No.113
樋知大神社(ひじりだいじんじゃ)
ナガラボ編集部のマイ・フェイバリット
長野市の豊かな自然の恵みと歴史を知る穴場的秘境
文・写真 島田 浩美
長野市内には “パワースポット”とよばれる場所がいくつもありますが、霊峰・聖山の中腹にある長野市大岡地区の「樋知大神社(ひじりだいじんじゃ)」は、秘境感あふれる穴場。異世界に続くような神秘的な雰囲気が漂い、自分だけの秘密の場所にしておきたいような、とっておきの風情が漂います。
霊山・聖山の麓、長野市の隠れた名所
長野市大岡と東筑摩郡麻績村の境にある聖山。かつては戸隠山と並び称されるほど修験道が盛んでした。また、古来、麓の37カ村まで及ぶ広大なエリアを潤してきた水源の山でもあります。その北麓にある「樋知大神社」は、知る人ぞ知る、霊験あらたかな神社。社伝によると12世紀、亀山天皇の時代に合祀され、当初は「高梄の山」と称されましたが、江戸時代に松代藩の佐久間象山によって、「聖神社」に水路を意味する「樋」と民の暮らしを治め司る「大神」の意味をかけ合わせ、「樋知大神社」と改称されました。
御祭神には、水を分配し灌漑に供する「水分神(みくまりのかみ)」や、食物神である「宇賀之御魂命(うかのみたまのみこと)」、諏訪大社の祭神である建御名方神の第二子とされる「武水別命(たけみなわけのみこと)」が祀られています。
境内にある湧水「お種池(田苗池)」は古くからの灌漑の種池。干ばつ時には大岡地区ばかりでなく、長野市川中島や篠ノ井、東筑摩郡筑北村などからも人々が訪れ、雨乞いの祈願をしたといわれています。
長野市街地からは約40km、車で1時間ほど。山道をひたすら登り、車1台がやっと通れるほどの林道を通ってようやく到着します。その先にブナ林やスギ林が広がる神社が現れ、その幽玄な雰囲気には誰もが驚くこと間違いなし。「長野市にこんな場所があったなんて」と感嘆の声が漏れるほどの秘境感です。
参道の80本余りのスギ並木は樹齢400〜500年。鬱蒼と茂るおよそ420本ものブナ林は約1ヘクタールにも及び、樹齢は300年超といわれています。もともと本州内陸部にブナ林は少なく、聖山一帯にあったブナ林も伐採によりほぼ残っていないそうで、このブナ林は小規模ながらも貴重かつ特異な存在なのだとか。106本のモミの木を含め、鎮守の森を形成しています。
そのなかを「お種池」から注ぐ清らかな小川が流れ、まさにパワースポットのよう。林床の湿潤な土壌には希少種であるミドリヒメザゼンソウやシダ類の湿性植物群が繁茂し、神社一帯が「樋知大神社境内のお種池及び社叢と湿性植物群落」として、長野市の名勝・天然記念物に指定されています。
古から続く豊かな自然と風習が残る風土
スギ並木が連なるパワースポットといえば長野市の戸隠神社が有名ですが、「樋知大神社」はアクセスがいいとはいえない立地だからこそ参拝者が少なく、大自然と神社のご利益を独り占めできるような特別感が味わえます。時間が止まったような、別世界につながっているような神秘的な雰囲気も魅力。標高1,150mとあって真夏でもひんやりとした空気が流れ、避暑地のような心地よさも満喫できます。
スギ並木を抜けた社殿の裏にある「お種池」は、ブナ林の下部の窪地にできた湧水池で、天然のイワナが泳ぐ様子を見ることができるほど透明度抜群。こんこんと絶えることなく湧き出る水からは、広大なブナ林に降り注いだ雨や雪が地下に浸透し、悠久の歳月を経て地表に湧き出る大自然の豊かな恵みを感じることもできます。年間を通じて水温8~9℃を保つ清水で、雨乞いの際にはこの池で慈雨を願ったとされています。
また、神社の向かいに真言宗の高峰寺(こうぶじ)があるのは神仏習合時代の名残だそう。山深い立地ゆえに、明治維新の廃仏毀釈を逃れて昔の姿をとどめているようです。
高峰寺は「樋知大神社」と同様に亀山天皇の時代に建立されました。越後(新潟県)から大岡地区にやってきた僧侶・学道聖人が苦行の末、紀州(和歌山県)の熊野権現から水玉(水器)を授かり、正観音尊を刻んで11面観音を安置し真言宗を広めたのが建立の由来のこと。学道聖人は修験道の聖地だった熊野を目指す旅の途中で善光寺を参拝し、千曲市の姨捨の里で美しい月を眺めた後、麻績村に宿泊して夢で熊野権現のお告げを聞き、聖山に登ったのがこの地との縁といわれています。
毎年1月3日には大権現堂で農作物の豊作を祈り、作物の豊凶と降雨を占う行事「種蒔会(たねまきえ)」が行われれます。ヤナギの若枝に聖山大権現のお札をつけた勧請幣(かんじょべい)を供えて加持祈祷をし、5月の八十八夜前に聖山から流れる12流域の農家数千戸に配るという習わし。農家はこれを苗代の水口に建てて豊作を祈願するというもので、山の権現が里に下りて豊かな水をもたらし、農業を守るとされる風習で、長野市の無形民俗文化財に指定されています。
「お種池」で今なお行われる雨乞いの儀式
「お種池」の雨乞いの儀式も、今なお行われている地域があります。そのひとつ、長野市篠ノ井信里地区の農家の皆さんの神事に同行しました。
本殿での礼拝を経て「お種池」へ。石祠の周りを冷水に耐えて歩き、水を濁すと滋雨が降るといわれています。雨が降ったときに池の水が濁ることが由来だそう。儀式では代表者が石祠に御神酒を注ぎ、周囲を3回まわりながら棒で池底をつついて水を濁します。
自然界と密接に関わる農業の奥深さを感じたとともに、昔ながらの文化を大切にする地域のつながりも感じられました。そして、なんとしばらく晴れ間が続いていたこの儀式の翌日、夜に久しぶりの降雨に恵まれました。雨乞いの効果があったのでしょうか。
日本古来の風習も、神仏習合の歴史も、豊かな自然と水の恵みも感じられる「樋知大神社」。誰にも教えたくないけど、あまりの“パワースポット感”に、つい人に教えたくなるその趣深さを、ぜひ足を運んで実感してみてはいかがでしょう。
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樋知大神社(ひじりだいじんじゃ)
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長野市大岡丙5405-2
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