No.036
伊東
真規子さん
技能五輪国際大会金メダリスト/亜細亜印刷株式会社
ものづくりを楽しむには、先ずやってみることから
文・写真 Rumiko Miyairi
「機械なのでオート化はされていますが、イメージした色を出すには人の感覚が試されるんです」
こう話すのは、第41回技能五輪国際大会(イギリス・ロンドン大会)印刷職種部門で金メダルを獲った伊東真規子さん。
「お客さんからは『この色が好みだから』『前回の色と同じで』『添付した見本通りにして欲しい』って細かい要望をもらうので、それが叶うように、って毎日思ってやっています」
オフセット印刷機のオペレーターとして常にお客さんのオーダーに真摯に向き合ってきた伊東さんに、若い技能者が「技」を競う技能五輪国際大会の予選大会に出てみないかと声がかかったのは2010年のことでした。
「技能五輪は若い技術者が競える技術の祭典なので。こんな貴重な経験だからこそやってみたいと思いました。家族も応援してくれましたし、私も親になったとき『ママはオリンピックに出たんだよ』って誇れるように…そんなことも励みにして頑張りました」
そしてまず国際大会の代表選手を選考するための国内大会に出場。見事第1位という成績を修め、1職種につき1か国1名という狭き門を突破します。日本代表選手団の一人として、翌年開催されたイギリス・ロンドン大会の切符を手にしました。
伊東さんが出場したロンドン大会。フランス、スイス、スウェーデン、アメリカなど、日本を含めた11か国が参加してオフセット印刷の技術を競いました。課題はポスターを作ることでした。競うポイントとして、できあがったポスターの品質のみならず、製作スピードや安全性、かかったコストから使った材料と枚数までが審査の対象となります。
「ロンドンでしたから課題にビッグベンがデザインされたものでした。世界から集まったオペレーターが公平に技術を競うために、印刷する機械もインクも溶剤も現地で用意されたもの。だから普段使い慣れていない上に、安全基準も国によって違うので、いろんなパターンを練習段階から想定して臨みました」
「ずば抜けてひとつだけ良くても得点には結びつかないんです」
総合的にまんべんなく品質を維持できていないと勝てないと判断した伊東さんは、印刷技術のみならず作業効率と使う材料、コストのことも確実に考えて見事1位となり、金メダルを獲得しました。
日本代表選手として競技に挑む伊東さん(写真・亜細亜印刷株式会社)
「この技能五輪のために優先して練習をさせてもらいました。会社総出で応援してくれたので、金メダルは会社の皆さんと一緒に獲れたと思っています」
印刷会社に就職して今年で7年目を迎えた伊東さん。学生のころ「本って、どうやってできるんだろう?」と素朴な疑問を持ったといいます。
誰でも知識や技術がなければこんな疑問を抱くのは、ごく普通のこと。しかし、多くの人は些細なことであれば殊更忘れてしまうと思われますが伊東さんは違いました。
「教科書とか雑誌とか本を当たり前に見ているけど、どうやってできているかって思ったら知りたくなって、印刷っていう分野に興味が湧きました」
印刷会社に就職していた学校の先輩から仕事の内容や本ができあがるまでの話を聞いた伊東さん。疑問が解けると今度は作ってみたい!と思い始め、迷いなく印刷会社に就職します。就職したのは長野市にある亜細亜印刷株式会社。昨年創立50周年を迎えた従業員数約80名の総合印刷会社です。東京や大阪などの出版社から受注した書籍類の製作が主な業務です。
「初めての仕事は組版といって文字を並べて見やすいようにレイアウトをする内容でしたが、社内研修が始まって、ほかの業務も見せてもらったとき、オフセット印刷機のオペレーターが楽しそうだなと思い『こっちがやりたい!』って申し出たんです」
知りたいことには耳を傾け、やってみたいことは自ら願い出るポジティブな伊東さん。
その意気込みに反して、業界ではまだまだ女性オペレーターが少ないため心配する声があがりましたが最終的に会社は伊東さんの意向に応えます。そして伊東さんはオフセット印刷の業務に就きます。
金メダル獲得。メッセージでいっぱいの日の丸と共に表彰台へ(写真・亜細亜印刷株式会社《WSIのWebより》)
オフセット印刷は4つの色を調整してカラーの印刷ができる、とても大きな機械を使います。インクや紙を用意し、刷版といわれる元の版をセット。機械を作動しインクの濃度を微調整します。それを何千何万枚とこなすうちに色の擦れや違いが出てしまわないように機械を操作していきます。
「負けん気の強い性格で飽き性。正直、今までなにかに熱くなることはありませんでした。でもこの印刷の仕事だけは違います。自分の手で製品ができあがるっていう喜びも感じますし、お客さんから同じ注文を頂けると認められたという気持ちにもなれます」
「もちろん、失敗をすることもあるので、ときどき落ち込みます。だから、いつも課題はありますが…」
大きな印刷機を巧みに操る伊東さん(写真・亜細亜印刷株式会社)
まだまだ課題を感じるという伊東さんですが、入社したころからの前向きな姿勢と技能五輪での優勝という経験が活かされ、最近では会社の戦力として頼れる心強い存在になっていると周りの先輩は話します。そして自身のこれからの仕事に対する気持ちを語ってくれました。
「今までの貴重な経験や先輩から教わった技術がたくさんあります。これを後輩に教えていきたいですね。それから、私は、ものづくりの楽しさをよく知っていますから、これから就職する人やこの分野を知らない人にも、それを伝えていきたいなと思っています。同時に自分の技術もまだまだ磨いて技能検定も受けたいですね」
今までの経験を伝えることも一つの仕事と思えるのは、前向きな伊東さんだからこそできるのだろうと感じました。
そんな伊東さんの子どものころからの夢はお母さんなること。
「うちで帰りを待っていたり、手作りのおやつや料理を作ったりしたいなって思っています」
仕事のときの厳しいまなざしとは打って変わり、はにかみながら語ってくれた伊東さん。今、毎日がとても充実しているといいます。
「まさか、今のような大きな機械を相手に工場で働くなんて思ってなかったし、金メダルが獲れるだなんて想像していませんでした。こんな経験をさせてもらえていることに感謝しています」
「どんなことでも、やれるかやれないかより、とにかく自分からやること。いつも前を向いて先ずはやってみる!それが、自分にとって良い結果につながると思っています」
「とても充実した毎日」と時折り見せる笑顔が清々しい
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