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ナガラボはながのシティプロモーションの一環です

No.176

野田裕文さん

昌代さん

ダイニングキッチン庵

都会人がつくりあげた大岡の憩い場

文・写真 Yuuki Niitsu

目の前には理想の田舎の風景

「山道の多い大岡で、ここは唯一の直線の道なんですよ。国道19号沿いにはお店があるんですが、上の方には人が集まる場所がなかったんです。地域の方、女性一人でも気軽に立ち寄れるお店にしたいですね」

そう話すのは、ダイニングキッチン庵(いおり)の店主、野田裕文さんです。
お店は、大岡中を探し回り見つけた物件ということもあり、目の前には田園やお寺、その向こうには雪に身を包んだ山々がそびえ、野田さんにとって理想とする田舎の風景が広がります。

私も以前この道を車で通った時に、あまりの素晴らしさに思わずブレーキを踏んで止まってしまったくらいです。クネクネした山道を上った先に広がる真っ直ぐな一本の路。ここから景色が広がる開放感といったら筆舌に尽くしがたいもので、その道路沿いに佇んでいたのが、裕史さんのお店でした。

2014年9月にオープンしたお店は、奥さんの昌代さんが台所を握り、地元の食材を使った料理を提供しています。

「ここは一人暮らしのお年寄りが多いから、手の込んだものより簡単なものや家庭料理が意外によくでるんですよね」

ニコニコしながら話す昌代さん。彼女がいるキッチンからは、食欲をそそる煮込みハンバーグの香りが漂ってきました。

目の前には田舎の原風景と言わんばかりの姿が広がる。この景色を眺めながらの一服は格別である

きっかけは山村留学

裕文さんは東京都板橋区の出身。結婚後は埼玉県戸田市に住み、2013年7月にそれまで勤めていた会社を辞め、長野市大岡に移住してきました。

現在、高校1年生の娘さんと小学6年生の息子さんがいますが、2人とも大岡で山村留学をしていました。

山村留学とは都市部の小学生や中学生が長期間にわたって親元を離れ、自然豊かな農山漁村で生活をすることです。

「妻に上の子を大岡に山村留学させたいと言われた時、正直、反対でした。私は東京生まれ東京育ちでしたので、子どもを田舎に住ませるということに抵抗がありましたし、とにかく家族がバラバラになるでしょ」

当時を振り返る裕文さん。しかし、昌代さんと娘さん本人の強い希望により、現地を訪れます。その時、職員の素晴らしい人柄に触れ「この人なら、娘を預けられる」と決心します。

こうして娘さんを山村留学に出すことになりますが、行事以外には子どもに会いに行けないという規則がありました。
よって、年に数回しか我が子に会えないという時期を野田さん夫婦は過ごします。

「娘に会いに行くときは楽しみでしたね。娘の成長を見るのは当然ですが、田舎に行けるということも含めてだんだん楽しくなってきていたんです」

都会でしか生活してこなかった裕文さんは、この頃から次第に田舎での生活を考えるようになったといいます。

そんな時期に、昌代さんが退職し、自身の転勤も決まります。しかも子どもは大岡。

「これじゃあ、家族がバラバラになってしまう。それなら、いっそのこと皆で大岡に住んじゃおうってなったんですよ」

野菜は近所の人が分けてくれたもの。田舎の野菜を食べてしまうと他では食べられないというくらい味が違うという

畳80枚、水浸しの床、布団40組

引っ越しが決まり、昌代さんが何度もインターネットで物件をチェックしているなかで、最後に「大岡、古い家」と検索して唯一、引っ掛かったという現在の建物は畳80帖もあるほどの広い古民家でした。

「湿気で腐っていましたけど、何週間もかけて妻と2人で全部、畳をはがしましたよ。屋根もさびていたので、道路の舗装用のコールタールを2週間費やして塗りました。大変でしたが、楽しかったんですよ」

2013年7月より、川中島のアパートに住みながら大岡に通い、ある時は夜を徹して作業をするという日々を送ります。しかし、そんな2人が田舎暮らしをあきらめようかという出来事が起こります。

「昔の家は基礎がないんですよ。床をはいだら、土と石があるだけで。それで、今年の秋に台風が来た後に見に行ったら、床に大きな池が出来ていたんですよ。大雨の影響と地下から水が湧き出ていて。それを見た時、『やめようか、やっぱり』と2人で思ってしまいましたね」

毎日に及ぶ早朝から深夜までの重労働につけて、自然による悪戯。想定外の出来事により消えかけた田舎暮らしへの思い。
それでも2人には、曲げてはならない信念がありました。

それは「子どもに田舎というものを作ってやる。そして地元の方に恩返しをする」ということでした。

「山村留学では、大岡の方に子どもを育ててもらいました。だから、今度は僕らが大岡に恩返しする番なんです」

その確たる思いのもと、執念で作業を再開。
途中、収納から布団が40組も出てくるというハプニングもありましたが、なんとかお店を完成させます。

畳をはがし始めてから、1年2か月が経っていました。

場所によっては当時の柱も残している。夫婦で切磋琢磨して建てたお店には格別な思いがある

実はお店は後から決まった!?

こうして2014年9月にオープンした「庵」。
家族もまだ食べたことがないという昌代さんの特製、煮込みハンバーグを食べる私に、野田さんは意外なことを口にしました。

「実はこのお店、工事している途中から決まったんですよ。当初は、家を建てていたんですが、うちらがこんなに本格的に大工仕事をしていると、住民の方が見に来るわけですよ。それで仕事ぶりを見ていた近所の人たちが、これは素人が建物をいじっているレベルじゃないな、なんかすごいものが出来るんじゃないかという噂になって、最終的には『あそこにはお店が出来るんだ』ってことになっていたんですよ(笑)」

なんと住民の要望(?)に後押しされ、出来たというお店。

都会で生まれ育った野田さんが、最後に印象深いことを話してくれました。

「東京も下町があって、人のつながりが強いっていいますが、昔から住んでいる人だけのつながりなんですよ。でも、田舎は誰でも受け入れてくれる。ここが一番の違い。我々が工事しているときも、野菜を差し入れてくれたり、水を提供してくれたりと本当につながりを実感しました。だからこそ、住民が気軽に集まれる場所を提供していきたいです」

こんな晴れ晴れとした裕文さんの表情は、果たして都会で見ることが出来たでしょうか。

現在、50代という野田さんですが、ここ大岡では「お兄ちゃん」と言われるほど、まだまだ若手だといいます。

野田さん夫婦の大岡に対する真っ直ぐな思いは、軒先を走る一本の長い道が象徴しているかのように思いました。

奥さま自家製の煮込みハンバーグ。ふんわりした温かいハンバーグ、二度と忘れません!

(2015/01/21掲載)

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会える場所 ダイニングキッチン庵
長野市大岡1148
電話 026-262-1699
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