No.146
丸山
正さん
着物をつくる人
巻き付けるたびに人を魅きつける
文・写真 Yuuki Niitsu
巻き付けパフォーマンス
「布は作る時は平面的ですが、巻き付けていくと立体的になるんです。そこが何よりの魅力ですね」
そう話すのは、現在長野市大岡の自宅兼作業場「Maru Factory」で着物を製作している、丸山正さんです。
現在、築150年の古民家に住み、1日の生活の中心がモノ作りという丸山さん。展示会の前になると夕方の5時に就寝し、夜の10時には起床、一日の大半を製作作業に費やすといいます。
「朝日をみながら仕事をするのが好きなんです」という丸山さんは、過密スケジュールの中でも、楽しみながらモノ作りライフを送ります。
また定期的に全国のギャラリーを飛び回る日々を送っていますが、その中で、丸山さんはある珍しいパフォーマンスを披露しています。
それが、「巻き付け」です。丸山さんの巻き付けは2種類あります。販売向けの巻き付けと、もう一つは純粋に魅せるための巻き付けパフォーマンスです。
もともと着物屋の営業をしていたという丸山さんは、全国各地でお客さんに巻き付けをしているうちに、その面白さに魅かれていき独自の巻き付けを生み出したといいます。
「1日に50人を巻き付けて、20着売ったこともあります」
1着100万円ぐらいが相場ということですから、なんと一日2000万円の売り上げ。当時から丸山さんの巻き付けは人を魅きつけていたことがうかがえます。
作業場にて帯の各パーツのデザインをしている丸山さん。ここで一日の大半を過ごす
丸山さんの巻き付けは、帯は腰に巻くものという概念に収まらず、ストールの様に首にも巻き付けていくという斬新な発想。また、脱がせているときにも恰好悪くならないように考えながら、布を巻き付けていくため、一度巻き付けた布を半分脱がせたりするというテクニックも随所に見られます。そして脱がせた布は必ずモデルさんの左横におき、全体の見た目にもこだわりを持ちます。
みるみるうちに、モデルさんの変化していく姿や表情を見て、これは試着ではなくまさに、芸術なのだと実感しました。
「巻き付けているときに相手の顔を見なくても、満足しているか、していないかを気で感じるんですよ」
そう話す丸山さんは、今まで30年間で2万人を巻き付けてきたといいます。
「大阪では2000人、富山ではたった2人の前でパフォーマンスなんてこともありましたね(笑)」
お太鼓という帯の後ろのポッコリ出た部分。日本橋の太鼓橋が名前の由来になっている
着物との出会い
丸山さんは大阪府出身。大学で油絵を学び、卒業後はグラフィックデザイナーとして働きます。その後、30歳で上京し出版社でイラスト関係の仕事をしますが、仕事がうまくいかず転職を考えます。そんなときに、偶然手にした就職情報誌がその後の人生を変えます。
「そこに載っていた着物がかっこよくてね。よしこれだ!と思ったんです」
なんとたった1枚の写真から着物の世界に飛び込んだという丸山さん。
「油絵とは180度違う世界でしょ。全く違う世界に飛び込んでみたかったんですよ」
そう当時を振り返ります。
こうして丁稚(でっち)として着物屋に就職しますが、任されたのは営業。それまでデザイン関係の仕事をしていた丸山さんにとっては、未知の世界でした。しかし、営業先でお客さんに着物を巻き付けていくうちに、何故か巻き付けの面白さにはまっていったといいます。
「それからは地方に営業に行く先々で、お願いして巻き付けをさせてもらいました」
その巻き付けが面白いと評判になり、同時に布の魅力に魅かれていった丸山さんは自身で帯や着物を作る道を選ぶことになります。
「巻きつけに自信があったので、敢えて誰にも弟子入りしませんでした」
こうして独自に着物作りをするという道を選んだ丸山さんですが、モノ作りのポリシーは一貫して「巻いたときに面白いかどうか」という点にこだわっています。
この視点が丸山さんの凄いところで、他者にはまねできないところでもあります。しかし、そういう気持ちで作ったときのほうが、驚くほどよく売れるといいます。
また、業者から仕入れた舗装用のローラーを使い、布に顔料や金属の粉末、灰などを染みこませるという独特な手法を用いることもあります。
