No.168
酒井
博正さん
酒井製麺・粉ものクリエイター
麺で地域のストーリーを彩る
文・写真 Chieko Iwashima
パルセイロを応援するオレンジ色の麺
長野市篠ノ井にある酒井製麺は、創業100年の生麺専門店です。うどん、そば、ひやむぎなど、併設工場で作られているのはすべて生麺。つくりたてを一人前から購入でき、小ロットでオリジナルの麺作りもできる希少なお店です。
最近は、パルセイロの応援グルメとしてチームカラーのオレンジを使った「橙麺」と「橙皮」を作ったことでも注目されました。このオレンジ色の麺と皮を考えたのは、3代目社長の息子であり、専務の酒井博正さんです。
「昨年(2013年)の11月、パルセイロがJFLで優勝したときに、テレビでその特集番組を見てすごく感動して、自分も麺屋として何か応援したいと思ったんです」
パルセイロの優勝ニュースを見るまではサッカーに限らずスポーツ全般的に関心がなかったという酒井さんですが、2014年1月、篠ノ井の街を盛り上げてパルセイロを応援している団体と話す機会に恵まれ、一緒に何かやろうということになりました。
3月には試食会を兼ねたイベントを開き、その後、何度も改良を重ね、11月のホームゲームでのブース出店が完成披露の場となりました。現在も篠ノ井の協力店で、つけ麺、パスタ、餃子、しゅうまいなど、「橙麺」と「橙皮」を使ったオリジナルメニューが楽しめます。
オレンジ色はパプリカを使用。「最初は篠ノ井のカボチャやニンジンを試作したんですが、最終的にパプリカにたどり着きました」
模索し続けた自社の強み
酒井さんは、昔は会社を継ぐつもりはなく、サラリーマン生活を送っていました。
「店を継ぐんだと言われて育ちましたが、粉まみれで働くよりスーツを着てサラリーマンをしている人のほうが華やかなイメージがして、大学卒業後は食品の問屋に入社しました。でも、価格先行の大きな流通の中で働くうちに、この仕事を一生続けるべきかどうかと迷うようになりました」
1円でも安いものを求められる仕事より、自分でものをつくって値段を決める仕事をしたいと思った酒井さんは、30歳で退職し家業に入ります。
「親への感謝の気持ちもあったし、ものづくりの楽しさを実感したかったんですよね。でも、いざ新しいお客様のところにまわっていったときに、『今仕入れているところより安くしてくれたらいいよ』と言われることが多かったんです。これじゃ、前と同じじゃないかと愕然としました」
「異業種の勉強会で先輩経営者にその悩みを打ち明けたら、酒井さんの強みってなんなの?って聞かれたんです。うちは製麺屋だから、お客様に合わせたオリジナルの麺を作ることだと言ったら、それは強みじゃなくて、製麺屋なら当たり前のことだと。もっと、酒井さんにしかできないことがあるんじゃないか。ないなら、作らなきゃいけないんじゃないかと言われて、ハッとしたんです」
自社としての強みを探し求め、何かヒントはないかと、仕事とは無縁そうなセミナーや講習会にも参加しました。
「4~5年は悩みましたね。そのうち、今から5年くらい前に『産学官連携』というキーワードが目にとまるようになりました。うちみたいな小さな会社でも、大学と一緒に商品開発の研究ができるということに惹かれて、それに関するセミナーや講習会に参加するようになりました」
パルセイロホームゲームを盛り上げるスタジアムグルメ「信州しののい燈.CONボール」。肉団子の上にカリカリに揚げた「燈麺」がトッピングされている
そんな酒井さんにチャンスが巡ってきます。
あるとき、小布施町で年間数10トン処分される栗のむき柄の利用方法への研究がはじまり、渋皮の部分にアンチエイジング効果のある成分があることが分かりました。そこで信州大学と長野県が主体となって、その成分を抽出するための研究会が立ち上がりました。県内の食品メーカーにも参加を募り、酒井製麺も名乗りを上げました。その後、渋皮エキスの抽出に成功。渋皮エキスは、研究に参加していた各企業で商品開発に使われました。そして、最終的に酒井さんが作った「小布施栗パスタ」が商品化されることになりました。
「ほかの企業もいい商品があったんですよ。でも、大手の企業はトップからの了解がないと先に進んでいかないし、うちは私が動くと決めたら先に進むことができる。そこで大手と違うフットワークの軽さはうちの強みであることが分かったんです」
この「小布施栗パスタ」はテレビや新聞など多くのメディアで取り上げられ、酒井製麺の知名度も上がりました。
「うちは100年続いている会社なのに、知名度がないんです。それは漠然と課題だと思っていたんですが、栗パスタを機に、お客さんから『近くにこんなお店あったんだね』と言われることが多くて、そのことが明らかになりました。もっと地域に密着したことをやりたいと思ったんです」
そんなとき、ちょうど目にしたのが、パルセイロのJFL優勝ニュースでした。今は、このオレンジ色の麺を試合前に食べてパルセイロを応援する食文化を作っていくことが目標だといいます。
「試合会場で応援する以外にも、地域の気持ちや雰囲気で応援していくことも大切なことだと思うし、そこに地域の中の酒井製麺の意味もあると思っています」
栗パスタの発売以降、オリジナルの麺を作りたいという問い合わせが増えた
生麺へのこだわりと地域への思い
酒井製麺が生麺にこだわっているのは、美味しい生麺を提供したいという以外に、この篠ノ井の地域の生麺を食べるという食文化を守りたい、という思いがあります。
創業当時の酒井製麺は、収穫された小麦を持ち込んでもらい、麺にして渡すという加工業をしていました。時代の流れとともに小麦を作る人が減り、次第に業者から粉を仕入れて麺を作って売るようになりましたが、篠ノ井には今も一年中ひやむぎを食べる風習があり、冬は暖かい冷麦を食べるそうです。
地域の製粉を請け負っていたという歴史からも、今後はますます地域の農産物を生かしたオリジナルの商品作りに積極的に関わっていきたいといいます。
「麺に何かを混ぜるというのは、昔からこの業界では、やってきていることです。私が大切にしたいのは、ただ混ぜたということではなく、なぜそれを混ぜたのかという、そのストーリーです。『ものづくりから、一歩進んでコトつくり』ということを提供できる会社としてやっていきたいと思っているんです」
さまざまな課題に直面しながら、人との関わりの中で一つひとつ乗り越えてきた酒井さんだからこそ、地域に愛される商品を生み出していくことができると思いました。オリジナル麺を作るなら酒井製麺。そんな風に言われる日も、そう遠くはないかもしれません。
「みんなで集まって同じものに共感できるということに、パルセイロが存在してくれている意義を感じる」と酒井さん
昭和40年代から、学校給食のソフト麺もつくっている。生麺を一人前から購入することができる生麺専門店は、長野市内ではここだけ
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会える場所 | 酒井製麺 長野市篠ノ井布施高田908 電話 026‐292‐0266 ホームページ http://www.menyasakai.com/ |
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