No.97
信州大学建築学科・佐倉研究室の『まち畑プロジェクト』
ナガラボ編集部のマイフェイバリット
「大学・地域・次世代」をつないで、空き地に集いを
文・写真 小林 隆史
信州大学教育学部キャンパスの北側、閑静な住宅街にある空き地に、おもしろい交流が生まれています。近所の子どもからお年寄りまで、あらゆる世代が、雑草や野菜をもって集まってくるのです。そこにいるのは、一頭のヤギ “ぜんちゃん”です。
▲ヤギのぜんちゃんに会いにきた子どもたち(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
▲ヤギと畑が人をつなぐ〈ヤギのいる庭〉に、近隣住民が集まっているようす(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
ぜんちゃんをきっかけに、プライベートな畑が、地域住民のコミュニティスペースとなっているのです。そんな試みをしているのは、信州大学佐倉研究室を中心とした 『まち畑プロジェクト』です。佐倉弘祐助教(信州大学工学部 建築学科)は、ぜんちゃんを飼ったことから生まれた地域の交流を振り返ります。
「近所の友人と空き地で畑を始めて、雑草を食べてもらうために、ぜんちゃんを飼うことに。すると近所の方々が、ぜんちゃんに会いに来るようになり、個人の畑という境界線がどんどんなくなっていきました。今では、ぜんちゃんのために、各家庭の畑から雑草を集めてきてくれるほどです(笑)」
▲ 『まち畑プロジェクト』では、市内の3つの空き地・空き家を拠点に、建築学科の学生や地域住民とさまざまな活動を展開。この日インタビューに応えてくれたのは、左から、須藤悠さん(信州大学 建築学科4年)、佐倉弘祐さん(信州大学 工学部建築学科助教・一級建築士)、伊藤一生さん(信州大学 大学院 建築学分野1年)
▲【プロジェクト第1弾】築120年以上の空き家と周辺の空き地を開いた〈すけろくガーデン〉は、2016年からスタート。物件を紹介してくれた長野市権堂の居酒屋〈助六〉にちなんで命名(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
▲【プロジェクト第2弾】東町のフレンチレストラン〈ラ・ランコントル〉の裏にある〈シェア・ファーム〉は、2017年の夏からスタート。野菜の栽培、レストランでの料理提供、生ゴミの肥料化の循環を目指し、地域の共有農園として計画(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
▲【プロジェクト第3弾】ヤギと畑が人をつなぐ〈ヤギのいる庭〉は、2018年の春からスタート。戸建住居の前に広がる空き地を共有の畑にして、野菜などを栽培。除草と肥料づくりを目的に、ヤギの飼育を始めると、いつからか近隣住民の集いの場に。写真は将来像を描いたデザイン画(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
本記事では、これらの取り組みを時系列で紹介。また、国内外の都市農園の事例を通して、「空き家・空き地の有効活用」を研究する佐倉助教と、学生メンバーへのインタビューから、「地域リノベーションのヒント」と「街をフィールドに研究する学生の重要性」を探ります。
裏山の秘密基地〈すけろくガーデン〉 空き家の減築と古材の利活用を目指して
2016年から『まち畑プロジェクト』の第一弾としてスタートしたのが、〈すけろくガーデン〉です。築120年以上の空き家と裏山のつながりを活かした、秘密基地のような居場所づくりを宮本圭さん(シーンデザイン建築設計事務所 代表)と共に計画。「増築」せずに既存建築の部材を活かすことや、下屋部分の「減築」により生じた古材を、庭の肥料や燃料材として再利用することを実践してきました。佐倉助教は活動を振り返ります。
「改修作業を通して、建築のハード面を学びつつ、学生や地域住民の関わりを築くために、ワークショップを開いたり、ピザ釜づくりをして食事会を開いたりも。次第に、近所の方々が畑づくりのアドバイスをくれるようにもなり、コミュニティが醸成していくプロセスを学べる機会が生まれていきました」
▲2016年6月の〈すけろくガーデン〉のようす(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
▲2016年8月の〈すけろくガーデン〉。手付かずの空き家の屋根(写真左)には、緑が生い茂っていた。まずは有志の協力を得て、裏山の整地からプロジェクトがスタート(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
▲2016年11月には裏山に畑が培われ、空き家を覆っていた緑もすっきり。ここから少しずつ空き家の改修・修繕へと進んでいった(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
▲2018年6月には、躯体を残し、下屋部分を解体。古材を整理し、肥料や燃料として活用(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
▲改修作業を通して、学生を中心としたワークショップも開催。少しずつ、手つかずだった荒地に、人のにぎわいが生まれていった(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
▲手作り釜で焼いたピザを食べる会のようす。近隣住民や学生の交流が生まれた(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
既存の建築や土地の特性を活かして、場を企画し、人の交流が生まれていきました。しかし、空き地や空き家をより良くしていくためには、日常的に人の手を加えていくことも欠かせません。そこで〈すけろくガーデン〉のプロジェクトサブリーダー・須藤悠さん(信州大学建築学科4年)が、この場所に住みながら研究を進めていくことになりました。
