No.316
田畑
勉さん
ビストロラシェット オーナーシェフ
たっぷり盛り込んだ安心感のある料理を肩肘張らずに楽しめるフランス料理店
文・写真 島田浩美
提供したいのは家庭のような「ホッとする料理」
長野市中心部にあり、カッパの像が置かれた南八幡川。ビルが立ち並ぶ大通りや昭和通りに近いのにとても静かで、春には花が咲き、夏にはホタルが飛ぶ風情溢れるエリアです。そんな小川沿いの建物2階にあるのが、今月24日でオープン4周年を迎える「ビストロ ラシェット」。入り口に置かれた黒板の文字が、この店のスタンスを物語っています。
「肩肘張らずに食べて飲めるフランス料理店です。カウンターもございますので、お一人でもお気軽にどうぞ」
オープン当初から、オーナーシェフの田畑勉さんが抱くこの思いは変わりません。だから料理も、煮込み料理やオーブンで焼き上げる郷土料理「キッシュ」など安心感を与えてくれるようなメニューが並びます。
南八幡川沿いにある「ビストロ ラシェット」の入り口。階段を登った先に店がある
「見た目がきれいなものよりも、食べてホッとする料理を出したいといつも思っています。焼いただけのような着飾らない茶色い料理は地味ですが、僕がいちばん好きなもの。こうした好きな料理を作っていないと、仕事がつまらなくなってしまいますからね」
こう話す田畑さんは両親が共働きだったため、小さい頃から台所に立って料理を覚え、次第に興味をもったのだそう。また、母親が作った料理を食べることも大好きで、そうした家庭料理に自らの原点があると言います。
「小さい頃、ホッとする料理を食べるとすごくおいしいと思ったんです。だから、自分も安心感を抱いてもらえるような料理を作りたいと思っていますし、お皿には煮込みや焼き料理などをたくさん盛り付けて一体感をもたせたいと思っています。そして、全部の料理を口に入れた時の一体感も大切にしています」
なかでも田畑さんの自慢料理は、フランスの家庭料理であるパテ・ド・カンパーニュやキッシュ。おいしいと自信をもって提供しています。
自信作の「パテ・ド・カンパーニュ」は、他店でも必ず注文するほど田畑さんが好きなメニュー
新たな可能性を求めて自分の店をオープン
そんな田畑さんがフランス料理を志したのは、高校を卒業する頃。高さがあるコック帽に対し、漠然とした憧れがあったからだそうです。
そして1年間、東京の調理師学校に通い、ホテルも経営する名古屋の会社に就職。しかし配属されたのはゴルフ場で、憧れていたフランス料理の世界とは異なる環境でした。その後、静岡県に転勤になりましたが、「夢や目標をもて」と書かれた自己啓発本に出合ったことで一念発起。退職して、調理師学校時代にアルバイトをしていた軽井沢のホテルのつてを頼り、兵庫県の系列ホテルで働くようになりました。
こうしてようやくフレンチの道を歩み始めた田畑さんですが、目指したかったのはきれいな料理を提供するホテルではなく、当時、東京にできはじめていたビストロのような店。そこで、自分の店を東京で開くという先輩に誘われた縁で、都内へと引っ越しました。
たくさんの絵が飾られ、木の温もりが溢れる店内。窓からは南八幡川を見下ろすことができる
「東京で就職が決まった吉祥寺のビストロは、自由な雰囲気で楽しかったですね。スタッフみんなでフランスにも行きました。そして、その時、現地でざっくりと盛り付けられた料理を見て『自分がやりたい料理はこういうものだ』と思ったんです」
そんな思いを抱いて帰国し、ビストロでやりがいを持って働いていた田畑さんですが、バブル崩壊に伴って店は閉店。そこからはいくつかの店で転々と修業を積みました。厳しい店では手をあげられることもあったそうですが、料理の基礎は徹底的に体得できたと言います。またイタリア料理も学び、自分に合っていると感じたものの、やはりビストロ料理が好きだという理由でフレンチの道に戻ってきました。
そして地元の長野市に帰郷し、ゲストハウスタイプの結婚式場で働いていた時に、現在の場所で店を構えていた知人から居抜きでの店舗譲渡を提案され、自分の店を構えることを決意したそうです。
