「あのお店、あの人の本棚」に並ぶ本たちは、
まだ旅の途中。
お店のエッセンスや、
店主のアーカイブを繰り返し巡ったり。
ふと手にとったあなたへ、
大切なメッセージを届けたり。
そうして、人から人へ物語をつむぐ旅を続けている。
本特集「あのお店、あの人の本棚」では、5つの本棚にまつわる物語と、店主のルーツともいえるベスト本をご紹介。
「本と長野がつくる場所」を紐解くヒントを探しに行きました。
4.暮らしに欠かせない本
創業1833年の老舗家具店の記憶
長野市大門町。
善光寺へと続く中央通り沿いにある『松葉屋家具店』は、創業1833年の老舗家具屋。100年先も使える家具を届けることを理念に、日本の大木で設えた迫力ある一枚板や、手織りで仕立てられたイランのギャッベ、繊細な木肌が心地よい天然木の家具など、上質でこだわり抜いた暮らしの道具を伝えています。
店内は、創業当時の面影を残し、代々受け継がれてきた歴史と品位を感じさせます。
7代目店主・滝澤善五郎さんは、ここに図書館を開くことを考えています。
「本は、考えていることを間接的に伝えてくれる部分がありますよね。だから、松葉屋にある本も、いずれは貸し出せるようにしたいと思っていたんです。今まさに準備中ですので、お楽しみに(笑)。
ここの一角が図書館になったら、本を片手に椅子に座ってみたり、机に広げてみたりして、より自然体で、家の中にいることをイメージしながら、家具選びができると思うんです。
永く大切に付き合う家具だからこそ、きちんとふだんの暮らしをイメージできるように。そのために、本はいいですよね」
と滝澤さんは言います。
『松葉屋家具店』の本棚から
滝澤善五郎さんの本にまつわる物語
幼少期から見てきた図鑑
著者不明/ 出版元不明(発行年不明)(写真右下)
「本棚は、自分の成長そのもの」と語る滝澤さんが、まず紹介してくれたのが、この一冊(写真右下)。表紙が剥がれ、ページは紐で補修されているほどに年季の入ったこの図鑑には、滝澤さんの特別の思い入れがあるそう。
「生まれた時から、ずっと家にあった本です。子どもの頃からずっと、破けるくらいに、幾度となく見返してきた図鑑なんです。動物のことや、森のことが書かれていて、色々なことを吸収する時期に、一番影響を受けました。もちろん、今の自分をつくった原点でもありますね」。
当時の技術ならではの、手描き挿絵や印刷の雰囲気に、時を経てなお、味わいを増す本の深みを感じているそう。
WOOD WORKING DESIGN BOOKS
(写真左、右上の3冊)
続いて、滝澤さんが紹介してくれたのは、木工デザイナーの作品集3冊。
「これは、色々なデザイナーの木工作品が紹介されている写真集です。木工作品の制作に明け暮れていた学生時代に、ここに紹介されている作品をスケッチしたり、アイディアソースにしたり、すごく影響を受けました。
今でも、木工の作品づくりを再開したいと思っているので、改めて、見直しています」。
そんな滝澤さんのアーカイブとも呼べるこれらの写真集は、当時、手に入れるのに苦労したと言います。
「洋書なんて、なかなか手に入らなかったから、わざわざ本屋に行って、取り寄せて買っていました。アルバイトで貯めたお金のほとんどを、こういうものに費やしていたので、よく友だちとかに怒られていました(笑)。
でも、今でも、こうやって残っているから、やっぱり廃れないんですよね、本って」。
そんな自身の集大成とも言える本の数々。これらをお店で手に取ってもらえるように、面白おかしく見せていきたいと、滝澤さんは笑顔で話します。
「なんでもそうかもしれませんが、表現って、すべて蓄積から出てくるものですよね。
今、こうして本がきっかけで話していても、こんなことしたい、ああいうことがしたいって、いろいろと思い浮かんでくるわけです。本には、そういう力があるはず」。
<info>
松葉屋家具店+暮らし道具学研究所
長野市大門町45
026-232-2346
http://www.matubaya-kagu.com
営業時間:10:00-18:00
定休日:水曜
5.本がつないでくれた
この場所との不思議な縁
喫茶店『大福屋』の本棚
長野市岩石町。
民家が立ち並び、細い裏路地が入り組んだこのエリアに、知る人ぞ知る隠れスポット『大福屋』があります。
「古本と喫茶と牛乳(!?)」となにやら気になる新ジャンルを掲げるこのお店の店主・望月ひとみさんは、東京で観光の仕事に携わり、2016年に長野市にUターン。
いずれは、長野の魅力を県外の人にも、地元の人にも知ってもらえるようなことがしたい、と考えていた望月さんには、その想いを結実させるあるできごとがありました。それが、この家との出会いでした。
「この家に一目惚れしました。不思議と、私がちゃんと引き継がなくちゃ!と思ったんです。これまで魚屋さん、下宿と大事に受け継がれてきたこの家を、人が集まる場所にしたいと思ったのです」。
そして、まずはこの家に住むことからスタート。開業に向けて試行錯誤を重ね、2016年12月に『大福屋』をオープン。ご近所さんをはじめ、噂を聞きつけた県内外の人が集うように。
