No.116
上野ひと美さん いまのま店主、上野健志さん 株式会社いま代表・ima建築設計室代表
ナガラボ編集部のマイ・フェイバリット
人がつながると、何かが生まれる。“私たち”から“みんな”でつくる理想の場
文・写真 くぼたかおり(文)、大井川茂兵衞(写真)
道路の拡張などから利便性が良くなりつつある長野市若穂綿内エリアは、近年子育て世代の引っ越しが増えて、新築の住宅が増えています。一方で周辺にはのどかな田畑や里山が広がり、ほど良く田舎でゆったりとした環境も魅力です。
このエリアで2024年1月にオープンしたのが食堂兼貸しスペース「いまのま」です。すでにたくさんのお客さまが注目し、訪れるこの店に、一体どんな魅力が詰まっているのでしょうか。
つくりたかったのは、地域住民が気軽に集える“場”
国道403号と県道377号が交わったところにある富士宮神社。そのすぐ奥にある焼杉板の外観と外塀の役割も兼ねた薪棚が印象的な平屋、それが「いまのま」です。木製の重い扉を開けると土間があり、ベビーカーを利用する人でも気兼ねなく利用できるようになっています。その奥には靴を脱いで寛げる木のぬくもりに満ちた小上がりの空間が広がります。
朗らかな笑顔で出迎えてくれたのは、店主の上野ひと美さん。現在47歳で、21歳、14歳、4歳の子の母親でもあります。以前から料理をつくるのが大好きで、これまでに大手料理教室で講師を務めてきました。
「当時から、料理教室やワークショップを開いて、人が気軽に集える場を作りたいと考えていました」(ひと美さん)
飲食店ではなく、人が集える場。その根底には、生まれ育った須坂市での暮らしがありました。
「私が生まれ育った八幡は、歴史ある地域でした。そこに住む人たちは古くからの行事をとても大切にしていて、1年を通してみんなで協力し合いながら町や小学校の行事を開き、交流してきました。私自身も神輿愛好会などに参加しながら行事に深く関わっていたんです。そういったところに子どもを連れていくと気にかけてくれる人もいて、地域の人たちと一緒に子育てをしてきた実感がありました」(ひと美さん)
慣れ親しんだ須坂市の一方で、両親の出身・長野市若穂綿内エリアにも魅力を感じていたひと美さん。新居を建てるタイミングで、このエリアで土地を探し始めました。
「夫と土地を探しに車を走らせていたら、ちょうど造成し始めている区画を見つけたんです。大通りに近いことから交通量は多いけれど、区画は少し奥まっていたので子どもを遊ばせても安心だし、何より神社がそばにあるのが気に入りました」(ひと美さん)
2020年に家族で引っ越ししましたが、当初は地域住民との接点が持てない日が続きました。
「新型コロナもあって地域や学校の行事が中止になってしまい、古くからこの地に住んでいる人たちと接点を持つことが難しかったんです。そこであらためて私が大好きな食を軸にして、地域の人たちが交流する場を作りたいと思うようになりました」(ひと美さん)
小さい子どもからお年寄りまで、みんなが安心して食べられる料理
食堂で出しているのは、ひと美さんの祖父がつくる野菜を中心に地元の食材を活かした料理です。11時30分からの“お昼の部”では、主菜が1品と季節の食材を使った小鉢が5、6品つく「小鉢御膳」、外はカリカリ、中はもちむぎゅっとしたベーグルの食感がたまらない「自家製パンプレートランチ」、長野県産コシヒカリで握ったおにぎりの「お子さま定食」などを提供。13:30からの“お茶の部”ではホットケーキやワッフルといった軽食、どの時間でも楽しめる台湾カステラや懐かしのプリンなどのデザートやドリンク類まで充実しています。
「小さな子どもから年配の方まで安心して食べられる食事を出したくて、添加物のある調味料は極力使っていません。味付けには麹を使っていて、塩麹、醤油麹、コンソメの代わりになるタマネギ麹などを常備。料理によって使い分けています」(ひと美さん)
麹には発酵の力で食品の味を引き出したり、保存性の働きを高めるなどの優れた働きをします。味噌や醤油、日本酒といった 日本の伝統的な発酵食品には欠かせません。そもそも麹菌にある酵素がでんぷんを分解してオリゴ糖を生成することから、それを餌とする腸内の善玉菌が増えて腸内環境を整える特徴もあります。
「どんな人に食べてもらいたいか考えたとき、真っ先に思い浮かんだのは家事や育児、さらには仕事に励む、忙しいお母さんたちです。家族の料理を作っているのは女性のほうが多くて、だれかに作ってもらう機会って少ないですよね。そういう人たちがここに来ていろんな料理を少しずつ、ゆっくり味わってもらえたらと思って、味噌汁とごはんを核にした小鉢御膳をつくっています」(ひと美さん)
