信州の里山に根付く日本の食文化を次世代につなぐ
酒井慎平さん
株式会社 SATOKA (サトカ)代表取締役
文・写真 島田 浩美
長野市の山間部にある小田切地区で、日本と食文化をつなぐ取り組みを行う酒井慎平さん。彼が立ち上げたのは、日本の発酵文化とヨーロッパの伝統を融合させた長期熟成生ハムブランド「Jamón 掬月(ハモンきくづき)」です。日本の里山の自然を生かし、ただの食品ではなく次の日本の発酵食として、次世代のブランドを育てています。
小田切地区は長野市中心部から車でわずか30分ながら、標高800メートル弱の山あいに位置し、冬は雪深く、夏は小田切ダムの気化熱で涼しい環境が広がります。この自然環境が、ゆっくりとした熟成が必要な生ハム作りに最適です。
酒井さんは長野市出身。都内の大学を卒業後、飲食業界向けの広告代理店に勤め、26歳で業界メディアの編集長を経験。そこで得た知見をもとに、2019年に長野に戻り、地域の食材を飲食店につなぐ「JiNOMONO(ジノモノ)」をスタートしました。2021年に「株式会社 SATOKA」を設立し、里山を次世代に引き継ぐ活動を展開しています。
「Jamón 掬月」は、その一環として生まれたブランドです。特徴は、生ハムの製造過程で麹菌を使っていること。
「ヨーロッパの生ハム作りを日本で再現するだけでは意味がありません。日本には独自の発酵文化がある。それを生ハムに取り入れることで、日本人にとって馴染み深い味わいにしたかったんです」
そんな思いから、酒井さんは国内の生ハム製造施設や、醤油、味噌などの発酵食品施設を視察し、麹菌を使った独自の熟成方法を考案。麹菌が甘みと深いコクを引き出す、まさに「日本の生ハム」と呼べる製品を生み出しました。
酒井さんが生ハム製造を始めた背景には、新型コロナウイルスの影響がありました。飲食店と生産者をつなぐ活動が制限されるなか、自ら生産者になって飲食店に伝えたいという気持ちが芽生えたと言います。
「ピンチをチャンスに変え、自分も汗を流すことで、より深い食の価値を伝えたいと思いました」
保存食としての生ハムに注目した理由は、ヨーロッパの伝統と長野の漬物文化の共通点にあります。寒い時期に仕込み、時間をかけて旨味を引き出すという点で、漬物と生ハムはよく似ています。
「漬物文化が薄れつつある今、その文化を生ハムという形で残せるのではないかと思いました」
「Jamón 掬月」のさらなる大きな特徴は、仕込み体験ができることです。冬の3カ月間に行う「生ハム原木オーナー仕込み会」では、参加者が自分の手で豚肉を仕込みます。2023年には約300人が参加し、三つ星レストランのシェフも訪れました。
仕込みはただ塩をすり込むだけでなく、肉から骨を抜く作業も行います。20分ほどかかるこの作業は手間がかかりますが、その分、愛着も深まります。
「雪道の苦労や地域の冬の暮らしを感じ、1年後に届く生ハムに特別な思いを抱いてもらえたらうれしいです」
手間ひまかけて作られた生ハムは、全国のカフェやパン屋、居酒屋、高級レストランなどに卸され、多くの人に愛されています。酒井さんは、ハイブランドだけでなく、地域に根付くカジュアルな店舗との取引も大切にしています。
「長野市に来れば、どのお店でも気軽に生ハムを楽しめる。そんなブランドに育てたいです」
さらに、酒井さんは小田切地区で宿泊施設の運営や養蜂にも取り組みます。生ハム作りを通して、地域の自然や文化に触れられる体験を提供し、里山とまち、生産と消費の調和を目指しています。
「食を通じて、まちと自然が共存する長野市をつくりたい。それが『SATOKA』の目指す未来です」
小田切地区の自然、文化、人々の営み――それらを生ハムという形で掬い上げ、新たな価値を創造する酒井さんの挑戦は、今後も続いていきます。
(2024/12/20掲載)
長野市塩生乙302
メール:contact@jamon-kikuzuki.com
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