No.106
[長野市×JAXA]高専生ビジネスプランコンテスト
ナガラボ編集部のマイ・フェイバリット
最優秀賞受賞「衛星データを用いたバイオマス発電における木の含水量推定サービス」
文・写真 島田 浩美
2021年2月から3月にかけ、長野市と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の主催による画期的なビジネスプランコンテストがリモート開催されました。対象となったのは、全国の高等専門学校高等専門学校(高専)の在学生と卒業生。
「衛星データを使ってNAGANOの未来をデザインせよ」をテーマに、フレッシュな着想から生まれた柔軟なアイデアとは。そして最優秀賞受賞プランは…?
JAXAの衛星データを活用して長野市にイノベーションを!
日本の航空宇宙開発政策の中核的実施機関であるJAXAと長野市が連携し、まちの未来を考えるビジネスコンテスト(ビジコン)を開催…!? この異例ともいえるコラボが実現した背景をまずはご紹介しましょう。
長野市では“2040年に向けての挑戦”として、未来のビジョンとその実現に向けた「長期戦略2040」を2020年にまとめ、自然循環と経済発展の両立による取り組みを進めています。その一環として地域活性化に有益な産業を探るべく市内の民間企業を訪ねるなかで、宇宙産業に取り組む企業ともつながりが生まれていました。
一方、JAXAでは2021年度に打上げ予定の先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」の衛星データの利用促進をめざし、新規事業の創出や事業者の開拓に着手していました。そんななか、誰でも自由に衛星データの閲覧・解析ができるプラットフォーム“Tellus”上に「だいち3号」相当の衛星データが追加されることになり、その一地点として選ばれたのが、森林面積が広く農業が盛んな長野市だったのです。
▲「だいち3号」イメージ(JAXAホームページから引用)
そうした経緯から、長野市では地域活性化や課題解決に衛星データを活用する方法を模索。より広く若い世代から新たなビジネスアイデアを募ろうと企画されたのが、今回のビジコンでした。
対象を高専生とその卒業生としたのは、衛星データの利用には工学系の技術的思考回路が必要なこと、また近年、全国の高専には意識が高い優秀な人材が揃っているとの評判からです。そしてプランの事業化を実現させるために、全国の高専生と卒業生向けにキャリア教育や起業家育成事業を展開している「高専キャリア教育研究所」にアドバイザー(メンター)を依頼しました。
▲ビジコンの司会も務めた「高専キャリア教育研究所」代表・菅野流飛さん。現在、北九州市と連携して地域課題の解決に取り組んでいる
つまり「民間企業と一緒に地域の課題を解決して市内の起業も促進したい」と考えている長野市と、「衛星データを活用して地域課題を解決したい」というJAXAの「広く衛星データ活用を促進したい」というニーズが合致したことで、この「高専生ビジネスプランコンテスト」が開催されることになったのです。
衛星データを用いたバイオマス発電における木の含水量推定サービス
急ピッチで企画が進められ、2月初旬に参加者募集の情報をリリース。すると、順調に40人が集まりました。集客が思わしくないビジコンの場合、頻繁にSNSで告知をしたり必要があれば有料広告も出すそうですが、今回難なく集客できたのは学生にとって魅力ある内容だったからでしょう。
プログラム初日の2月26日は、JAXAから衛星データについて、また長野市から「防災・農業・林業」を中心とする地域課題について説明するインプットセミナーを実施。その後、参加者たちは専門領域や得意分野、出場経験のバランスから8チームに分かれ、その都度メンターやJAXA、あるいは長野市からアドバイスを受けながらアイデアを練っていきました。
こうした共創期間と中間発表を経て、3月16日、いよいよ最終ピッチコンテストを開催。審査員はJAXAと長野市の担当者のほか、JAXAと事業開発に取り組む東日本電信電話株式会社(NTT東日本)や株式会社パスコの担当者、長野市で航空機産業や宇宙ビジネスを展開し、長野商工会議所内で宇宙利用産業研究会も立ち上げた株式会社羽生田鉄工所社長、東京工業大学発ベンチャーで宇宙スタートアップ企業を設立した高専出身の株式会社天の技代表、そして高専キャリア教育研究所の親会社である株式会社みらい創造機構創業者の7名です。
出場8チームは市の課題を独自の視点で的確に捉え、衛星データと地域資源を活用しつつ、地域経済の好循環や波及効果を生み出すユニークなビジネスプランをオンラインで発表しました。 熱のこもった5分間のプレゼンテーションを通し、実現性や独創性、市場性、収益性、熱意が審査されました。
▲長野市の飲食店や観光業の衰退に着目し、衛星データを活用した新規顧客獲得のためのご当地まちおこしアプリ開発を提案したチーム
▲墓じまいなど先祖代々の墓の継承の悩みを解消すべく、自然が豊かな長野市での散骨を提案し、衛星データによる森林や河川の配置から散骨の候補地を探すシステムを提案したチーム
