No.282
宮原
美佳さん
宮原農園 農家/ワークショップデザイナー
本音で語り考えるワークショップを通じて
「地域と農業の未来」のデザインを試みる
文・写真 合津幸
故郷である千曲市で農業を営みながら、ワークショップデザイナーとして活動する宮原美佳さん。彼女は今年度の「信州大学 地域戦略プロフェッショナル・ゼミ」に講師として参加を予定、長野市信更地区での住民参加型ワークショップ実施を計画しています。彼女の現在の暮らしぶりに触れた後、そのワークショップについて語ってもらいました。
京都-大阪-岐阜-愛知-東京、そして長野へ
宮原さんの経歴は、自ら「ちょっとややこしいかも(笑)」と語る通り、なかなかに興味深いものがあります。まず地元・千曲市の公立高校を卒業後に初めて県外へ。京都でアパートを借り大阪の専門学校に通い始めます。その後は短期大学から大学へ編入、さらに公立の専修学校(現・大学院大学)へ進学します。卒業後は仲間とともにベンチャーでの起業、大学講師、ワークショップデザイナーとしての活動を精力的にこなしてきました。
その間、京都と大阪、さらに岐阜県、愛知県、そして東京都へと、都市から都市へ居所も移してきました。ちなみに、大枠で括るならば、彼女が学んできたのは芸術の中でも映像の分野で、一時はドキュメンタリー作品を制作するアーティストでもありました。
「東京では主に大学で講師を務めていました。同時に、不定期ですが仲間とワークショプを開催するなど、充実した楽しい生活でした。自分の知らぬ世界を熟知した方々や自分と同じ意見や共通の信念を持つ人との出会いにも恵まれ、最新の物と情報が身近にあふれている。東京は刺激的で、常に進化を意識していられました。そんな時、縁あって夫と出会い、結婚して子どもを授かったんです。仕事と結婚ならば東京でも自分なりに両立できると思えましたが、そこに子育てが加わると話しは変わります。私が子育てをしたいのは東京ではなくて長野だと思いました」
宮原農園の主要農産物はブドウとリンゴ。自然の営みに寄り添い、丁寧に愛情を込めて栽培している。今後は消費者に喜ばれる魅せ方や売り方のデザインをさらに追求して行く考えだ
予想以上に相性が良く、得ることが多い「子育てと農業」
実はちょうど結婚が決まる頃、宮原さんの実家では長年闘病生活を送ってきたお父さんの状態が悪化し、家業である農業の後継者選びなど決断を迫られるようになっていました。宮原さんには姉、兄、妹がおり、すでにそれぞれが農業以外の仕事と家庭を持っていました。
とは言え、宮原さんも東京で地道に人脈をつくり大学の講師を任せてもらうまでになっていましたし、ご主人もまた東京で会社勤めをしています。それでも夫婦で時間をかけて話し合い、段階は経るとしても、いつかは夫婦揃って農業に従事しようと家業を継ぐ決意をしたのです。そして、出産を機にご主人を東京に残して宮原さんだけが帰郷し、生まれ育った地での「子育てと農業」の両立が始まりました。
宮原さんのお母様で農園主の重美さん(写真左)と一緒にリンゴ畑でお茶タイム。息子さんにとって重美さんは農作業を熟知した大先生であり、大好きな「ばーちゃん」でもある
「最初はさすがに手探りでしたが、やってみるとものすごく相性がいいというか、理にかなっているというか。あの時の自分と夫の選択は間違いではなかったと、今は自信を持って言えます。毎日畑に出て大人が働く姿を目にして育つと、子どもは自分が何をすべきかを考えるようになります。親だけではなく祖母やご近所さん、お手伝いに来てくださる親戚、お客様などと接することで人との向き合い方も学びます。さらに、自然や食べ物をはじめとするあらゆる物との関係性や広く深い世界観が育まれているように思います。何より、私が孤軍奮闘せずとも、大自然と周囲の人たちが助けてくれるので、夫と離れていても不安を感じずにいられます」
実は宮原さん夫妻は、結婚から3年が経った現在も週末婚スタイルを続けています。ご主人は平日に東京でサラリーマンとして働き、週末のみ長野で農業見習いをしているのです。
「私は幼い頃から畑が身近でしたし、当たり前のように農作業を手伝って育ちました。農家が1年をどう過ごすのか、いつどんなことをしなければならないのか、すべてが体に染み付いています。でも夫は違います。ゼロどころか、マイナスからのスタートと言ってもいいでしょう。正直、道は険しいな…という印象ですが(笑)、彼なりに頑張ってくれていますし、子育ても農業も共に歩んでくれる大切な存在です。私は常々、若い人たちに農業の楽しさや食を育むことの素晴らしさを伝えたい、もっと知ってもらいたいと思っているのですが、まずは夫からですよね(苦笑)。実際に畑に出て汗を流しているからこそ実現可能な、面白い手法やこれまでにない取り組みを考えたいと思っています」
