No.72
くまじいさんの『シニアのためのショップ・ガイド』
ナガラボ編集部のマイフェイバリット
誠実なひねくれ者がつづった応援歌
文・写真 大日方薫
お店やコワーキングスペースなど、人が行きかう場所で見かけるチラシたち。
なかでも私は手書きの『○○新聞(通信)』のたぐいが大好きです。
文字やイラストから伝わる人間味と、些細な日常に愛おしさを感じさせてくれるその内容。そして、身近な人たちに向けて作った「このまち限定の発行物」というその存在感がたまらず、見かけるとつい手にとってしまいます。
[上段左から]『西之門しんぶん』、『権堂かべしんぶん』(制作:ナノグラフィカ)、『漫画とか部通信』(制作:ネオンホール)、『長野市善光寺のゲストハウス1166bp新聞』(制作:1166backpackers)[下段左から]『ひふみよ手帖』(制作:現・ひふみよクレープ)、『ふくのかみ新聞』(制作:大福屋)、『看板屋さんのニュースレター イシグロ便』(制作:アド・イシグロ)、『エビスパン』(制作:エビスパン)
そんな手書き○○の聖地として個人的に崇めているのが、善光寺門前界隈のチラシ置き場です。
2009年ごろから「リノベーション」というキーワードでも注目されているこの界隈では、ご近所を大切にする方が多いからでしょうか。
自己紹介や近況報告のようにさりげなく店頭に『○○新聞(通信)』を置いていたり、お店同士がお互いを紹介し合うようにチラシ置き場を設けている光景をよく見かけるのです。
そんなこの界隈で数年前、お客さんの立場からこのまちと人々にエールを送る、ある一冊の手書き冊子と出合いました。
冊子と言ってもレポート用紙をクリップ止めしてある形態で、見た目も文章と地図のみというシンプルないで立ちです。でもそれを読んだ私はなんだか無性に同じ目線でまちを歩き、楽しんでみたい衝動に駆られたのでした。
その冊子が今回ご紹介するくまじいさんの『シニアのためのショップ・ガイド』です。
くまじいさんについて
長野市の巷には親しみを込めて「くまじいさん」と呼ばれるおじいさんがいます。
くまじいさんは今から78年前、岡山県の山間の村で生まれ育ち、学生時代はジャズと映画に夢中になった青年でした。集団行動は好まず、自他ともに認める“根暗な一匹狼タイプ”。ガールフレンドに「あなたのまわりは暗くなってる」と言われたこともありました。
社会人になるとその気の短さから上司と衝突しては転職し、52歳で長野県栂池高原、57歳で白馬村、そして64歳の定年でここ長野市に移住してきたのです。
長野市を選んだ理由は「松本市より知り合いが多かったから」。松本市はある程度通い慣れていたので「知らない土地に住んでみたい」という気持ちもありましたが、いずれにせよそれほど強い思い入れのある選択ではありませんでした。
初めて暮らす長野市での生活は、定年のきっかけとなった脚の怪我の治療で病院と自宅を往復する日々でした。変化のない時間が淡々と過ぎていく毎日。こんなことでは遅かれ早かれ自分はボケてしまう。
そう感じたくまじいさんは、清水どころかスカイツリーの大舞台から飛び降りる気持ちでみずから英会話サークルに入会しました。“根暗な一匹狼”の一大決心です。
そうして仲間と接する機会が増えると、今度は老いとともに生きる同世代の現状を目の当たりにしました。特に男性は年を重ねると家にひきこもりがちになり、着るものや出かける場所まで生活パターンを崩せなくなる人も多いようです。
What are You Doing the Rest of Your Life(これからの人生、君はどうするの?)
