No.114
ジビエ食堂 ino-shika(イノシカ)
ナガラボ編集部のマイ・フェイバリット
店主夫妻が自ら狩猟も行い、長野市若穂産の良質なジビエ料理を提供
文・写真 島田 浩美
「冬の味覚」と聞いて、最近ではジビエを思い浮かべる人も少なくないのでは。とくに長野県は、近年、有害鳥獣として捕獲されたニホンジカやイノシシを活用する取組が進んでおり、長野市でも新たな地域資源として、ジビエの有効活用に力を入れています。とはいえ、ジビエを提供する飲食店も増えたものの、専門店となるとまだまだ多くはありません。そんななか、2023年3月にオープンした「ジビエ食堂 ino-shika(イノシカ)」では、狩猟免許を持つ夫妻による上質な地元産ジビエを味わえるほか、鹿革を使って制作した小物なども揃うとあって、幅広い世代が足を運んでいます。
若穂地区に根ざし、和洋を問わず気軽に味わえる地元産ジビエを提供
長野市中心部から車で20〜30分。市の最東端に位置する長野市若穂地区は自然豊かな里山の環境で、古くから農業も盛んな地域として知られます。また、歴史ある地で、数多くの史跡も点在しています。
そんな地区内でも山地にあたる保科地域。中央部を流れる保科川に沿って菅平高原へと続く県道・長野菅平線を上っていくと見えてくる古民家が「ジビエ食堂 ino-shika」です。
▲明治時代の古民家をリノベーションした建物。赤い暖簾が目印
▲保科川沿いに位置し、北信五岳や北アルプスを望む立地。駐車場は150mほど離れた広徳寺の広い駐車場を利用
漆喰の白壁と木を基調とした店内はシンプルながらも温かみがあり、隠れ家風のカフェのよう。メニューも、シカやイノシシ、クマなどの肉を使ったカレーやパスタ、ラーメンなど、カジュアルな料理が並びます。
▲テーブルとカウンター席がある店内は全10席。4名以上は予約がおすすめ
▲カレーは鹿肉と猪肉を使ったものがあり、両方を盛り合わせた「ジビエ三昧カレー」も。米は自家栽培の長野県オリジナル米「風さやか」
▲チャーシューにジビエを使ったラーメンは、地域の人たちの要望もあって提供。可奈子さんは以前にラーメン店で働いていたこともあるとか
「『ジビエ=フレンチ』のイメージがメジャーですが、若穂という土地柄、お年寄りから子どもまで、ジビエが初めての人も食べられるものにしたいとメニューを考えています。洋食に偏りすぎず、普段の料理に入っているお肉をジビエに置き換えているようなイメージで楽しんでもらえたら」
こう話すのが、夫の健さんとともに店を切り盛りする小野寺可奈子さんです。もともと有害鳥獣対策に取り組む若穂地区の地域おこし協力隊員として夫妻で移住し、隊員時代は主に有害鳥獣駆除とその利活用の活動に取り組んでいました。そして、夫婦ともに飲食業や宿泊業に従事していた経験も生かして、2023年3月に「ジビエ食堂 ino-shika」をオープンしました。
▲店の入口では、隊員時代に身に着けた技術で手作りする小物やアクセサリーを販売
メニューの特徴のひとつが、地元の若穂産ジビエにこだわっていること。というのも、若穂地区は猟師の高齢化が各地で進むなかで若手の猟師が多く、地域をあげてジビエ振興に力を注いでいるエリアなのです。地区内には、可奈子さんの前任の地域おこし協力隊員だった越前屋圭司さんが運営する野生鳥獣食肉加工施設〈自美恵-じびえ-〉もあり、狩猟したニホンジカなどの素早い処理が可能。常に新鮮で上質なジビエ肉が手に入る環境を料理に生かしています。
▲若穂産ジビエを使った鹿肉ジャーキーやパテ・ド・カンパーニュ、サルシッチャ(ソーセージ)などの加工品の販売も
▲「鹿のパテ・ド・カンパーニュ」はイートインも可能
「若穂の猟師さんたちは狩猟したものを食肉で販売することを強く意識しているので、止め刺し後の血抜きの処理が早く、肉の臭みやクセがほとんどありません。さらに、捕獲後2時間以内の施設搬入が望ましいとされるなか、若穂には地域に加工施設があるので、すぐに運び込むことができ、質がよいジビエが得られるんです」
一般的なジビエ料理は臭みを取り除くためにハーブなどで味付けをすることが多いそうですが、「ジビエ食堂 ino-shika」では鮮度のよい肉が手に入るので、塩などでシンプルに仕上げ、素材そのものの旨みを味わえるのも魅力。
さらに、ジビエは肉が堅いイメージも伴いがちですが、「ジビエ食堂 ino-shika」では圧力鍋や低温調理器で調理しているため、肉が驚くほど軟らかいのも特徴です。
▲シンプルな味付けで健やかな鹿肉の滋味深さを感じられる「鹿のロースト」(要予約)
▲冬の限定メニュー「猪きのこ汁定食」と「熊の佃煮」。汁はたっぷりのきのこと猪肉が入った奥深い味わいで体が温まる
▲イノシシの肉は冬のほうが脂を蓄えていておいしいとか。豚肉に比べて脂身の甘さと濃厚な旨みがある
実際に味わってみると、どれも全くクセがなくて食べやすく、「ジビエはハードルが高い」と感じていたり、苦手意識を持っている人にこそおすすめしたいおいしさです。食わず嫌いなんてもったいない!