農業と食の在り方、食と人の暮らしの在り方、そして食の喜びと子どもの成長。「子育てと農業の両立は私に新たな思考を促し、さまざまなことを教えてくれる」と、宮原さん
参加者の未来を変える! ワークショップの魅力と意義
農家として毎日畑に出て懸命に農作業をこなし、夫と離れて子育てをする。週末に家族が揃っても、時期によっては農作業に追われるだけで1日を終えることもある宮原さん。そんな多忙な日々にもかかわらず、農林水産省の補助事業である女性農業次世代リーダー育成塾に参加したり、信州大学地域戦略センターのプロフェッショナル・ゼミを受講したりと、意識的に学びの場に足を運んでいます。
「田舎というのは、何はなくともそこに居るだけで心身が満たされてしまう。時の流れもゆっくりですし、何か困ったことがあっても『何とかなるさ〜』と思えてしまう。でも、そこに甘えてはダメですよね。今農業の担い手のほとんどがかなりのベテランさんたちです。しかもその方たちが地域のリーダー役も務めていたりするわけです。つまり、近い将来、彼らが完全にリタイアすると、地域づくりも農業も担い手がいなくなるということです。危機的状況ですよね、これは。だから今自分にできることは何か? と考えて、人と出会える新しい場を求めて一歩を踏み出さねば、と思ったんです。経験上、何かやりたいことがあっても一人でできることには限りがあることも、いろんな方の意見を聞きながら進む方が方向性が見えてきたり、正しい手法が見付かったりすることも知っていますから」
ところで、名古屋と東京で経験した大学講師と現在も自ら名乗っているワークショップデザイナーという肩書きにはどんな違いがあるのでしょうか。
「平成26年度 域戦戦略プロフェッショナル・ゼミ」の最終回、公開プレゼンテーションの様子。グループワークでの発表と個人発表の二本立てで、地域課題への具体的な取り組み案を提示した(写真提供:信州大学 地域戦略センター)
「大学で教えるのも勉強になりましたし楽しかったけれど、”教える”という行為は基本的に一方通行。私には少し面白みに欠けるのです。でもワークショップは違います。双方向のコミュニケーションがあり、決して答えが一つとは限らないものなんです。参加者が自分で考えて答えを探し出すからこそ、それぞれが後に残る何かを必ず得ます。そして、ワークショップでの思考と結論は参加者の未来を変えるかもしれない。これがワークショップ最大の魅力であり、参加者にとっても主催者である私たちにとっても意義あるものだと言える理由でもあるのです」
前述の地域戦略プロフェッショナル・ゼミにおいて、昨年度は受講生だった宮原さん。今年度は講師として参加を予定しています。昨年度、長野市七二会地区で地域住民を巻き込んだ現地ワークショップを提案し見事採用された実績と、恐らくはこれまでの歩みの中で彼女が得てきた経験と知識が評価されてのことでしょう。彼女は昨年度の参加時から、矛盾や疑問点をはっきりと指摘し、講座の内容が充実するよう積極的に改善を願い出たりアイデアを提案したりと、関係者の懐に臆することなく自分から飛び込んで行ったそうです。
「私は田舎と都会の違いと共通点、そして良い面と悪い面の両方を、身を持って知っています。もちろんすべてではありませんが、何事も自分なりに考えたうえで受け止め解釈してきました。だからこそ、生まれ育った故郷であっても第三者の視点を持つことができます。つまり、外の人間にもなれるということです。”内(なか)の人”には気付けないこともあれば、人間関係やしきたり等のしがらみにとらわれて『何かが違う』と思っても口にできないまま、という方も多いのではないでしょうか。もちろんそれらの事情もよく理解できますが、もしも本気で新しい発想や展開を望むならば、あらゆるフィルターを取り除くべきです。一度は客観的に足下を見つめ直し、ありのままを受け入れねばなりません」
長野市七二会地区を舞台に、グループでのフィールドワークと住民参加型のワークショップを経験。参加者との対話と自ら動き思考する実践をベースに、豊かで自由な発想をアイデアにまとめ上げる(写真提供:信州大学 地域戦略センター)
可能性を信じているからこそ、長野で"インベーダー"役に