「それまでは従業員という立場だったので、どうしてもオーナーの方針に沿った料理が求められました。でも、自分の店なら好きな料理が作れると思って決心しましたね」
こうして、2012年3月24日、フランス語で「お皿」という意味をもつ「ビストロ ラシェット」をオープンしました。
フランスの家庭料理で白い煮込み「若鶏のフリカッセ」。「ビストロ ラシェット」の代表的な料理のひとつ
おいしさと楽しさの追求は現在も進行中
パリにあるカフェのようなおしゃれな店構えと丁寧な料理で、女性客を中心にすぐに人気店になった「ビストロ ラシェット」。リーズナブルなランチメニューも好評でしたが、2015年4月、田畑さんはより理想を求めて、ランチをプリフィクス(コースの料理を数種類から選べる)スタイルに一新しました。
「それまで勤めていたスタッフがちょうど退職して新たなスタッフが入ったタイミングで、ずっとやりたかったプリフィクスに変えました。それまではワンプレートのリーズナブルなランチを提供していたので、値段が高くなった分、客数は減りましたが、やはり自分の出したい料理を出しているほうが楽しいですよね。今はだんだんと理想の形に近づいています」
厨房はオープンキッチンで、カウンターからはこの道31年となる田畑さんの調理の様子を眺めることができる
また、プリフィクスにしたことで以前よりも仕込み時間に余裕が生まれ、天然酵母パンを自分で焼くようにもなりました。きっかけは、ナガラボでもご紹介した、天然酵母や国産小麦粉、自然海塩などシンプルな素材でピザを作る善光寺門前のピザ店「TIKU-」の中澤雄介さんとの出会いです。中澤さんから作り方を聞いた天然酵母パンは、今でも粉を変えつつ、よりおいしさを追求しながら作っています。
「こういったことができるのも、やはり自分の店を構えたからです。自由に自分の作りたいものが作れますし、人とのつながりや出会いから新たなものが生まれる楽しさもあります。つくづく自分の店を開いてよかったと思いますね」
2月下旬に行われたワインイベントは予約で満席に。4月下旬には「南仏ワインと料理の会」を開催予定
長野市での開店も意義深かったと言います。
「ここは生まれ育った場所として落ち着きますし、直売所などで新鮮な野菜を直接見て買うことができます。また、猟師から鹿を1頭もらって卸すことだって都会ではできません。昨年は『イノシシが獲れた』と連絡をもらい、皮剥ぎから自分で手がけて新鮮な脳みそや肝臓などの貴重な食材も手に入れることができました。こういうことができるのは長野のすばらしさですね」
そうしたなかで料理を作る醍醐味は、満足のひと皿が作れて、お客様から「おいしい」と言われること。それに尽きると言います。
そして、今では生ハム作りも自ら行っている田畑さんですが、今後は本州にはない皮付き豚を沖縄から卸すなど、これまで使ったことがない食材にも挑戦していきたいと言います。
「まだまだやってみたいことはたくさんあります。そのなかで作りたいのは『すごくおいしい』料理ではなく、やはりホッとするもの。それに、今は新しく入ったスタッフも育ってきているので、いずれは2店舗目をオープンさせたいですね」
少年のようにワクワクした表情でそう話す田畑さんの話を聞いているだけで、こちらも気分が高揚してきます。私はおいしい料理に出合うたびに、つくづく「料理で人を幸せにできる仕事は素敵だな」と感じるのですが、そんな思いを抱かせてくれる「ビストロ ラシェット」の進化はまだまだ止みそうにありません。
2015年4月から働き、現在、ソムリエ資格の取得をめざして勉強中のスタッフ・中澤えりさん。イベントでチーズを溶かして食べる伝統料理「ラクレット」を提供したことにちなみ、「アルプスの少女ハイジ」のお面を自作!
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会える場所 | ビストロ ラシェット 長野市鶴賀上千歳町1177-1 平和2号館2F 電話 026-227-4005 ホームページ http://kkgfk941.naganoblog.jp/ |
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