「変わった場所に住んでみたいと思っていましたし、この場所なら、机の上だけでは学べないことを、たくさん経験できると実感できたので」
▲〈すけろくガーデン〉のプロジェクトサブリーダー・須藤悠さん(信州大学建築学科4年)
大学の研究を通して、学生が地域で企画や実践研究を行うことで、学年をまたぎ、継続して空き家・空き地を利用するキーパーソンをつないでいくことになります。このように実践する人にバトンを渡していけるのは、大学研究の強みと言えます。〈すけろくガーデン〉は、2019年秋現在、土壁の左官や、屋根の補修などが進行中。プロジェクトメンバーも募集しています。
持続可能な小さな循環を レストランの裏庭を活用した〈シェア・ファーム〉
▲花や野菜が植えられた〈ラ・ランコントル〉裏の〈シェア・ファーム〉(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
2017年の夏から始動した〈ラ・ランコントル〉裏の〈シェア・ファーム〉。善光寺の近くにある人気フレンチレストランの裏庭を活用し、野菜の栽培や生ゴミの肥料化を行い、食の循環をテーマに活動を続けてきました。佐倉助教は言います。
「地域住民が集まれる共有農園として開いていければと思い、地域の子どもとの農業体験を企画することもありました。さらに今後は、もともとあった井戸を囲ってウッドデッキを設けるなどして、レストランの雰囲気にも貢献する場づくりを目指していけたらと考えています」
▲2017年9月。ワークショップを開き、学生や有志、〈ラ・ランコントル〉のオーナー・瀬下努さんや地域住民が農園として開墾をしていった(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
現在は学生を中心に、地域住民と野菜を栽培することに重点を置いています。その理由は、建築を志す学生が農作業を通して、普段から何気なく口にしている食への視点が変わったから。佐倉助教は続けます。
「こうした経験は、建築設計の図面を引くという学びからでは得られないものです。きっと将来の建築提案に滲み出てくるはず」
食の循環を生む豊かな土壌を育てていくには、地道な手入れが必要です。今後は、学生が率先して野菜の栽培を行い、周辺環境との関わりや建築的可能性を見出していく予定です。
▲「今後は、3つの拠点のニーズに深く耳を傾けて、地域住民と学生の関わり合いを密にし、持続可能な場として引き継がれていく仕組みづくりに力を注ぎたい」と語る佐倉助教
除草も肥料作りも、地域の接点も ヤギがつなぐコミュニティスペース〈ヤギのいる庭〉
最後に紹介するのは、にぎわいが生まれている『ヤギのいる庭』です。「人と動植物の共存」「ヤギと竹による循環」をテーマに、2018年の春からスタート。裏山の竹を再利用し、共有の畑を“地域コミュニティの核になる場”として開いてきました。
「ヤギのぜんちゃんがいることで、想像を超える地域の方々との交流が生まれていきました。今では、善光寺へ散歩へいく途中や、登下校の時に、老若男女問わず、いろんな人がぜんちゃんの様子を見に来てくれます。そして、食のおすそ分けが、私たちの間でも生まれていきました」
▲2018年8月には、地域におけるコミュニティづくりの視察として、加藤久雄長野市長も訪問(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
海外の事例でも類似の取り組みはあるものの、フェンスでプラベートを囲ったり、防犯対策が必要なケースが多かったりもするそう。しかし、長野の立地なら、そんな心配もなく、今ではこの地区の方々から愛される“みんなのぜんちゃん”になっています。こうした実践的な学びを振り返り、〈すけろくガーデン〉のプロジェクトリーダー・伊藤一生さん(信州大学大学院 建築学分野1年)は話します。
「図面だけでは学べない、さまざまな人の活動や地域の方々の生活を知る機会を得て、『どんな暮らしをつくるか』から建築することが重要なのだと、あらためて実感しました。
自分が得意とするのは、 ハード面の設計や計画ですが、『どのように人が交流するか』というソフト面の思考が長けてるメンバーに感化されることもあります。地域に出て実践的に学ぶと、自分の得意を超えた知見が広がり、楽しいですね」
▲『まち畑プロジェクト』の活動に、大学3年の頃から積極的に関わってきた伊藤一生さん(信州大学大学院 建築学分野1年)
地域の空き地や空き家をオープンな場とすることで、学生の得意、地域住民の得意が集まる。年齢を問わず、出会う人みなが先生として、あらゆる得意が交差する。ーーこれまでに地域をフィールドにした実践的な研究を行ってきた中で、佐倉助教が大切にしてきたことがあります。
「自由に色々なことに挑戦できるからこそ、やはり大切なのは『何をやりたいか』ということです。それぞれに得意なこと、やりたいことがあるはずなので。その軸さえ見つかれば、あとは私たちも、いっしょになって実践していくだけですから」
そして佐倉助教授は、地域で実践しつつも、世界の実例に視野を広げておくことも欠かせないと話します。
「土地ごとの潜在的な可能性を読み、実践してみることで、自分たちだけでは想像し得なかった化学反応が起こることもあります。その可能性に将来像を委ねつつも、海外の実践などにも目を向けて、ミクロにもマクロにも、多角的な視点で研究することが大切です」
▲『まち畑プロジェクト』の軌跡をまとめている佐倉研究室のウェブサイトでは、佐倉助教が自ら足を運び調査してきた「世界のまち畑」が紹介されている(写真提供:『まち畑プロジェクト』)
幅広い視野で、既存の可能性を昇華させるリノベーション。建築のハードを修繕することに終始せず、あらゆる可能性を読み解きながら、次代の街を担う学生と多様な道筋を描くことこそが、街をリノベーションする始点になるはず。『まち畑プロジェクト』から派生していく学生や地域住民との関わりは、あらゆる視点から街の豊かさを醸成させていきそうです。
<info>
『まち畑プロジェクト』
https://shinshu-sakura-labo.com