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No.01 SPECIAL TOPICS

川下

康太さん

喫茶ヤマとカワ

裏路地の奥に やさしい時間がながれる

文・写真 安斎高志

しみじみおいしいコーヒーが飲める店

喫茶ヤマとカワは人通りの少ない裏路地からさらに奥まった場所にあります。3軒並んだ古い民家の真ん中で、小さな看板を掲げて営業しています。

たまたま通りかかって足を踏み入れた人は開店以来半年でたった1人。多くの人は”わざわざ”この裏路地にある小さな店までやってきます。その理由は、1度でもヤマとカワを訪れた人ならわかると思います。

1つはコーヒーがしみじみおいしいこと。そしてもう1つは、ここに流れている空気がやさしいこと。

川下さんの淹れるホットコーヒーは「苦め」、「甘め」、そして「すっきり」の3種類。違いが感じやすいものを揃えました。豆は自家焙煎しています。

ホットコーヒー以外のメニューは、アイスコーヒーとカフェオレ、そしてカレーとレモンケーキ、以上です。メニュー数が少ないのは、胸を張って提供できるものを厳選した結果です。

「元々、大好きで通っていたお店のラインナップに自然と似ましたね」

川下さんが言うそのお店とは、名古屋市昭和区にある名店コバレレコーヒーのこと。川下さんの人生を変えた店です。

古い窓枠が残る。エイジング加工をした板で組んだテーブルは日当たりもよく一番人気

コーヒーはあいまいなもの。だから押し付けない

26歳まで、それほどコーヒーに興味がなかった川下さん。あるイベントでコバレレコーヒーのコーヒーを味わい、感動を覚えます。その後、多くのカフェを巡るようになりますが、結果的に川下さんにとって最も好みの味はコバレレコーヒーだったといいます。独立を決めてからは、修業先を紹介してもらったりと、開業にいたるまでに多くの助言をもらってきました。

お客さんとの接し方においても、コバレレコーヒー店主、小林勝久さんのスタンスは川下さんのお手本となっています。

「コーヒーに関してすごくマニアックで、研究して実験してさらにおいしく淹れる努力を惜しまないのに、驚くくらい知識を押し付けないんです。尋ねられなければ、まず解説はしないですね。コーヒーはおいしいか、まずいか、そして好きか、嫌いか。それだけ。小林さんの師匠から受け継がれている、お客さんとの向き合い方です」

川下さんもそのスタンスを踏襲しています。おいしいコーヒーをとことん追求しながら、その努力をアピールするような言葉は一切、出てきません。

「コーヒーはあいまいなものですからね。飲む人がどう感じるかがすべてです。これも受け売りですけど(笑)」

オープン当初、人気を博したキーマカレーも、川下さん曰く「実はこっそり」、限定7食ほどに減らしました。

「カレーをたくさんつくると、店の中でコーヒーの香りが負けてしまうんですよね。近くにご飯がおいしいお店もありますし、ご飯は人に任せようと思いました」

やさしい味のキーマカレー。コーヒーと同じく刺激が少ない

味わい深いものに囲まれて過ごす時間

ヤマとカワにファンが多い理由のもう1つが、そこに流れている空気のやさしさです。

「同じコーヒーでも飲む場所が違うと味が全然違います。カップや机、椅子すべて含めてコーヒーの味になります。壊れにくくても味わいがないものでそろえると、自分でもコーヒーを飲むときのワクワク感がなくなってしまいますから」

カップは安曇野市の陶芸作家・阿久津真希さんの作品、アイスコーヒーのグラスは長野市のガラス作家・前田一郎さんの作品を使っています。いずれもシンプルながら味わい深い、あたたかみが感じられるもの。

「できるだけ近くの人のものを使おうと思っています。つくり手の顔が見えると愛着が湧くということもありますし、手入れの仕方を教えてもらったりできます」

ヤマとカワの建物は、昭和8年に建てられた住宅でした。空き家となっていたものを川下さんが自らの手でコツコツと改修しました。大事にしたのは、古さと清潔感のバランス。

「僕はボロボロでも古くて味があるのが好きなんですけど、飲食店だから清潔感がないといけません。特に天井を張り替えるかそのまま残すかはギリギリまで迷って、最終的に清潔感をとりました」

テーブルの天板や椅子の一部は、自らダメージ加工をしました。

「板をアスファルトでガリガリと削って、使用感を出しました。店の外でやっていたから、不審そうに見る人も多かったですね(笑)」

店内のBGMはiphoneをグラスに入れて流しています。くぐもった音が、逆にゆったりとした時間を演出していると感じる人も多いようで、音響について尋ねられることもしばしば。

「あれもない、これもないという状況でスタートした結果ですね。でも、これがいいと思ってくれる人がいてよかったです」

古い蔵を改装したKANEMATSU。奥にはオフィスのほか古書店もあるため、店内の人の往来は絶えない

好きなことで生活する

川下さんは大阪府生まれ。大学卒業後は大阪、名古屋で建築資材の営業マンをしていました。会社員時代に山歩きと出会い、信州をたびたび訪れていたのが、長野に目を向けるようになったきっかけ。

「でも、移住してここで店を開いたのは、山が好きだからだけではないです。さすがにそれだけでは移り住めませんよ(笑)。善光寺の門前で開業している若い人たちの存在が心強かったということが大きいですね」

組織の中で、人のせいや運のせいにして生きていくのが嫌だったという川下さん。自分ひとりの力で、そして好きなものに囲まれて生活をしたいということで、選んだのがこの店を経営するという道でした。

「まだまだ変えたいところは山ほどあるんです。元々、庭でコーヒーを飲んでもらいたくて借りた物件なのに、まだ手をつけてないですし」

お客さんが入ってくると、コーヒーに加えて何を求めているか感じ取ろうとしているという川下さん。

「話がしたいのかもしれないし、一人になりたいのかもしれない。お好きな席へどうぞ、と言いつつ、迷っているなら反応を見て一番しっくり来る席に案内することもあります」

コーヒーの香りや建物の雰囲気を含めて、この店の居心地のよさは川下さんの心づかいから生まれているのでしょう。ついつい長居してしまう、ゆるやかであたたかい空気が流れています。ヤマとカワでコーヒーを飲む際は、時間が経つのを忘れないようお気を付けください。

カップはシンプルであたたかみのあるものを選んだ

(2014/11/14掲載)

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会える場所 喫茶ヤマとカワ
長野市鶴賀田町2252
電話 080-9283-9609

フェイスブック https://www.facebook.com/kissayamatokawa

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