<50歳で社会福祉法人立ち上げを決意>
長野市から飯綱町方面へと抜ける若槻大通り沿いの田んぼに囲まれた一角に、大きな福祉施設があります。高齢者と障がい者、児童の福祉施設が一体運営され、子どもからお年寄りまで、誰もが生き生きと楽しく過ごせる「地域総合福祉タウン」ともいえるこの施設を経営するのが、長年「地域の人たちのための福祉拠点となるような施設をつくりたい」と思い描いてきた施設長の三井五夜子さんです。
三井さんは昔から福祉に興味を持ち、苦学して青山学院大学教育学部に入学。卒業後は、東京の幼稚園で教諭として自閉症児を担当していました。しかし、結婚3年目に義母が倒れ、家族で長野に帰郷。その後は専業主婦として、看病に明け暮れる日々を過ごしました。
「義母が少しずつ回復すると、その後は長男も足の難病で何度も何度も手術をし、ずっと看病をしているような人生でした。でも、みんながそれぞれに成長をして私が50歳を迎えた時、改めて『家族で暮らしてきた若槻地区で福祉事業をやり、地域社会に貢献したい。一度きりの人生なのだから、自分の幸せだけではなく人のためになることをしたい』と思うようになったんです」
そんな三井さんの情熱を、もっとも身近で感じていた夫の寿男さんは、「我が家の財産を全て使ってもいいからやってみろ」と強く後押しをしてくれました。しかし、そこからはイバラの道。公共性が高い社会福祉法人の設立は規定が厳格で、病院や企業など、大規模な事業を展開して十分な資産や財源を持つ経営者が設立することがほとんどだったため、個人で認可を取得している人は皆無でした。
特に一介の専業主婦が立ち上げるとなると関係各所からは「難しい」と反対され、相当量の申請書類も必要でした。そんななか、以前からの知り合いで、元市議会議長にして福祉にも造詣が深い高川秀雄さんが理事長を務めてくれることになり、家族や友人の支えも受け、なんとか3年がかりで法人を設立しました。
「高川先生の全面的な協力をはじめ、周りの人たちがいたから設立することができました。高川先生は3年前に亡くなられましたが、最期に『よく頑張りましたね』とおっしゃっていただけて、本当にうれしかったですね」
<施設内でターミナルケアまで可能に>
法人設立後は「お年寄りに充実した人生を送ってもらいたい」という思いから、まずは「ケアハウス(軽費老人ホーム)」の立ち上げを決意。「ケアハウス」とは、家庭での生活が困難な高齢者がなるべく自立した生活が送れるように、低料金で食事や日常生活のサポートを受けられる施設です。
「2年間かけて、全国の福祉施設をいくつも見て回りました。最初にケアハウスを設立しようと思ったのは、_自立型なので元気なお年寄りがいろいろなことにチャレンジできると思ったからです」
また、特別養護老人ホーム(特養)のほうが収益は大きいものの、高齢者の介護は生やさしいものではないので、技術力と人材も相当の勉強が必要です。そこで、まずはケアハウスの設立から着手することにしました。
こうして、若槻地区にあった鉄工所跡地を含む1000坪もの敷地を購入。念願の「ケアハウスレインボーわかつき」が誕生したのが平成15年7月、三井さんが55歳の時でした。当時、長野市内にケアハウスは6施設のみのなか、約16畳(26.25㎡)の広い部屋や設備、展望のよさなど快適性を重視し、訪問した家族が泊まれるゲストルームや大浴場、図書館や教室等を設けている点も特徴的でした。そして何より特筆すべきは、その入居費の安さ。
「長い間、社会のために頑張ってきたお年寄りの皆さんに、第二の人生をゆったりと楽しく過ごしていただきたいと思ったので、毎月の家賃は1万7000円です。というのも、当時はバブルの崩壊もあって県内の建設業者の倒産が相次いだため、公共事業における入札価格が本当に安価だったんです。家賃は建設費から換算するので、おかげで低価格に設定できました」