とくに衝撃を受けたのが、この秋に例年以上に捕獲されたというクマ肉。硬くて筋張っている印象が強いクマ肉ですが、「ジビエ食堂 ino-shika」の「熊の佃煮」はホロホロと軟らかく、その滋味深さにもびっくり。五香粉のようなスパイスが効いた台湾料理・魯肉飯(ルーローハン)風の味わいで、醤油とクマの出汁のコクがごはんにもよく合います
▲冬季に期間限定で提供されている「熊の佃煮」(300円)。人里へのクマの出現は全国で問題になっていたが、若穂も例外ではなく、例年1〜2頭の捕獲に対し、この秋は13頭が捕獲されたという
このほか、同店のSNSをチェックすると、次々と期間限定の新メニューが登場。アニメ映画『ルパン三世 カリオストロの城』に登場するミートボールパスタをイノシシ肉で再現した「猪ミートボールのトマトソースパスタ」などのユニークなメニューも並びます。行くたびに新しい味わいに出合える楽しさもあり、遠方から予約をして訪れる人もいるとか。
▲アニメ好きの可奈子さんならではのメニュー「猪ミートボールのトマトソースパスタ」。今後もさまざまな“アニメ飯”が登場予定だとか
ちなみに、調理と接客は可奈子さんと健さんで役割分担をせず、ふたりとも対応できる体制に。キッチンカーも所有し、地域のイベントにも積極的に出店するなど、軽いフットワークと高い自由度でかたちにこだわらず営業しています。
起業を見据えた移住を機に、革製品やジビエに取り組むように
そもそも、可奈子さんが若穂地区の地域おこし協力隊に応募したきっかけは、以前から地方移住を考えていたことにあります。岩手県出身で、各地でのさまざまな仕事を経験し、10年ほど前には長野県茅野市で働いたこともあったとか。そして、東京出身の健さんと関東圏で暮らしていた頃、新型コロナウイルスが流行。厳しい外出自粛が求められるなかで、もともと夫婦で思い描いていた地方移住と起業に向け、本格的に動くようになったと言います。
移住先は可奈子さんの地元の東北地方も検討しましたが、可奈子さんがかつて働き、健さんの母の出身地でよく遊びに行っていた縁もある長野県を視野に入れるように。どちらの親も行き来しやすい立地も後押しになりました。
そこで、長野県の首都圏情報発信拠点「銀座NAGANO」の移住・交流センターで起業も含めて相談すると、薦められたのが地域おこし協力隊です。県内で募集がかかっている市町村を調べ、最も引かれたのが、高速道路のICに近くて交通アクセスがよく、商売をするうえで集客も見込みやすい長野市若穂地区。さらに、先述の地域おこし協力隊の先輩・越前屋さんの存在も決め手になりました。
「越前屋さんが協力隊員として有害鳥獣対策に取り組まれていたので教わりやすい環境でしたし、多くの地区は70代の猟師が多いなか、若穂の猟友会員は40〜50代が多く、活動が活発なのも魅力でした」
可奈子さんは30代、健さんは40代と、年の近い先輩の存在は心強かったそう。こうして移住を決め、2021年1月、可奈子さんが若穂地区の協力隊に着任。健さんは若穂地区を拠点に中山間地域での飲食店営業や古民家再生に取り組む会社の建築部門に加わり、働きながら夫婦で狩猟免許も取得しました。
可奈子さんが任期中、有害鳥獣駆除と有効活用として力を入れていたひとつが、鹿皮のアップサイクルです。食肉加工後、ほとんどが廃棄されていたニホンジカの皮を革にし、市内のアパレルやインテリア業者向けに卸売販売を開始。一般的に野生鳥獣は個体差が大きいため取り扱いが難しいとされますが、当時の若穂支所長が長野市の森林いのしか対策課の元課長だった縁を生かし、飯田市のタンナー(皮革製造業者)を紹介してもらったことから実現しました。