そんな『大福屋』には、本にまつわる心温まるエピソードが隠されているのでした。
『大福屋』では、牛乳と鶏ガラ出汁が隠し味の「ぎゅうにゅうどん」が絶品。土鍋でほかほか。友人や知人と改修を手伝う中で、まかないご飯として考案された思い出の味。その他にも、コーヒーやオリジナルのワッフル、ランチタイムにはカツ定食なども味わえます。
2階の喫茶スペースは、お正月に親戚一同が会するような、ほっこり懐かしい雰囲気。ほとんどの家具が、もともとこの場所にあったものだからかもしれませんね。
1階は、古本スペースとして営業。貸し棚には、募集して集まった全国の出店者が出品。個性溢れる本のセレクトが日々更新。ぜひ、そのとき限りの本との出会いを楽しんでみては。
『大福屋』の本棚から
望月ひとみさんの本にまつわる物語
暮しの手帖
戦後の日本において、二度と戦争のない平和な世の中を謳い、人々が豊かに、自分らしく暮らすことを伝え続けてきた雑誌。現在も続く日本の歴史文学的雑誌。
おなじみの手描きタイトルが表紙と思いきや、大福屋にある「暮しの手帖」は少し違います。
「もともと、ここに住んでいた大家さんのお母さんが、表紙に掛け紙をしていたみたいで。色とりどりに、センスのある切り取り方で、表紙がきれいに包まれています。これを見つけた時には、すごく感動しましたね」
と写真の通り、一冊ごと丁寧に包まれ、同じ模様は二つとないものに。
この場所でお店をやらせてもらっている者として、大切に受け継ぎたいと思いますと、望月さんは嬉しそうに話します。
電車時刻表
「このお家にもともとあったもので、きれいに残されていたんです」と紹介してくれたのが電車の時刻表。
今では、ほとんど見ることがなくなった電車の時刻表。年ごとにまとめられた厚みのある一冊一冊。
どうやら、大家さんのお父さんが、国体の水泳選手を経て、コーチなどを務めていたそうで、昔にしては珍しく、全国各地を回っていたそう。そのため、きちんと毎年欠かすことなく買っていたそう。
実は、これには、不思議な縁があり、望月さんも以前の職業は、電車の車内販売員。
「私も電車に乗って、各地を回っていましたし、時刻表を見て、電車旅をするのが好きなので、この本には不思議な巡り合わせを感じます」
と、偶然とは思えないこの場所との出会いに思いを馳せ、望月さんは感激していました。
今日もていねいに。
松浦弥太郎(著)/ PHP研究所(2012年)
この場所を大切にしたい。そう思う気持ちを体現したい時、望月さんは、この一冊を読み返すそう。
「掃除についての話があるんですけど。“毎日掃除をしていると、自信と愛着が湧いてきて、自信を持ってお客さんを迎えることができる”ということが書かれています。
気が抜けてきた時に読み返し、自分の手で、自分の時間をかけて、お店を大切にしていこう、と初心を振り返っています」。
街並み
ナノグラフィカ(企画)
2005年創刊の「街並み」。長野市を中心に古民家や街ゆく人々などにフォーカスし、タイトル通り、街並みを記録し続けている写真集。
望月さんが、「街並み」に出会ったのは、大学生の頃。
「当時、奈良の大学でまちづくりの勉強をしていたんです。たまたま、友人から教えてもらって、『街並み』を見たときには、
“いずれは長野へ戻り、ふるさとの風景や街並みを残していきたいな”
と思っていました。私が、今こうしてお店をやっているのも、この本にルーツがあります。
街の風景を残していくには、やっぱり、住んでいる人が自分の街を好きになることなんだなって、改めて気づかされました。今はなくなってしまった場所が写真に記録されていたり、私のように街に引き寄せられた人がいたり。『街並み』が残してくれたものは、とても大きかったと思います」。
そして、今ではお店に置いた『街並み』を片手に、お客さんと会話が弾むこともあるのだとか。
「『街並み』をきっかけに、ご近所さんが、かつての風景を教えてくれたこともあります。写真を通して、残し続けることって影響力がありますよね」。
一冊の本との出会いが、望月さんの行く先の道しるべとなり、今度は望月さんがあなたと本の出会いをつなげている。こうして、「本と長野がつくる場所」が生まれていくのかもしれないですね。
<info>
大福屋
長野市岩石町222-1
080-4915-2763
https://twitter.com/dai298_monzen
モーニング 7:30-9:00
ランチ 11:00-14:00
カフェ 14:30-17:30
不定休
いかがでしたでしょうか?
過去と現在を巡るきっかけに溢れている「本のある場所」。そこには、新たな発想の種がたくさん眠っているのかもしれません。
「あのお店、あの人の本棚」を旅して、誰かと語り合ってみてはいかがでしょうか。すると、本があなたと誰かをつなげ、次なる旅路を結ぶ出発地になるはず。「本と長野がつくる場所」。「あのお店、あの人の本棚」前編もぜひご覧くださいませ。