No.117
雲の幕間
ナガラボ編集部のマイ・フェイバリット
飲めなくてもいい。あらゆる人の居場所になるネオ・スナック
文・写真 石井妙子
スナック=おじさんのもの、というイメージも今は昔。全国的な「ネオ・スナック」ブームで、20代や30代が通う個性豊かなスナックが増えています。長野市の繁華街、権堂に2023年にオープンした「雲の幕間(まくあい)」もその一つ。一人でも行きやすく、でも行けば誰かと話ができる。20代からバブル世代まで、さまざまな人の居場所になっています。
ノンアル歓迎。誰もが楽しめる場に
昭和の名残を残すえんじ色の分厚いドアを開くと、映画「アメリ」の世界のような真紅の壁にクラシカルな照明。おしゃれ!と心が踊る一方で、L字型のカウンターも焼酎のボトルが並ぶガラス棚も、まぎれもなくスナックの佇まいです。
こんばんは、と笑顔でカウンターから出迎えてくれた女性がこの店のママ、真帆さん。現在30歳で、ほぼ一人でお店を切り盛りしています。
5つのフロアに50軒以上のスナックやパブ、バーがひしめく権堂の「第一レジャーアイランドビル」。ネオ・スナック「雲の幕間(まくあい)」は、3階の一角にあります。
▲両隣に並ぶ扉の向こうは、それぞれスナックという名の小宇宙。グリーンの看板が「雲の幕間」
こちら、実は善光寺門前のイタリアンの名店「こまつや」2号店。イタリアンの2号店がスナック? と不思議に感じますが、きっかけはオーナーシェフの廣政(ひろまさ)真也さんと、「スナックをやりたい」と公言していた真帆さんの出会いでした。この話は、後でまた追って。
全国的に増えているネオ・スナックは、昭和に全盛期を迎えたスナック文化の流れを汲みつつ自由なエッセンスを加えた新しいスタイルの店。その多くを、20代30代の若いママが切り盛りしています。かつてのスナックといえば、ウィスキーのボトルを入れてママに仕事の愚痴をこぼし、店内には酔客のカラオケが響き渡るサラリーマンの夜の社交場。一方、ネオ・スナックはママの個性を反映した自由なスタイルで、明確な定義はありません。
▲夜な夜なさまざまなお客さんがカウンターに集う。お一人様客が多い
「雲の幕間」の特徴の一つが、ドリンクの豊富さです。スナックといえば焼酎やウィスキーのイメージですが、同店はビールやグラスワイン、日本酒と幅広いメニューを提供。もちろん焼酎やジンのボトルキープも可能です。「ボトルキープはちょっと」という人におすすめなのが、5杯4,000円とお得なドリンクチケット。毎回違うドリンクをオーダーしたり友達と分けたりと、使い勝手が良いサービスです。ノンアルコールドリンクなら一枠で2杯OKなのも嬉しいところ。
▲ノンアル派にも優しいドリンクメニュー。明朗会計で安心。こまつや監修のフードメニューも
「大勢でスナックに行った時、とりあえず全員水割りで!ってよく見る光景ですよね。ウィスキーが苦手な人もいるはずなのに、空気的に言い出しにくい。それは嫌だなと思って、みんなが好きなドリンクを飲めるチケット制を導入しました」(真帆さん)
意外なのがノンアルコールドリンクのラインナップの広さ。ノンアルコールビールはもちろん、ほうじ茶、緑茶、コーヒー、紅茶、ジュースも3種類。
「お酒が飲めないことを、スナックに行けない理由にしたくはないから。こんなにおもしろい場所があるのに飲めないから行けないって、もったいないじゃないですか。毎回ノンアルコールで通ってくれる20代の常連さんもいますよ」
飲んで当然、飲めないなんてノリが悪い、という風潮はもはや昔のもの。飲まない人も、「今日は飲まないけど寄りたくて」という人も楽しめるのが「雲の幕間」です。聞けば真帆さん自身、お酒が飲めないのだそう。スナックのママなのに、と意外に感じましたが、「お酒を出したいわけじゃなくて、人としゃべりたいから店をやっているんです」と話してくれました。
▲フードメニューはこまつや監修。こちらは深夜におすすめ「背徳のフレンチトースト」!