卸先のひとつが、北信地域の革細工の工房で最大級の規模を誇る「Groover Leather」です。こうして鹿革の供給が安定してきたこともあり、さらに踏み込んで、これまで夫婦で長く従事した経験がある飲食業も展開すべく、起業を決意。現在の物件である空き家だった古民家を購入し、改修して今に至ります。
▲「ジビエの革も肉も、全てを含めて事業にしたかった」と可奈子さん。財布やバッグなどの大きな革製品は卸先に任せ、可奈子さんは小物を制作している。ファーストシューズの取り扱いも
▲フレンチブルドッグも飼い始めたことで、犬用のグッズも展開。自家製の「鹿レバージャーキー」は栄養豊富な犬用おやつ
癒やしの空間「足のお疲れ専門サロン カメリア」もオープン
狩猟期(11月15日〜罠猟は3月15日)にあたる現在は、仕掛けた罠の確認など狩猟の活動を早朝に行っているため、グリーンシーズンよりも開店時間を遅らせて営業。同時に、冬季は集客が減ることを見込み、可奈子さんは1月から新たにリラクゼーションのプライベートサロン「足のお疲れ専門サロン カメリア」もはじめました。
もともと、さまざまな仕事の傍ら、10年間ほどボディケアのセラピストとしても働いていた経験と技術を生かし、空いていた部屋を利用して、女性専用のリフレクソロジー(足つぼ)や角質ケア、ボディケア(もみほぐし)などを展開しています。
▲食堂スペースの裏手にある、ベッドが備えられた空間。足のメニューは最初にフットバスを利用して血行を促進する。着替えも用意されているので安心。
可奈子さんがかつてセラピストを目指すようになったきっかけは、もともと自身がリラクゼーション好きだったことから。上京して営業職で外回りの仕事をしていた頃、足の疲れを感じて入ったサロンで施術を受けて“ドハマリ”し、足繁く通っていたところ「そんなに好きだったら」と、セラピストの資格取得を薦められたのだとか。働きながら講座を受けて資格を取得し、手に職を得たことで転職後も資格を生かし、時には副業というかたちも取りながらセラピストの仕事を続けたそう。
ただ、体力仕事ゆえに身体の負担もあり、コロナ禍という状況も踏まえてしばらくはセラピストから離れていました。しかし、若穂地区に移住してから地域に唯一のマッサージ院を利用すると、人気で予約が数カ月先ということも多々。そこで、「ジビエ食堂 ino-shika」の営業が落ち着いてきたことと周囲の要望もあり、密かに抱いていたリラクゼーションサロンの夢を叶えるべく「足のお疲れ専門サロン カメリア」を立ち上げました。
▲ベッドは可奈子さんが以前から持っていたもの。何度引っ越しても手放せなかったとか
実際に可奈子さんの施術を受けてみると、さすがにリラクゼーション好きのセラピストとあって、丁寧かつ力加減が絶妙で、あまりの心地よさにうたた寝するほど…。また、部屋中にほのかに香るアロマにもすっかり癒されました。
▲施術後にはハーブティーの提供も。以前に勤めていたリラクゼーションサロンでもサービスしていたオリジナルブレンドで、リラックスできるやさしい味わい
将来的には、さらにこれまでの経験を生かし、宿泊業や犬連れでも楽しめる施設づくりにもチャレンジしたいと、まだまだ夢が膨らむ可奈子さん。健さんとともに若穂地区の活性化の一翼を担う存在として、地元の新たな味覚を生かした「ジビエ食堂 ino-shika」を基点に展開していく今後の活動にも目が離せません。
▲ジビエの加工ができる業者は少なく、現在は静岡県の会社に依頼しているが、今後は長野県内で完結できるように取引先を開拓していく予定
<info>
ジビエ食堂 ino-shika
<お問い合わせ>
長野市若穂保科1789
電話番号 026-405-8706
営業時間 11:00~15:00(冬季)
定休日 火曜・水曜
インスタグラム https://www.instagram.com/inoshika_gibier/