No.021
伊藤
園子さん
いろは堂女将
おやきの先駆者の新たな挑戦
文・写真 Takashi Anzai
ぱりっ、ふわっ、もちっ。
鬼無里に本店を構える、いろは堂のおやきの食感はそんな感じでしょうか。表面を軽く油で揚げていて香ばしく、それでいてふんわり感と弾力も同時に感じられる特徴的な生地を使用しています。編集部・安斎のいち押しおやきの一つです。
県内外の多くのファンを惹きつける味のみならず、いち早くデパートでの販売を始めるなどフロンティアスピリットで業界をけん引してきました。
そんないろは堂の女将、伊藤園子さんが2014年1月、タイ・バンコクにおやき専門店を出店しました。
「今までがむしゃらにやってきたんですが、人生の転機が色々とあって急に何もする気が起きなくなったんです。そんな時、自分で一から始めたことを、もう一回海外でやってみたいなぁと思いました。
タイに行ったときに感じたのは、ものすごく夢のある国だということでした。凄く魅力を感じたんです。もちろん大変なことはたくさんあるんですが、夢を持てるような気がしました」
伊藤さんは、いろは堂の先代の長女で、社長はお婿さんです。現在の社長、宗正さんは3代目。創業は大正14年、2015年で90周年を迎えます。現在はバンコクも含め6店舗を運営しています。
ここまで会社が発展するまでには、味への探求心と地道な営業努力の両輪があったと伊藤さんは振り返ります。
もともと、いろは堂は和菓子の製造卸を営む小さな会社でした。昭和55年ごろから先代がおやきの製造を始め、近くの商店や土産店に少しずつ置いてもらっていました。伊藤さんは当時、輸入食品の販売会社でコーヒーの販売員をしていましたが、父の姿を見て手伝わなくてはいけないという気持ちに駆られます。
「売れる売れないより、父が喜ぶことをしたいという気持ちがすべて。喜んでいる顔を見たいばかりに頑張っていました」
そして何より伊藤さんには確信がありました。
「手前味噌かもしれませんけど、父が作ったおやきを食べたとき、ものすごく美味しかったんです。これだったらお客さんに受け入れてもらえるという気持ちがありました。当時は10個試食してもらって1個売れるという状態でしたけどね(笑)」
もう一つ伊藤さんが確信していたこと、それは焼きたてのおやきの美味しさです。伊藤さんは当時の自宅兼工場の一角に囲炉裏を用意し、焼きたておやきの直販を始めます。
「その当時、その場で焼きたてを出す店はありませんでした。私は焼きたてを食べてもらいたいという気持ちが強かったんです。そうは言っても、こんな山奥に人がたくさん来てくれるわけでもなかったので、道路の前にテーブルを出して、車で停まってくれた方に試食してもらいました。一生懸命食べてもらったんです」
いろは堂のおやきは少しずつ売れ始め、催事で食べた人たちが、またその味を求めて本店に訪れるようになりました。そして瞬間冷凍庫の導入により遠隔地への宅配を可能にし、徐々に商売も拡大。22年前には現在地に店舗と工場を移転し、大幅に拡張。長野や東京のデパートなどにも出店するようになりました。当時、瞬間冷凍機を導入したのも、おやきをデパートで販売するのも、県外で販売するのも、業界では初めての試みだったそうです。
現在、いろは堂では1日1万個のおやきを製造しています。それらはすべて手作りです。これも伊藤さんが守ってきたおやきへの情熱の一つです。
「おやきはすごくあたたかいものです。故郷を思い出すもの。県外の全くおやきを知らない人にも、『食べたことがないのに懐かしい味がする』と言われます。それは手作りで真心こめて一生懸命つくっているものだから、何かが伝わるんでしょうね。気持ちがこもった手作りのものというのはお客様に感動してもらえるということを強く感じています」
先代の生地作りを守り続けている、いろは堂のおやき
いろは堂のおやきの基礎は伊藤さんの両親が作り上げてきました。中身の味は母親の家庭の味だそうです。そして、父親が苦労して作り上げた生地は守っていこうと強く考えているものです。
「生地は父が苦労して考えたものです。父は菓子職人でしたから、この生地の練り方は今の職人でも数人しかできません。生地作りは命です。どこまでも手作りでやっていきたいという気持ちがありますので、父がこの生地だったら、この具だったら、何て言うだろうといつも思っていますね」
今も本店には囲炉裏があり、くつろぎながらおやきを食べることができる
タイ・バンコクのお店は、日本人が多く住むプロンポン駅近くにある路面店です。はす向かいには日本人御用達のスーパーがあり、そのすぐ近くにあるため、お客さんの8割は日本人だそうです。
現地の従業員は、タイで日本料理店を5店舗経営する女性が、自分の育てた信頼のおけるタイ人スタッフを紹介してくれました。そのため、スタートから伊藤さんが思い浮かべる温かい空気が流れるお店になっているといいます。そこには鬼無里で店舗販売を始めたときと同じ囲炉裏があります。
「少しずつリピーターのお客さんが増えて、自分でやりたいと思っていたお店に少しずつ近づいているのかなと思います。囲炉裏端でお茶を飲んで、故郷の話をして。日本を離れて来た人ってどこかやっぱり寂しさがあるんですよね。憩いの場所になってほしいなと思います。それがすぐ売上には結びつかないけれど、故郷を思い出すようなもてなしがしたいと思っているので、懐かしい気持ちで食べてもらえればいいなと思っています」
コーヒーの販売員をしていた女将。本店には喫茶スペースも併設している
伊藤さん自身、出店準備のために数か月にわたりタイへ出張していました。その間、ホームシックにかかってしまったといいます。
「帰ってきて、山や空気のきれいさを実感して、今更ながら本当にきれいなところに住んでいるなあと思って。そして、都会の孤独も分かる気がしたんです。一日中誰かが来て、おしゃべりをしてという温かいお店を目指しています」
出店にあたって、前述の日本料理店を経営する女性はじめ長野県人会など多くの人との出会いに助けられてきたと伊藤さんは話します。しかし、伊藤さんにまっすぐな情熱があったからこそ、多くの人がその熱意に動かされ、手を貸してくれたのではないかと感じました。
「おやきを広めていきたいという気持ちと、同時に日本の良さを海外で思い出してもらいたいという気持ちでやっています」
タイ・バンコク店。鬼無里の本店と同じく囲炉裏が設けられている
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会える場所 | いろは堂 長野市鬼無里1687-1 電話 026-256-2033 ホームページ http://www.irohado.com/ Facebookページ https://www.facebook.com/irohado.oyaki |
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