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ナガラボはながのシティプロモーションの一環です

No.9

ひつじの町・信州新町のサフォーク牧場

信州新町地域おこし協力隊員・島田裕生さんのマイ・フェイバリット

カワイイだけじゃない!緬羊飼育現場のリアル

文・写真 飯島悠太

羊たちの喧騒

ヒツジという動物は、かなり古くから人類と密接な関わりがあり、その歴史は四大文明にまで遡ります。特に、キリスト教やイスラム教では馴染みが深く、アジア・ヨーロッパ圏を発端に世界中で飼育されてきました。しかし、日本においては意外と歴史が浅く、北海道など一部の地域を除き、その生産はまだまだ一般的ではありません。

そんななか、長野市にはこのヒツジの飼育に力を入れている地域があります。ジンギスカンで名を馳せる“ひつじの町”信州新町です。

緬羊農家の一日は給餌から始まります。午前6時、左右地区にある繁殖センターに、ヒツジたちの声がメェメェと響き渡ります。飼育されているのは、ほとんどが肉用のサフォーク種。その数、およそ260頭。畜舎の中は、もう大騒ぎ。「エサの時間を知ってて催促するんだよ」と言う生産者・峯村元造さんの声がかき消されるほどです。

エサには乾燥させた牧草を与えます。給餌が始まると、そこはもう戦場。一目散に駆け寄ってきたかと思うと、脇目も振らず頬張りだします。目が真剣。怖い。畜舎全体で一日に200kg近くもの牧草を消費します。さらに、穀類を混ぜ合わせた配合飼料も登場。市販のものに加え、発酵させた自家製飼料も与えます。

「ヒツジにというよりは、お腹の中の微生物にエサをやってる感じだね」。植物の細胞壁や繊維の主成分であるセルロース。多くの哺乳類は、このセルロースを分解する酵素を持たず、牧草などを食べてもそのままではほとんど消化できません。ヒツジは胃の中に微生物を共生させることで、この問題をクリア。なんと、胃の中で彼らにエサを発酵・分解させ、その代謝物を吸収しているのです。つまり、人間は微生物が働きやすいようにエサを与えなければならないということ。予め飼料を発酵させておくのは、このためなのです。

朝の給餌が終わるのは、2時間後の午前8時。ふと気づくと、あれだけ騒がしかった畜舎が静まり返っているではないですか。やはりヒツジには“沈黙”が似合います。

ヒツジは4つの胃をもち、咀嚼とそれぞれの胃での消化を繰り返す“反芻”を行う。その食べっぷりは圧巻

羊をめぐるバリカン

朝食休憩も束の間。午前9時半、毛刈りの作業がはじまります。

もともと毛を利用するために品種改良されてきたヒツジには、ほかの動物のように夏毛・冬毛の生え替わりがありません。4~5月になれば人の手で刈らなければならないのです。

この日、最初に選ばれたのは3歳のメス。拘束用のロープで頭を固定し、専用の大きなバリカンで毛を刈っていきます。首から背中、前脚、体側、後ろ脚、そして反対側へ。流れるようにバリカンがヒツジの体表を駆けめぐり、毛の塊が剥がれ落ちていきます。ものの10分で、まるまる1頭丸裸になってしまいました。なんだか、傍からだと簡単そうに見えます。

しかし、やはり物事そんなに単純ではありません。素人がやると40分はかかるといいます。慣れないと毛の塊が短く途切れ、スムーズにいかないそう。これは、ヒツジの体表が曲面なのに対し、真っすぐ刃を当ててしまうため。上手い人は、身体の線に沿ってバリカンを動かしていきます。経験を積み、ヒツジのボディーラインを覚えなければできない業です。

毛刈りを終えると、次は爪切り。伸びた蹄の裏側を剪定ばさみで平らにカットします。また、健康状態のチェックもかかせません。ここまでやって、ようやく1頭あがり。すぐに次の個体へ移ります。

この作業が延々13時まで続き、昼食後、今度は午後の給餌。こうした生産者の苦労により、質のいい肉が生み出されているのです。

ただいま毛刈り真っ最中。意外とおとなしい

なんということでしょう。あれだけ毛深かった身体がすっきり。刈った毛は4kgほどもあるそう

緬羊飼育のこれまでとこれから

信州新町とヒツジの関わりは長く、昭和初期に遡ります。

当時、軍服のサージ生地等の原料にするため羊毛の需要が高まり、価格も上昇。新町でもコリデール種やメリノ種といった毛用品種が多くの家庭で飼われていました。ピーク時には、まち全体で約4000頭もいたとか。このとき、歳をとって肉に臭みが出た個体を消費するために生まれたのが、新町特有のタレに漬け込むジンギスカン。これが人気を集め、提供する店が増えていきます。

戦後、化学繊維の台頭で羊毛の需要が減るとともにヒツジを飼育する家は消え、ジンギスカンの文化だけが残りました。昭和57年、“ジンギスカンの町”を謳うなら緬羊飼育を復活させようと肉用品種のサフォークを導入。現在は、9軒の農家で飼育されています。

こうした歴史の積み重ねと生産者の努力の結果、現在では県内外のホテルやレストランで扱われるように。いま、長野県産の羊肉は地域食材『信州サフォーク』として注目されています。

今後の課題は、緬羊飼育が“食える産業”になること。そのためには、作業の効率化と生産者の収入アップが不可欠です。「肉として出荷する肥育農家をひとつにしぼり、そこに繁殖専門の農家が子羊を卸すような仕組みができれば、効率的で安定した経営ができるはず」と峯村さん。国産羊肉の需要は全国的に高まってきており、供給はまだまだ少ないとのこと。今後も信州新町のサフォークたちから目が離せません。

可愛らしくヒツジが並ぶ風景。しかしその現場には、生物としての性質を踏まえたロジカルな飼育と、生産者が身に着けてきた技術がある。愛でるだけでなく、そうした視点で見てみると、また違ったおもしろさがある

(2016/05/30掲載)

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