第一人者・青木純さん、全国賃貸住宅新聞社取締役編集長の永井ゆかりさん、長野市内からは善光寺界隈の古民家を拠点にまちづくりをすすめているナノグラフィカの増澤珠美さんや、空き家の仲介やリノベーションを専門にしている不動産会社・マイルームの倉石智典さんを加えてのトークライブを行い、多くの人が参加しました。
このプロジェクトを通して、こちらが発信をすると、違う発信をしている人とつながり、ひいては街に広がっていくことを実感した石黒さん。今後も長野のビンテージビルを創出しながら、本業のサイン業へ生かせる新しい感覚をつかんでいきたいと語ります。
「こういう仕事の仕方しかできないと思い込むのではなくて、社会問題を解決するソーシャルビジネスの視点で発想を全然違うところから持ってきて、どこかに特化すると違う展開が出てくると思います。大きなことを言わせてもらえれば、長野市のものづくり業界全体に影響が出たらうれしいです」
「縦格子の広がり」。床板や壁紙など好きなものを選ぶことができる。リノベーションを一緒にやろう!という企画「リノっしょ」が満載の部屋
「そう思っていろいろ提案しているんですけど、福岡ではうまくいったのに長野では本気度を見せると単にごり押しみたいになってしまって、ちょっと逃げられちゃうんですよね。なかなか提案が通らない。もっと知性的に伝えていけるようになることが当面の私の課題ですかね(笑)」
技術力の高さはもちろん、社員同士の仲の良さも評判のアドイシグロ。普段から一つの仕事を完成するまでに連携をうまく取り合う必要があることにも起因すると思いますが、きっと石黒さんの明るさによるところも多いのだろうと思います。さまざまな課題に向き合いながらも、終始楽しそうに話してくれた笑顔が印象的でした。
「大家さんって、結構いろんな苦労があって、裁判所に通うことが仕事みたいになる人もいるんです。私も昔、家賃未納の人を待てー!って叫びながら追いかける父の姿を見たりしたので。そういう苦労をすることを思えば、今の苦労は楽しいです(笑)」
趣味は旅行。中学生のころ、内向的だった娘を心配した両親から、スイスへの1カ月の学習旅行に送り出されたことが影響しているそう。過去には思いつきでキリマンジャロ登山に挑戦したことも
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会える場所 | 株式会社 アドイシグロ 長野市東鶴賀町30 電話 026‐233‐2105 ホームページ http://ad-ishiguro.com/ |
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