販売向けの巻き付け。相手が喜んでいるかは顔ではなく気で感じるという
全国からお客さんが訪れる「Maru Factory」。必ずメッセージを書いてもらうという
大物演歌歌手との出会い
2000年より東京は北青山の一等地にお店を開き、自身はデザインを担当し、職人さんに作ってもらうというスタイルを取ります。
しかし、日に日に自分の手で作りたいという思いが増し、10年前から長野市大岡の古民家を作業場とし、東京では帯と着物のデザイン、大岡では帯作りに専念という東京と長野を行き来する生活を送ります。
そんな忙しい毎日を送っていた今から5年前のある日、ある俳優さんが来店したのをきっかけに演歌歌手、石川さゆりさんと出会います。
「その俳優さんは、うちの店を気に入ってくれて、今度石川さゆりさんを連れてくるからって言って帰って行ったんです。私もその日は、大岡に戻ったんですが、そしたら次の日にお店から電話がきて、『石川さんが来られたのですぐ来てください』って言われて。東京にトンボ帰りしましたよ(笑)」
その日は、帯を買って帰ったという石川さんは、なんと数日後に再び来店したといいます。そこで当時、手掛けていたアバンギャルドな着物に一目惚れしたという石川さんは、帰りの車中で、「今年の紅白はあの着物でいく」と衝撃的な一言を発したそうです。
願ってもいないオファーを受けた丸山さんは、その後、石川さゆりさん用の着物を半年かけて自身の手で作ります。
そうは言っても、紅白の曲は直前で変わったりすることもあるそうで、それ次第では衣装も変わるということを聞き、丸山さんは何とも落ち着かない気持ちで製作の日々を過ごします。
そして紅白直前に「やっぱり丸さんのでいく」という本人からの直々の電話。
「2008年は、忘れられない年越しになりました」と当時を振り返ります。
業者から仕入れた舗装用のローラーを使い、布に顔料や金属の粉末、灰などを染みこませる。発想力が違う
今が集大成
モノ作りに専念するために3年前から完全に大岡に腰を据えたという丸山さん。
「10年前に一目惚れして決めた物件ですが、最寄り駅まで3時間というのを移住してきてから知って驚きましたね。免許もなくて家にひきこもりでしたが、逆に製作に専念できたし、今では毎日が楽しいですよ。庭掃除一つでも興奮しますから(笑)」
「Maru Factory」には、全国から丸山さんの着物を買いに来るお客さんがいます。そのため、遠方からのお客さんはほとんどが泊まりで買いに来るそうです。
「遠くからわざわざこんな山奥に来てくれるんですから、じゃあまた!ってわけにはいかないですよね。だから、泊まりも込みで来てもらっていますね。そういう付き合いが好きなんです」
常に布団セットが3つ用意してあるというおもてなしの心を忘れない丸山さん。編集部・新津も取材を兼ねて宿泊させていただきましたが、丸山さんの人柄、そして旅館並みのもてなし方に、このままここの住人になりたいと思い、車のカギを崖に向かって投げようかと思ったくらいでした。その居心地の良さに、帰り際にはジャージ姿になっていた私。
「今が僕の人生の集大成」という丸山さんに、自身にとっての「着物」の存在を聞いてみました。
「37センチという限られた幅のなかでの自由を表現すること。これが快感なんです」
37センチは着物の一反の幅。この限られた世界に魂を注いでいる丸山さんの「Maru Factory」に是非一度訪れてみてください。
今度はあなたが巻き付けてもらう番かもしれません。
丸山さんの尊敬する小池一子さんの言葉。着物をつくる醍醐味がこの一言に凝縮されている
丸山さんは巻き付けたときに面白いかどうかという視点で制作している。今までに2万人以上も巻き付けてきた
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会える場所 | Maru Factory 長野市大岡乙4762 電話 026-266-2890 ホームページ http://www.maru-factory.jp/ |
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