▲衛星データから土壌水分量や窒素含有量、風向き等の情報を得て、特産のりんご栽培に欠かせない農薬散布の負担を解消する効率的な農薬散布スケジュール作成のプランを提案したチーム
プレゼン後の審議の結果、企業賞と最優秀賞が決定。 事業化に向けたサポートを各企業が行う企業賞を受賞したのは以下の3つのアイデアです。
▲「NTT東日本賞」は、長野市を航空宇宙産業発信基地にし、理系人材育成のために幅広い分野を学べるものづくり・研究複合施設を設立するプランが受賞
▲「長野市商工会議所賞」に選ばれたのは、花の開花や紅葉の見頃を衛星データで予測し、旅行代理店等に提供する観光業向け衛星データサービス
▲「パスコ賞」は、中山間地域の買い物難民を解消するために衛星データを活用するプランが受賞
そして、栄えある最優秀賞を受賞したのが、チーム名「宇宙おやき」による「衛星の光学センサとマイクロ波放射計を用いたバイオマス発電における木の含水量推定サービス」です。
長野市で森林資源を活用したバイオマスエネルギーの利活用促進が求められていることに着目し、実際に市内のバイオマス発電事業者から情報を得て「燃料となる木材の含水率のコントロール」が課題であると感じたことで、発電効率を向上させるために衛星データを活用するプランでした。
具体的には衛星データから森林の樹種や土壌水分量、地形データを取得し、バイオマス発電に適した含水率の木が生えているエリアを推定するサービスです。過去の学術論文などからも実現可能性を検証し、成長性や海外への事業展開なども検討しました。
「化石燃料はいつかなくなりますが、今なお多く使われて続けているからこそビジコンをきっかけに、バイオマス発電の利用促進事業によって長野市から一緒に世界を変えて行きませんか?」
こんなメッセージを発した「宇宙おやき」のプランに対し、審査員のひとり、長野市企画政策部の青木尚久企画課長からは「後継者不足により山林の荒廃が深刻化している長野市ではバイオマス産業都市をめざしており、その方向性とマッチしていることが最優秀賞の選定理由」との講評がありました。
プランはまだまだ課題の深掘りや関係者との対話、リスクの検討などブラッシュアップしたうえで費用対効果などビジネスとして成立するか見極める必要がありますが、今後は長野市スマートシティ戦略施策の候補に選出され、JAXAのJ-SPARC(JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ)制度活用も視野に入れた検討が進められていきます。
なお、今回のビジコンに対し、菅野さんは当初、JAXAの衛星データを使ってビジネスを創出すること自体、難易度が高いのに、そこに長野市の地域課題解決という重いテーマを組み合わせることを懸念していたそうです。しかし、ピッチコンテストの最後は審査員の次のような全体講評で締めくくられました。
「短期間でどの提案もビジネス化できそうなレベルに仕上げており、特に今回は衛星データを活用して社会課題を解決するというテーマでアイデアラッシュに制約がかかるなかでの組み立てだったにも関わらず、さすが高専生だと感じました。最終的に順位はつけましたが、どれも磨けばビジネスになる原石です。受賞チームにはビジネス化に向けてあらゆる場面を想定して深堀りをお願いするとともに、今回選ばれなかったチームの提案もブラッシュアップすればビジネスにつながる可能性もあるので、さらなる精進を期待しています」
効率的なバイオマス発電の事業化に向けた第一歩へ
そんな「宇宙おやき」のメンバーに、今回のプランに至った経緯や工夫、ピッチコンテストの感想などを聞きました。
メンバーは、吉村勘太郎さん(奈良高専電子制御工学科→大阪大学大学院工学研究科ビジネスエンジニアリング専攻)と、三宅健太郎さん(九州工業大学情報工学部→筑波大学情報学群知識情報・図書館学類)、南里絢花さん(佐世保高専電子制御工学科 3年)の3人。
いずれも応募のきっかけは菅野さんのSNSやWeb上でのアナウンスによるもので、「JAXAがビジコンを実施する」という滅多にないチャンスに惹かれたのだとか。また、3人ともこれまでにビジコン出場経験があり、吉村さんは過去15回ほど参加したことがあるベテランです。
とはいえ、今回は林業に着目しましたが、3人とも専攻は電子制御工学や情報工学で林業は全くの専門外だそう。
「以前にエネルギー関係のビジコンで工場の排熱利用システムについて考えたことがあったので、今回も最初はその方向で進めていましたが、南里さんが『長野市がバイオマスの利活用に興味をもっている』という情報を見つけてきてくれたので、太陽光発電によるファンなどの案を経て、最終的にバイオマス発電のプランになりました」(吉村さん)
役割分担としては吉村さんが次々とアイデアを出し、三宅さんが学術論文なども当たりながらアイデアの補足や新たな提案から実現可能性を追求し、南里さんがさまざまな調査を担当したといいます。
ただ、中間発表の時点ではまだ排熱利用のプランを考えており、その際の審査員のフィードバックから実現が難しそうだと判断し、新たにバイオマスの利活用に方向転換したのだとか。そして長野市のバイオマス事業者から情報を得たことで具体的な課題が見え、ピッチコンテスト直前の2日間でアイデアを詰めたそうです。その切り替えの早さや集中力も見事ですが、そもそも専門外の分野でのプランに不安はなかったのでしょうか。