高校時代から聴き続けてきたジャズ。その名曲のタイトルが頭をよぎりました。
旗振る冊子、誕生
英会話サークルに入った一方で、くまじいさんは意識的に外に出てお店も開拓するようになりました。出かけた先で「立地さえよければ営業努力(もてなす気持ち)がなくとも繁盛する」という意味合いの「善光寺商法」にも遭遇してやるせない気持ちにもなりましたが、気持ちのよいもてなしをしてくれる店にも多く出合いました。
そういったお店は若い店主がU・I・Jターンで大きな後ろ盾もなく切り盛りしていることも多く、なんとか力になりたいとも思いました。
そして2012年7月。くまじいさんは自分と同じく年齢を積み重ねた人々に向けた『シニアのためのショップ・ガイド』という冊子を手作りし、仲間や掲載店に配ってまわったのです。
その冊子のキーワードはNEW&NOSTALGICのダブル「N」。新しいことや未体験のこと(=NEW)、かつてわくわくしながら夢中になったこと(=NOSTALGIC)の総称で、これらをシニア世代が持ち続けるべき好奇心の源として提案するとともに、そんな「N」を体験できるお店30軒あまりを紹介したのでした。
お店について、くまじいさんはこんな言葉で説いています。
―
数年前から善光寺周辺の路地にある古い民家・商家を改造して、若い人たちがお店を開き、その動きが長野市全体に広まりつつあります。まさにそこではダブル「N」を体験できるのです。テレビを捨ててまちに出かけましょう。できれば徒歩か自転車で……。心と脳のリフレッシュと体の運動も兼ねて。
私たちの義務のひとつ、それは若い人たちをサポートすること。立地条件は決してよいとはいえない場所であっても若い人たちは夢を実現したのです。しかし夢を持続することはすごい努力が必要です。そんな彼らを応援することは、私たちの残りの人生を有意義なものにさえしてくれるのです。
<ダブル「N」を体験できるお店の基本条件>
1.若い人または若い心を持った人が運営していること。
2.大資本をバックにしていないこと。
3.目抜き通りにないこと。
4.ユニークでオリジナルな店作りであること。ただし奇をてらっていないこと。
5.確かなコンセプトを持ち、また現状に甘えることなく未来図に向かって前進する姿勢を保持し続ける努力をしていること。誇りを持ちながら、謙虚さもあわせ持っていること。
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これを初めて読んだ時、私はまだくまじいさんの存在を知らず、お会いしたこともありませんでした
「けっこう辛口な条件だなぁ」と思ったりもしましたが、続くお店の紹介文を読んでひそかに胸が熱くなったのを覚えています。
その内容は、筆者が一軒一軒しっかりその空気を味わい、楽しみ、店主に対するたしかな尊敬の念と心からの応援の気持ちを持って書いたということがにじみ出ていたからです。A3用紙7枚にわたっておよそ30軒分。律儀な文字でつづられたその文章の勢いは、最後まで衰えることなくいきいきと続いていました。
もちろんそこには評論家のような上から目線や、応援してあげるんだという押しつけの気持ちは皆無でした。
私には筆者が、ただひたすらにそれぞれのお店と同世代に向けて応援歌を歌い、旗を振るサポーターように感じられたのでした。
まかれた種のそのゆくえ
くまじいさんに実際にお会いすると、その静かでゆっくりした語り口と、木製の渋いステッキをついて歩く姿に、私はおしゃれな西洋映画に出てくる紳士を思い出しました。
あごにたくわえた白ひげはくまじいさん(uncle bear)の語源で、もともとは白馬のホテルに勤務していた際、海外宿泊客から呼び名を聞かれて「uncle beard」(ひげおじさん)と答えたことが始まりだったそうです。
人と違う感性を「ユニーク」とか「オリジナル」とか言いますでしょう?僕はそのどちらでもなくて、似たような意味合いを持つ「ペキュリアー」(ひねくれ者)なんです。70過ぎたジジイがこんなもの書くなんて……。普通はしないですよね。
『シニアのためのショップ・ガイド』を書くに至った経緯について、くまじいさんはみずからをこんな言葉で表現しました。そして「試作版、本仕様版(PART1)、増刊(PART2)と書いてきたけれども、最近は体力的に厳しくて新しいお店を網羅した新刊を出せていない。
『シニアのためのショップ・ガイド』を見てお店を訪ねてくれた人はいたみたいだけれど、同世代には思ったほど結果も出なかった。こんなものを取り上げていいんですか?」とも。
くまじいさんがひねくれ者かどうかは、実のところ3回しか会ったことがないので私にはよくわかりません。
「ひねくれ者」という言葉に「偏屈」とか「意地が悪い」というイメージを抱いていたので、私に接してくれた態度や言葉と正反対すぎて違和感は覚えましたが、辞書を引いたら「変わり者」「独特の」という意味合いが強かったので、ご本人が言うのだからそれでいいかと今は思っています。
『Books Café まいまい堂』店主・村石保さんと
でも「このショップ・ガイドを取り上げてよいのですか?」という問いに対しては、自信を持って「いいんです!」と答えたいです。
世の中には最新の情報を網羅し、いち早く届けることを目的にした媒体もあるし、年月を経て読み返しても人の心に語りかけ、種をまいてくれるような媒体もあると私は思っています。『シニアのためのショップ・ガイド』は、このまちにとって後者なのではないでしょうか。
どちらがよいということではないし、後者はたとえばおいしい料理や人からかけられた言葉、日常的に見慣れた景色も当てはまるような気がします。そういうものから受け取った種が、最初は自分でも気づかないくらい小さいものであっても、経験や月日が水となり、やがて大きな何かに成長することもあるような気がするのです。
What are You Doing the Rest of Your Life(これからの人生、君はどうするの?)
とくまじいさんの頭で流れた、あのジャズの一節のように。
私はくまじいさんに、『シニアのためのショップ・ガイド』を作成するための資料も見せてもらいました。
さまざまなチラシや記事の切り抜きがきれいに整理されており、ナガラボも「はい、知っていますよ」と即答。ナガラボPRESSも大切に保存されていました。こんな風に見守っていてくれる人がいるまちで働き、生活できている日常が、私はちょっと誇らしくなりました。
くまじいさんの『シニアのためのショップ・ガイド』から受け取った種を、私はこのまちで大切に育てていきたいと思います
<INFO(撮影場所)>
『Books Café まいまい堂』
住所:長野市上千歳町1137-2 アイビーハウス
電話:090-4153-2007
定休日:日曜(但し、4Fからこる坐で催がある場合は開店)
営業時間:12:00~19:00
(写真:高島浩)