確かに、現状を知ることは先の見通しを立てる際に必ず踏むべきステップのひとつです。とはいえ、人間関係も地域独自のルールも無視して、思うままに考えを述べるのは簡単ではありません。しかしながら宮原さんは、講師として参加する今年度のゼミで長野市信更地区での住民参加型のワークショップを計画。ゼミ参加者と地域住民の皆さんに地域の未来を一緒に考えてもらう予定です。一体どんな作戦なのでしょう。
「まだ検討中の部分もあって具体的には言えませんが、きっと面白いものになると思いますよ。昨年度、受講生という立場で実施したワークショップも、どう転ぶのかはやってみなけりゃわからないという、賭けのようなものでした。でもワークショップ自体も成功しましたし、何より嬉しかったのが住民の方の中に『ワークショップのやり方を知りたい』『こういう場の創り方を知りたい』とおっしゃってくださった方がいたことです。ワークショップの魅力に触れ、興味を持ってくださった方がいるということが、ものすごく大きな可能性であり希望であるように感じました。ですから、今回講師のお話をいただいた際もお受けしようと思えたのかもしれません」
参加者全員が対等な立場で自分の意見を自由に述べる。人の意見にも素直に耳を傾ける。そこから発見と気付きを得て、新たな未来につながるような結論を皆の力で導き出す。これがワークショップの目的なわけです。「ただし、小さな集落に暮らす住民だけ、つまり”いつものメンバー”のみで実現するのはかなり困難」と、宮原さんは指摘します。
「そこで必要になるのは先にお話した客観的視点です。私はその客観的視点を持ち込む人間を”インベーダー”と呼んでいます。外部からの侵入者、ですね。聞こえは悪いかもしれませんが、私はこのインベーダーが重要な役割を果たすと考えています。地方では住民同士のつながりが強く、何らかの序列や立場があり、親しい間柄だからこそ遠慮や気遣いが全面に出てしまいます。でも、インベーダーにとってはそれらすべてが与り知らぬこと。客観的な視点からのストレートな問いかけや主張が、目に見えぬさまざまなフィルターを取り除き、活発な意見の交わし合いを促してくれることでしょう」
「良いアイデアも、伝わる言葉と魅力的な見せ方を正しく選択しなければ、相手の心を動かせません」と、宮原さん。日頃から、誰にどんな言葉でどう伝えるべきか? と、考えているのだとか(写真提供:信州大学 地域戦略センター)
だから宮原さんは、必要と感じれば喜んでインベーダー役になると言います。地域の可能性、長野の人や自然の可能性、そして自身の可能性を信じているからこそ、外を知る自分が侵入者としてきっかけを与えられるようになりたいと思っているのです。
「何かを生み出す行為は、人に本気を出させます。農業もそうですし、地域づくりもそうです。私は今、宮原農園が大切にする『家族が美味しいと思うものだけを売ること。そして、自然と密接に関わる農家としての自覚を持ち、環境としての農業を守り受け継ぐこと』をしっかり習得したいと思っています。さらに、いずれはBtoCだけではなくBtoBビジネスを拡充させて、真の美味しさを広く届けられる農業を確立したいです。そうした経験のすべてを、ワークショップデザイナーとして多くの人や地域に還元したい。その手法を模索しながら、あちこちへと顔と手を出し、これからも積極的に声をあげて行きたいと思っています」
自分が実際に見聞きしたことでしか人も物も判断しない、伝え聞いたことや定説・固定概念を基準に何かを疑うことも信じることもしない。宮原さんの言葉には、どこまでも自由で型にはまることのない彼女自身の生き方と物事に対する真っ直ぐな姿勢が感じられました。そんな彼女が仕掛ける、ワークショップという名の思考と創造の場に、ぜひ一度参加してみたいものです。
休日返上で農業を手伝ってくれる夫と健やかに愛らしく成長を遂げている息子。そして、時に厳しく尻を叩き、時に大きな愛情で包み込んでくれる母。最愛の家族とともに農業と地域の未来(あす)を明るく描き続ける
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会える場所 | 宮原農園 電話 ホームページ https://www.facebook.com/MyAgriculture/ 平成27年度 地域戦略プロフェッショナル・ゼミ |
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