人としゃべること、聞くことを仕事にしたい
過去にアパレルショップの販売員や営業職、イベントの司会などを経験し、人と接する仕事が天職だと感じていた真帆さん。スナックのママを目指したきっかけは、アパレル時代に出会った「買い物しないおじさん客」でした。
そのおじさんはスタッフとしゃべることを楽しみに頻繁にショップを訪れていましたが、買い物はほとんどしない。店長からは「効率が悪いから、接客はほどほどに」と指導されていたそう。
「でも私、なんだかおじさんとしゃべりたかったんです。話すことが好きだから。店長が言うことはもっともなんだけど、じゃあこのおじさんは、人と話したい時にどこへ行けばいいんだろう? とモヤモヤして。その時ふと、“スナックだったら、しゃべるだけで仕事になる”と思ったんですよ。それが、スナックに興味を持ったきっかけです」
▲若きママ、真帆さん。シラフでもノリノリで会話に参加
スナックへの思いを強くしたもう一つのきっかけは、自作のイラストを発表していたインスタグラム。27歳の時に離婚した真帆さんは、お子さんの親権を元夫に渡した経験があります。世間一般のイメージは「子どもは母親が引き取るもの」。それなのに親権を渡した自分は、子どもが大事ではないと思われるんじゃないか。そんな孤独と不安を感じながら、経緯をイラストと文章で素直に綴ったポストに、思わぬ数の反応が寄せられたのです。「私も同じです。誰にも言えなくてつらかった」という内容のDMが、見ず知らずの人から30件以上届いたのでした。
「こんなに多くの反応がくると思っていなかったから、驚きました。私にアドバイスなんてできないけれど話を聞くことはできるから、DMをくれた全員とやりとりをして。その時、みんな身近な人に言えない悩みがあるんだなって思ったんです。きっと、家族や友人に話すと色々口を出されるから嫌なんですよね。私のように関わりのない他人に話を聞いてほしいんだと思ったし、人生でそれなりにいろんな経験をしてきた私だから聞ける部分もあるのかな、と。そこから『人の話を聞く仕事がしたい』とはっきり思うようになりました」
▲奥にはボックス席も。元スナックの店舗を居抜きで利用し、内装をリノベーション
カウンセラーや尼(!)などの道も考えたものの、縁あって地元のガールズバーで働くことに。次第に「私に向いているのはスナックかもしれない」と思うようになった頃、善光寺ご開帳で期間限定ストアの仕事を手伝った縁で、こまつやの廣政さんと出会いました。
「スナックをやりたい」と熱く語る真帆さんに興味を持った廣政さん。いつかは2号店をと考えていたことから「スナックを始めるからママにならない?」と真帆さんをスカウト。物件を探し、資金を集めるためにクラウドファンディングを実施します。目標を120%達成する結果をおさめ、2023年の7月、「雲の幕間」はオープンしました。
▲クラウドファンディングページ。店舗立ち上げに当たっての廣政さんと真帆さんの思いが詳しく綴られている https://camp-fire.jp/projects/view/676764
居合わせた人と楽しむことが醍醐味
廣政さんが興味を持ったきっかけは、真帆さんが心のおもむくままに書いた「なぜ、スナックをやりたいのか」という長い文章でした。そこには「マイノリティに優しい店を作りたい」「好きなことを熱量を持って話したい!」と、今も変わらない熱い思いが綴られています。
「居場所がないと感じている人の居場所になるスナックを作りたかったんです。友達がたくさんいて、おしゃれで、色んな所へ遊びに出かけて……じゃない層、を掬い上げる場所。普段は頑張って周囲の人に合わせてるけど、本当はつるむことが居心地悪いと感じている人。
うちによく来てくれる若いお客さんは、そういう子が多いですね。私もそのタイプなんで、よく分かります(笑)。友達と飲みに行く時は居酒屋へ行くけど、1人で来れる場所がほしい。ここでは何かキャラを演じる必要もない。そういう場所として、うちを大事にしてくれている」
▲壁の色は真帆さんが好きな映画「アメリ」をイメージソースに
20代の若者が1人でスナックへ。少し意外ですが、ざっくばらんな真帆さんのつかず離れずの距離感や、どの年代の人にもフラットに接する雰囲気が居心地良いのでしょう。40代50代のおじさん層も訪れますが、若者相手だからと説教ぶらず、相手を尊重して会話する人が多いのだそう。
「どのお客さんも話すことが好きですね。ふざける時はふざけるし、真面目に話す時は真面目で。私、熱量を持って話す人が好きなんですよ。普段はみんな空気を読んで、相手が喜びそうな話をして人間関係を保ってるじゃないですか。でもこの店では、好きなことを熱く話して一人で盛り上がっていても、引いたり、バカにしたりしない場所でありたい。むしろ、私も一緒に盛り上がりたいんです」
▲パスタならぬ焼きそば麺でスピーディーに作る「イタリアン焼きそば」
「一人客が多い「雲の幕間」ですが、居合わせたお客さん同士が共通の話題で盛り上がるのが常、という点はやはりスナック。L字のカウンターを交差して会話が飛び交い、「下ネタから哲学まで、20代から50代が一緒に盛り上がる。おもしろいですよ」と真帆さん。
「ネオ・スナックにはいろんな形があるけれど、この場にいる人と一緒に楽しむってことがスナックの本質なんじゃないかな。一人で過ごしたいならバーに行けばいいし、仲間内で盛り上がりたいなら居酒屋へ行けばいい。ここでは偶然の出会いを楽しんでほしいし、そういう場所を作りたいから、私はスナックを始めたんです。
最近は、上司と部下が一緒に飲む習慣が減っているでしょう。でも、色んな経験をした歳上の人と話したり自分よりずっと若い人と飲んだりすることって、やっぱりいいんですよ。同年代と話すのとは全然違う角度のインプットがあって、人生が豊かになる。今日たまたま隣り合った人だから、近すぎない距離感で話しやすい。それも、スナックの良さだと思います」
ルールや作法は大胆に変える一方で、スナックの真髄たる部分は受け継ぐ。個性的な空間のようで、実は誰もをおおらかに受け入れるこの場所を見ていると、時代が変わってもスナックは街の社交場なのだなと感じます。
店名の「雲の幕間」に込めた願いは、つらいことも多い人生の途中で、この店にいる間は雲=苦難が晴れるように。そして、ここでの出来事が人生という演劇の第二幕への節目になるように。えんじ色のドアを閉めた後の帰り道は、少し心が軽くなっているかもしれません。
<info>
雲の幕間(まくあい)
<お問い合わせ>
長野市鶴賀上千歳町1324-6 第一レジャーアイランド3階
電話 026-217-9184(営業時間中のみ)
ホームページ https://www.instagram.com/kumonomakuai/
営業時間 19:00〜24:00
定休日 日曜