No.145
矢澤
秀成さん
やざわ ひでなる
園芸研究家/ながの花と緑そして人を育てる学校長
花は人を育てる
そして地域を育てる
文・写真 Rumiko Miyairi
夢を育てる授業
長野市で、世界にひとつだけの自分の花を咲かせる子ども向けの授業「育種寺子屋」が始まって3年半。
今年も、長野市内で選ばれた小学生約240人が受講しました。育種寺子屋は、篠ノ井中央公園を拠点とする、ながの花と緑そして人を育てる学校の活動の一つ。この学校長矢澤秀成さんが小学校に出向いて授業をします。これまでに約950名の長野市の子どもたちが、矢澤さんのこの授業を受けています。
11年前、「子どもたちへ命の尊さや夢を育てる大切さを、植物を通して伝えたい」という矢澤さんの思いから始められたこの育種寺子屋。
最初、わずか8人から始まりましたが、岐阜県、奈良県、鳥取県、高知県、新潟県、兵庫県、北海道などで開催され、これまでに約5000人の子どもたちが学ぶ授業となりました。長野市でも、2011年からスタートして多くの子どもたちの夢を育てています。
「最後は、子どもたちが咲かせた花をひとりずつ持って、育てた感想や咲いた花への思いなどを発表するんです。このときが一番大事なんです。私は、咲いた花の形や咲きかたに違いがあるとか、花の遺伝子にはこんなものがあるから次はこんな花が咲くとか、一人一人の花の解説をして、いろんな花が咲く、つまり、自分が咲かせたということを誇りに思えるように語ります」
授業の様子を、矢澤さんは顔をほころばせて話します。
矢澤さんは、長野市に住みながらこの校長を務めていますが、その日常は多忙を極めています。あとに詳しく述べますが、自身の研究活動を進めながら全国各地で講演をし、さらに、NHK教育の「趣味の園芸」やNHK総合の「あさイチ」など多くの番組で園芸研究家として出演するなど、いつも全国を走りまわっています。
そんな矢澤さんが伝授してくれる育種寺子屋の授業は年間5回にわたって行われます。
ながの緑育協会スタッフ手作りの花の模型を使って育種寺子屋の授業をする矢澤さん。「優しくね」とおしべとめしべで交配の仕方を説明する
授業には、葉っぱがペタペタしているペチュニアというナス科の花を使います。子どもたち自身で好きな鉢を2つ選び、そのおしべとめしべを交配させるところから始まります。できた種は撒き育てます。矢澤さんは「種はわずかな鼻息ですら吹き飛んでしまうくらい小さいので大事に扱うように」と促します。そして毎日の世話のしかた、花や種の扱いかた、次に起こる花の変化などを、その都度説明しながら子どもたちの気持ちに触れて進めます。花は、すべて子どもたち自身の手で育てます。
「子どもたちには、どんな花が咲くかその未来が描けるように可能性も語るんです。そういう夢や希望を語ることで、またやりたいという意欲につながりますからね。それから、花は種から育てること。これが大事なことなんです。一粒の種、つまり世界にひとつしかない命を原点から育てるから、咲くと一層愛おしいと思えるんです」
そして矢澤さんは、間髪をいれず「そういう原点は人間も一緒」と言い添えます。
11月8日、今年度の育種寺子屋表彰式が若里文化ホールで行われ、授業を受けた児童の中から6人に優秀賞が贈られました。各々で育てた花がスクリーンに映され紹介が始まると、子どもたちの表情は、はにかんではいましたが自分が咲かせたという自信で漲っていました。そんな子どもたちの輝かしい未来と可能性に会場内から大きな拍手。育種寺子屋の集大成となる素晴らしい授賞式でした。
「種は小さいから大事に扱うんだよ」と矢澤さんに教えられる子どもたち
育種の技術と研究の日々
矢澤さんが育種を始めたのは5歳、東京都江東区に住んでいたときでした。そのころ矢澤さんの祖父母や父親が、農林水産省で国有林などの管理をする仕事をしていたことから植物を育てる現場を見ながら育ちました。父親は国家公務員だったこともあり、転勤などでいくつかの土地にも移り住みました。
幼少時代は、農林水産省が管理する見本園で木登りばかりしていたという矢澤さん。
そのころには木の肌を見ただけで、なんという名の木か見分けられるようになっていたそうです。そして、社会人になり野菜や花を研究する種苗会社に入ります。
「種苗会社では、パセリ、ねぎ、にんじん、メロンなど野菜バイテク育種の担当になりました。野菜類は、味や栄養分だけではなく、形の美しさが求められます。とても時間がかかる仕事です。そうした美味しい野菜がお店に並ぶことを夢見て、多くの研究を行い、多くの品種を店頭に供給してきました。さらに入社3年目からは、花の育種も任され多くの個性的な品種を作りました」
こうして、多くの野菜に関わりバイテク(バイオテクノロジー)育種の研究室には16年間在籍し、独自の技術を使っていくつも新品種を生み出します。その成果として、数えきれないほど賞を受賞しました。現在、矢澤さんのハイレベルな技術で作られた栄養素の高い野菜は、野菜ミックスジュースなどの素材にも使われるなど、健康を支える飲料として愛飲されているものもあります。
「私は、薬草の研究も仕事の合間に行っています。安心して利用できる国産の薬草の品種開発や生産方法を調査しています。私が長年行ってきたバイテク技術や生産技術をフルに使って、この課題に取り組んでいます」
矢澤さんのこの薬草の研究活動は、全国の色々な技術を持った仲間たちと共に行われています。
「ながの花と緑大賞2014」で講演をする矢澤さん。自身のバイテク技術や研究活動の話題も紹介
趣味は料理と仕事(園芸)?
