No.147
長谷川
綾さん
長野市文化芸術振興財団 企画制作ディレクター
一流を知るディレクターが目指す
音楽が身近な街・ながの
文・写真 Takashi Anzai
多くの人が一つの方向へ向かう高揚感
2016年オープンに向けて、現在建設工事が進められている長野市芸術館。音楽家の久石譲さんが芸術監督に就任し、大きな期待が寄せられています。
その長野市芸術館で、音楽の主催公演を企画しているのが、長野市文化芸術振興財団の長谷川綾さんです。新宿にある東京オペラシティコンサートホールの立ち上げから携わり、主催公演の企画制作プロデューサーとして10数年にわたり活躍してきました。豊富なキャリアから音楽業界で引く手あまたの存在ですが、長谷川さんは今年、新たな挑戦先として長野市芸術館を選びました。
「自宅と家族は東京ですから単身赴任ですし、ここに来るには相当な覚悟が必要でした。でも、東京オペラシティの立ち上げで、多くの人が様々な関わり方をしながら一つの方向に向かって進んでいくという経験をして、何物にも代えがたい高揚感を覚えました。それをもう一度体験したいと思ったんです」
クラシックの世界では通常、2~3年前から公演準備をするそうです。しかし、2015年秋だった芸術館のオープン予定は工期の遅れにより8ヶ月ずれ込みました。当然、急ピッチで予定を組み直さなければなりません。経験の少ないディレクターであればパニックに陥りかねない状況ですが、長谷川さんは忙しい日々を送りながらも、冷静に着々とあらためて公演予定を組み直しています。
「大変ですけど、自分の経験を買ってもらったわけだから、短期間で結果を出すということが求められています」
にこやかな表情を浮かべつつも、その口調には強い決意がにじみ出ます。
主催公演の企画制作は音楽や演劇などジャンルごとに3名で分担しているが、長谷川さんが全体を統括している
声楽家の父母、音楽に囲まれた人生
長谷川さんは湘南生まれ。父母ともに声楽家という音楽一家に生まれたため、母親のお腹の中にいるころから音楽に囲まれた生活を送り、特に習わなくてもピアノが弾けたといいます。本格的に取り組んだのはヴァイオリン。しかし、アンサンブルやオーケストラで演奏することは好きだったものの、ソロで演奏技術を競い合うことにはあまり興味が持てませんでした。そして、大学は音楽の理論を学ぶ、東京芸術大学の楽理科を選びます。
「高校生の頃から、両親のコンサートで伴奏をしていたんです。演奏は自分では向いていないと思っていたんですが、アーティストをバックアップする側、コンサートの裏方としてアーティストをサポートするのが日常だったので、それを仕事にしたいと漠然と思っていました」
大学時代に音楽祭やコンサートの制作スタッフとして働いたこともあって、その思いは強まります。そして、就職活動中に東京オペラシティが数年先にオープンすることを知り、たまらず電話をかけました。
「募集もしていないのに『雇ってもらえないか』と電話をかけました。最初は門前払いでしたよ。既に経験豊富な素晴らしいプロデューサーが3人いて開館準備に入っていたんです。でも、若い人を入れようという意見もあって、大学を卒業した年の年末に採用してもらいました。ラッキーでした」
最初はアシスタントとして、3人のプロデューサーからコンサートづくりのノウハウを見よう見まねで学んでいきます。そして、オープンから3年が過ぎたころ体制が刷新され、長谷川さんはもうひとりのプロデューサーとの2人体制で企画制作の仕事を任されることになります。
「負担は増えたんですけど、自分なりのやり方が見えてきました。身につけたことを料理しながら、もちろん失敗しながらですけれども、お客さんにもアーティストにも自分たち主催するホール側にも、みんなに喜んでもらうためにチャレンジするということはすごく楽しかったしやり甲斐がありましたね」
10月12日に開かれたプレイベント「久石譲×新日本フィルハーモニー交響楽団特別公演」。ホクト文化ホールが2000人超の聴衆で満席となった
新天地での挑戦
わき目も振らず突っ走ってきた長谷川さんでしたが、2008年、10周年を迎えたオペラシティの10年史を編集し終えたところでフッと力が抜けてしまいます。
「あまりにも忙しすぎて、本当は勉強してインプットしながら、アウトプットしなければいけないのに、アウトプットばかりになってしまって、涸渇感があったんです。もちろん充実感もありました。でも、その2つの感情が入り乱れたときに、線を引こうかなと思ったんです。満足感があってはいけない年齢なんですけど、あえて一回音楽を離れた方がいいかなと思いました」
慰留を振り切り、カナダへ留学。アーユルヴェーダ(インドの伝承医学)と英語を学び、心身がリフレッシュされたタイミングでビザが切れ、帰国します。そこで待っていたのは、やはり音楽の仕事でした。知人に誘われ、外国人アーティストやバンドネオン(アコーディオンに似たタンゴに用いられる蛇腹楽器の一種)のアーティストのマネージャーとして、プロデュースに携わりました。その間の活動が、これから建てられる新しいコンサートホールで働きたいという気持ちを再燃させます。そうした中で見つけたのが長野市芸術館の求人広告でした。
「マネージャーとして、アーティストと各地を周っていましたが、長野市はまだ色のついていないこれからのところというイメージがあったので、そこに私ができる色を添えていくということにすごく興味が湧きました」
久石芸術監督をはじめ、長野市文化芸術振興財団はクラシック音楽をもっと身近なものに感じてもらうことを目指しています。
「コンサートホールは非日常の空間という感覚の人も多いですけど、私は聞きやすい服装で、日常の延長としてリラックスしに来てほしいと思っています。クラシック音楽は堅苦しいものではないということも訴えていきたいです」
音楽をもっと身近に感じてほしいという狙いから、同財団では現在、「音楽キャラバン」と銘打ったアウトリーチコンサートを行い、長野市各地に生演奏を届けています。開館を前に大きな反響があり、長谷川さんは手ごたえを感じています。
好奇心が強く、人と同じことをするのが好きではないという長谷川さん。東京オペラシティでも新しい試みに次々と挑戦してきたそうです。長野市に自慢できる場所がまた一つ増えるような予感がしたインタビューでした。
長野市芸術館の設計は世界で活躍する建築家・槇文彦さん
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会える場所 | 一般財団法人長野市文化芸術振興財団 長野市箱清水一丁目3-8 長野市城山分室 電話 026-219-3100(問い合わせ電話番号) ホームページ http://www.nagano-arts.or.jp/ フェイスブック https://www.facebook.com/nagano.arts |
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