店のコンセプトを体現した、訪れる人を魅了する建物
夫の健志さんは一級建築士で、ima建築設計室の代表を務めています。ひと美さんとは中学の同級生で、縁があって夫婦になりました。ともに料理を作るのも、人と集うことも大好きで、年に数回は友人を招いてホームパーティーをしたり、近隣住民たちと駐車場でバーベキューを楽しむことも。だから、ひと美さんのお店をやりたいという提案にも大賛成でした。
店の設計は、もちろん健志さんが担当しました。
「提供している料理のコンセプトにあわせて、建物も体にやさしくて地元産の素材を多く用いました」(健志さん)
たとえば土間に使われているのは、松代町柴石で採石されている松代柴石です。切る場所によってやわらかな青色やピンクの流れるような縞模様がポイントです。石としてはやわらかく加工がしやすいことから、古くは松代城の石垣にも使用されました。壁には卵の殻を主成分に珪藻土などをブレンドしたエッグペイントで塗り、卵のようなやわらかな白さが現れています。
ほかにも小上がり席の床材には長野県産のカラマツ材を使っています。強度があるので傷はつきにくく、樹脂が多いので耐水性にも優れています。その床に赤ちゃんを寝かせながら食事ができるよう、天童木工の座椅子にして全体的に高さを抑えました。一番奥の席は、天井を下げることでお籠りしているような落ち着ける空間もつくり出しています。
「新築で店舗をつくる際に、周辺環境との調和も意識しました。隣りには富士宮神社があるので、その本殿よりも高くならないよう平屋にしました。焼杉の板材は、以前設計した住宅での経験を活かして180枚すべて自分たちで焼いています。この店は一級建築士としてやってみたい、見せたいことをぎゅっと閉じ込めています。ima建築建築設計室のモデルルームのような役割も兼ねています」(健志さん)
実際に夫婦で訪れるお客さまのなかには、建物に興味を持って話しかけてくる人もいるそうです。
人が出会い、つながり、挑戦できる。みんなでつくる店
さらにもう1つ、この建物には「みなのま」という貸しスペースも備わっています。「みなのま」が使用できるのは週3日で、飲食店や菓子店の新規開業を目指したい人や、教室やワークショップを開きたい人などのために、商用できる許可を取った菓子製造室、厨房、客室を時間貸ししています。
「講師時代、料理やお菓子で開業したいけれども資金面で諦めている人に出会うことがたびたびありました。夫婦ともに、みんなで何かをするのが好きなので、この建物も私たちだけではなく、みんなで共有し合いながら使えたらと貸しスペースのアイデアが浮かびました」(ひと美さん)
最近では少しずつではありますが貸しスペースの問い合わせも増えて、実際に単発で飲食営業をしてくれる人も出てきました。
「ありがたいことにオープン以来たくさんのお客さまが見えて、最近では予約で席が埋まる日も。だからといって急かすことはしません。回転率は考えないで、ゆっくりしてもらえることが第一だと思っています」(ひと美さん)
そして、それができるのも健志さんの本業があるからだとひと美さんは語ります。
「実は私も日中はドリンク担当で店を手伝っているんです。だから本業は夕方から進めることもあって、これ以上開店日を増やすことはできません。実際のところ自分たちの予想よりもはるかににぎわって、店のつづけ方や働き方をよく考えなきゃって話しているんです。だからこそ、私たちだけではなくこの場を楽しんでくれる人たちとつながれたらうれしいです」(健志さん)
そんなバタバタな毎日すら愛おしそうに語る2人は、この店の空間のようにとてもおおらかです。すでに2人に会いたいとリピートする人もいるのも納得。1人よりも2人、2人よりもみんなでつくり出す「いまのま」。訪れるたびに、心地よさが増す“場”になることでしょう。
<info>
いまのま
住所 長野市若穂綿内8029-17
電話番号 026-247-8979
ホームページ https://imanoma.com
営業時間 お昼の部11:30〜14:00・お茶の部13:30〜16:00(L.O.15:30)
定休日 水・木曜、日曜
駐車場 8台のみ
ima建築建築設計室
住所 長野市若穂綿内8029-16
電話番号 026-214-7503(平日9:00〜18:00)
ホームページ http://www.ima-architect.com