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No.68

蔵春閣

ナガラボ編集部のマイフェイバリット

さよなら、『蔵春閣』戦後50年。長野のいぶきを残す建築の閉幕

文・写真 小林 隆史

善光寺の北東に位置する小高い丘。かつて松尾芭蕉が一望千里の情景を詠んだと云われている、この城山に建つコンクリート造りの建物『蔵春閣(ぞうしゅんかく)』。
 
地上4階建てのシルエットはまっすぐ空に伸び、その様相はまるで天空の城のよう。そんなありさまを、長野に住む人なら一度は見たことがあるのではないでしょうか。

『蔵春閣』が建てられたのは、1967年(昭和42年)のこと。市政記念事業として、当時における最先端の技術と意匠を施したこの近代建築では、市民開放のダンスパーティーや成人式、結婚式などが開かれてきました。

しかし時を経て今、構造の老朽化に伴い、2018年3月をもって閉館することを市が決定し、幕を閉じることとなりました。

長野市の戦後50年を共にしてきた『蔵春閣』。さまざまな市民の集いを生んできたこの場所では、いったいどんな記憶が紡がれてきたのでしょうか。『蔵春閣』のはじまりと終わりをここに記します。

『蔵春閣』のはじまり

1967年に建設された『蔵春閣』には、実はその前身となる建物がありました。以下の記録をもとに、歴史を遡ります。(※参考:長野市立城山公民館報 平成29年9月1日発行)

1886年(明治19年)町内の銀行や財界の有力者が「長野倶楽部」を組織し、講演会や催しをするための集会施設を造ろうと決起。

1887年(明治20年)『城山館』開館。

1898年(明治31年)経営不振となり、所有者であった信濃銀行、田中銀行支店、長野貯蔵銀行、第十九銀行長野支店から、長野市が買収。公会堂とする。

1907年(明治40年)「一府十県連合共進会」の貴賓接待館として、『城山館』東館を建設。これを『蔵春閣』と命名。

現在の城山地区一体に囲まれるような形で建てられた『城山館』の東館が、現在の『蔵春閣』の前身となりました。その後『蔵春閣』には、音楽堂も付設され、社交の場として市民の集いを育みました。

『蔵春閣』前で撮影された写真には、着物にハットと背広を身にまとう男性たちの姿が。看板に記されている「製菓共進会」という文字から、民間企業の博覧会のようすと思われる(写真提供:長野市公文書館)

大正期に入ると、大正デモクラシーの風潮を受け、政治活動が活発化し、県民大会などが開催されるようになりました。その他には民間企業の展示会や博覧会が開かれ、全国各地から有識者が集う場所として、さらになる発展を遂げていきました。
 
しかしその後、1949年(昭和24年)にある転機が訪れます。なんと、厳寒の2月に不慮の火災で『蔵春閣』は焼失してしまったのです。

焼失する前の『蔵春閣』外観。現在の佇まいとはちがった和風建築(写真提供:長野市公文書館

そして、焼失から18年の時を経た、1967年(昭和42年)。市民から再建の要望が募り、現在の『蔵春閣』開館に至りました。

若者の憧れだったモダン建築

実は、そんな『蔵春閣』には、当時としてはあまりに新鮮だった設計が隠されています。それが、野外音楽堂と結婚式会場です。

屋上に設けられた「野外音楽堂」。150人を収容するこの場所では、演劇や演奏会などが開かれていた

宙に浮いたようなステージ。現在の法制度では、設計することが難しいため、このような景色を望む劇場施設は二度とつくられないだろう

現在の施工技術に比べ、手作業による高度な技術を必要としたコンクリート造り

「野外音楽堂」から一望する長野市街。山並みと建造物のコントラストが浮き立つ

そしてもう一つは、結婚式会場としての『蔵春閣』。今のように多様な結婚式会場がなかった1960年代、当時の若者はこぞって『蔵春閣』での結婚式に憧れていたそうです。

結婚式披露宴会場として使われていた1階ホール。モダンな佇まいを感じさせる、丸いシャンデリアに、モザイクタイルの壁画。そして、石造りの床

4階にある、和様式の結婚式会場。当時はここで結婚式を行い、1階ホールで披露宴を開催していた

市民に愛され続けた『蔵春閣』

構造の老朽化に伴い、屋上「野外音楽堂」は閉鎖され、結婚様式の多様化によって、結婚式を開く機会が減っていった『蔵春閣』。

最近では、かつてダンスパーティーの会場だったこの場所を懐かしむ社交ダンスクラブの方々や、多くの方によって大切に使われてきました。

『蔵春閣』を拠点に開かれているダンス教室の一幕(2018年1月撮影)

2018年3月31日をもって閉館する『蔵春閣』。その閉幕を見送るセレモニーが同日に開催されます。当時の記憶を辿る講演会と、一組の新郎新婦の結婚式が開かれるそうです。
 
50年の軌跡を物語る一日が、いつまでも忘れられることのない、この場所の記憶として引き継がれていくことでしょう。
 
変わりゆくものと変わらないもの。この場所の記憶が、いつの日か、新たな場づくりの一助となることを願って。


『蔵春閣』
お問い合わせ先:
長野市立城山公民館
長野市大字長野東之門2462
026-232-3111

(2018/02/09掲載)

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