「不安しかなかったですね(笑)。領域外すぎて、最初は全然わかりませんでした。それでも工学系として少し近いところもあったので、足りない部分やわからない部分を調べながら論文を読んでいくと案外わかってきて、メンバー同士の情報も組み合わせながらギリギリ考えられた感じです」(三宅さん)
▲ちなみに気になるチーム名は「JAXA=宇宙、長野市の名物=おやき」という発想から
プレゼンはビジコン出場経験が豊富な吉村さんが担当。聞き手にわかりやすい流れを意識し、なかでもイシュー(課題)とソリューション(解決策)は誰にでも伝わるような発表を心がけました。
「他の班はなぜその課題にたどり着いたのかが見えにくかったので、イシューまでの流れを出せたのが僕たちの強みだったと感じます。衛星データの利用方法についても三宅くんが論文を調べたり、どのように活用したら実現できるかを検討していたところが他チームと違う点でした」(吉村さん)
しかしながら、プレゼン後の手応えは3人とも受賞を逃したと感じていたとか。
「マネタイズの部分で市場調査や今後の成長性まで詰め切れておらず厳しいと思っていましたし、最優秀賞が発表される前、3つの企業賞で名前がよばれなかったのでメンバー全員が諦めていたら、最優秀賞に選ばれてハッと声をあげるくらい困惑しました(笑)」(三宅さん)
「花粉症と絡めて森林活用のプランを発表していたチームもありましたし、私たちは他チームに比べて売上予測を考えきれていなかったので、選ばれて本当にびっくりしました」(南里さん)
どうやら菅野さんによると審査員のなかでも意見が割れたそうですが、エッジの立ったプランではなく「宇宙おやき」の素直なビジネス提案が長野市やJAXAから高評価を得たのだそう。長野市の担当者からは次のような意見も聞かれました。
「長野市は森林の課題解決ができていないなかでバイオマスに着目していただいたことはありがたいですし、林業はひとつのキラーコンテンツになる可能性があります。実現にはさまざまな課題があるとは思いますが、採点時にはなんとかかたちにしていきたいという意味で、みんなでチームを組んで取り組みましょうと話しました」
では、3人にプランの事業化に向けての今後の展望を聞きました。
「まず一番必要なのは、実際にこの課題を抱える事業者数を把握する調査です。本当の課題が木の含水率の判断ではなく別にある可能性が高いと感じているので、確かめる必要があります。技術的な実現可能性についてもまだまだ検討の余地があります」(吉村さん)
「そのためにもヒアリングを重ねてアイデアの精度を上げ、事業化の目処を立てるためのネクストアクションを起こしていかないといけません」(三宅さん)
「このサービスを提供したときに売上や利益が出るのかももっと練っていく必要があります」(南里さん)
学生のビジコンは提案止まりでビジネスにつながらないケースが多いなか、今回、企業とのマッチングなども進めて事業化を図っていく点には大きな意義があり、長野市の本気度が感じられます。
ところで、これまで長野市と全く縁がなく、長野県を訪れたこともないという3人ですが、ビジコンを通じて長野市に対する印象や視点の変化もあったと話します。
「調べていくうちに長野市の地域課題もわかりましたし、ビジコンの企画からは『よりよいまちにしていきたい』という強い思いも感じました。また、他チームのプランを聞いて、長野市にはまだまだ有効活用できそうな資源がたくさんあるとも思いました。今回、僕たちは県外の人間だったからこそ気づけた長野市の魅力もあると思うので、長野市の方々も地域の魅力を発見するために他地域を訪ねて自分たちのまちとの違いを知ることが大事だと感じています」(吉村さん)
「長野市は森林面積が60数%を占めていることも今回初めて知りましたし、バイオマスに注目していたり、JAXAと連携して新しい取り組みを展開しようとしていることの面白さも感じました。また、首都圏からも中京圏からも電車1本でアクセスできるので観光面でももっと盛り上げられそうですし、有効活用できるリソースはたくさんあるので、僕らのような外からの視点で地域課題解決のアイデアを考える流れがもっと進んでいくとよりよくなるのではないかと思っています」(三宅さん)
「私は長野に対してスキーのイメージしかありませんでしたが、今回、長野市がバイオマスという先進的な取り組みに力を入れていることを知り、印象が変わりました。今後は今回のプランの事業化に向けて進めていくので、市民の皆さんには応援していただけたらうれしいです」(南里さん)
「スマートシティNAGANO宣言」を行い、デジタル技術等をはじめとする先端技術を最大限に活用したスマートシティに向けた取り組みを本格的に進めている長野市。ビジコンという初の取り組みが実施されましたが、今後も市内外の人に興味や関心を持ってもらえる企画を考えつつ、コンテストに限らず多くの人の提案を受けて民間企業と連携し、市民の暮らしの質の向上に取り組んでいくといいます。最終的な目標は「市民みんなが幸せなまち」になること。着実にその歩みが進められています。
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