テレビでは園芸研究家として名高い矢澤さんですが、実際はいろんな趣味を持ち、おもしろ可笑しく場を盛り上げる人柄です。
野菜などの育種のみならず料理にもこだわりを持っています。
「育種も料理も似ているところがあります。それは、花をもらった人、料理を食べてくれる人、それぞれの喜ぶ笑顔を思い浮かべて作ることです。どちらもその想いが大切。その想いで新しいものを作り出します」
自分で収穫したもので料理する喜びのほかに、食物の調理方法も独自に研究しながら料理を楽しみます。そんな矢澤さんの数十年先の趣味は現在の仕事、園芸だといい、冗談なのか、本気なのか、最後はおどけて話を締めてくれました。
「将来、今の仕事(園芸)を完全に趣味にして、ひとり静かにやりたいですね。だから、そのときになったら、そーっとしておいてください(笑)」
番組収録(愛TVながの)でサンタの帽子をかぶって寄せ植えをする矢澤さん。このサービスの旺盛な人となりも魅力のひとつ
花の力を伝え、人そして地域を育て続ける
「市町村(行政)は、なにかをするときのきっかけだけを作っていただきたい。そのきっかけを活かすのは市民です。それが大事なんです」
市民が動くことを最優先にする矢澤さんは、花や緑を育てることでその地域も元気に育っていくといいます。
「市民が地域づくりに関われると、人と人が行き交う。そこには、会話が生まれますからね」
そんな地域づくりのきっかけとなる、緑を育てる資格「緑育マイスター養成制度」を提案する矢澤さんが、最初に始めたのは兵庫県小野市でした。開始から11年目が経ち、多くの緑育マイスターを学んだ生徒が卒業していきました。そして、花や緑を育てるリーダーとなって街のいたるところで活躍しています。この制度は、ほかにも多くの自治体などで緑化活動を推進しています。長野市でも2012年から、矢澤さんがこの制度をもとに推進されています。
「長野市は、自然が豊かな街です。その美しい自然をもっと知ってほしい。そして身近に感じてほしい。そんな思いから長野市にマイスター制度を持ち込みました。ながの花と緑そして人を育てる学校で、植物を1から育てることを学んでほしい。植物を育てることは、人を育てることに似ています。愛情を込めて自然と接してほしい。いつしか緑育マイスターがこの街の緑をもっと美しく、そして身近に感じるように変えてくれるでしょう。長野市の立派な財産である『緑』をもっと知って下さい」
長野市の緑育マイスターは、3年前からはじめて現在450人を越えました。
「継続は力なりですよ(笑)」
うなずきながら目を細める矢澤さん。
緑育は、人そして地域も育てる。そんな新しいきっかけという種を、矢澤さんが育種して発芽させてくれました。緑育協会によると、矢澤さんが企画したイベントに参加するボランティアは年々増えているといいます。
来年は、7年に1度の善光寺御開帳。多くのお客様が長野へ来られます。多くの緑を愛する長野市民の手で、街を美しく飾り、おもてなしをして、自然豊かな緑の都市「ながの」をPRしましょう。
2014年11月3日に行われた「チューリップを植えちゃおう」では150人以上のボランティアが篠ノ井中央公園に集結。来年の春の緑のおもてなしの準備が長野市民の手で着実に行っていく
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会える場所 | 一般財団法人 ながの緑育協会 長野市篠ノ井会716 篠ノ井中央公園内 電話 026-261-1030 ホームページ http://ryokuiku.net/ 矢澤校長の公式ほそめブログ http://blog.goo.ne.jp/yazawahidenaru ◆シクラメン展 |
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