利潤追求は二の次にして、地域の人たちの幸せと願う三井さんの思いが反映された価格設定です。オープン後しばらくは、「ケアハウス」という形態自体が地域に浸透していないことから入居者が集まらずに困ったそうですが、半年後に『週刊長野』の一面で紹介されると一気に注目が集まり、平成16年3月には満床になりました。こうして軌道に乗ったことで、平成19年には有料老人ホーム「シニアパレスレインボー本館」、さらに平成22年には認知症高齢者のための「シニアパレスレインボー東館」を設立。自立した高齢者から介護が必要な方まで、施設内でターミナルケアまでできるようにしました。
「『レインボー』という名称には『虹の七色のように高齢者の個性を尊重し、豊かに人生を楽しんで、最後は虹の架け橋を渡って天国にいけるように』という願いを込めました」
いずれの施設も渡り廊下でつながっていて、利用者が行き来することができます。こうした点も、まるで虹の架け橋を表現しているようです。
<地域の人々ための総合福祉テラスも誕生>
さらに、昨年設立したのが、お年寄りも子どもも障がい者も健常者も家族も職員も、地域のなかで誰もがごく当たり前のコミュニティーとして暮らせる場所、つまり三井さんの長年の夢である「地域総合福祉」の拠点となる「レインボーテラス」です。
施設内には、デーサービスセンターとケアマネセンター(居宅介護支援事業所)、ヘルパーセンター(訪問介護事業所)、チャイルドセンター(職員のための託児所、保育所)、障がい者のための勤務施設・ファームセンター(就労継続支援B型事業所)と、その農園で採れた米や野菜等を使ったメニューを提供するカフェ&レストランを併設。また、地域福祉のテラスとして地域の人々にホールなどの施設を開放し、毎日、さまざまな教室や研修、イベント等が開催されています。
「私たちが一番望んだのは、地域の人々がこの地に暮らし続けられる施設を作っていくことです。特に、これまでの教員経験や、長男が介護施設や福祉施設で働くようになって参加したボランティア経験のなかで、精神的な困難を抱える方たちに暮らしの環境を整えたいと思っていました。だから、このテラスの設立は『ご縁』だと思っています」
「カフェ&レストランレインボー」で提供しているメニューは、ココナッツを使った具沢山のカレーや、30種類のスパイスをブレンドした野菜たっぷりのドライカレーなど本格派。しかも、サラダがついて600円とリーズナブルです。加えて、香り高い高品質コーヒー「丸山珈琲」などのドリンクはセットで150円と、どれもおいしいのはもちろん、価格設定には驚かされます。ここにも「よい素材の食事を地域に格安で提供したい」という三井さんの思いが溢れています。
地域に必要なものを用意したらよいと考える三井さんは、将来、サテライトという形でほかの地域に施設を作ったり、事業規模を拡大していく予定はないといいます。そして、来年はさらにテラス内に内科や歯科といった医療施設を開設したり、ヤギを飼って動物とふれあう広場や、野菜直売所も新設しようと考えているそう。
「ここには地域の人も入居者の家族も集まりますので、みんながつながる場所にカフェがあるとうれしいでしょ。それに、食べることは幸せなことです。だから、おいしいのは当たり前。入居者も毎日通えるように、安くないと意味がないと思っています」
そのバイタリティーに刺激されるように、職員も利用者の皆さんの生き生きと楽しそうに働く姿も印象的です。ともすると介護職は3K(きつい、給料が安い、汚い)などといわれますが、同法人では、設立当初の職員の9割が在職と抜群の定着率を誇っています。これは、職員がやりがいをもって働いている何よりの証拠でしょう。
人間は誰もが老いから逃れられません。また、せわしない現代社会のなかでは、精神疾患は誰でもかかる恐れがある病です。それは悲しいことではなく、大切なのは、そうしたなかで自分の人生をいかに充実させるかということではないでしょうか。「"いつも楽しく喜びいっぱい"がこの施設のモットー」と話し、太陽のように明るい三井さんの笑顔を見ていると、改めてこの施設が、人間にとってある意味では当たり前のことである"個人の幸せの追求"を叶える場なのだと実感しました。
会える場所:社会福祉法人ハーモニー福祉会 カフェ&レストラン レインボー
長野市吉1827-1
026-295-8020(カフェ)/026-295-1810(代)