ワタナベ調べ2(有害な鳥獣への対策?)
こんにちは!戸隠から地域おこし協力隊の渡辺がお送りします。私の活動内容は「有害鳥獣対策」と「牛の肥育」の2本柱で構成されていますが、今回の記事では昨今話題になっている野生動物の話題に触れてみます。
戸隠では猪や鹿がよく目撃されますが、皆さんの住んでいる場所ではどうでしょう?こちらの先輩方にお話を伺うと、50〜60年前の戸隠にはこんなにも鹿や猪はいなかったそうです。
昨今、獣による食害(農業被害)や熊を含めた動物たちが市街地に出没した、などよくメディアで見かけます。
比較的触れるのが難しい話題かと思いますが、「なぜ集落内や市街地に獣が来るのか」と僕に聞いてきてくださる方もおり、理由を知りたい方もいらっしゃるということで、今回はその「なぜ」にワタナベが勉強した範囲内でお応えしたいと思います。(要因は様々で諸説あります。地域によって個別の傾向、特徴、問題がありますのでここでワタナベが語っている内容は参考程度に聞いてください!)
人里に動物が現れた理由を「人間が山に手を加えたから生態系が壊れた」とする説を皆さん聞いたことがあると思います。実は戸隠で動物が増えていると聞いたとき、僕も直感でそう思いました。もちろん熱帯雨林の開発や採石で森や山を拓いているあの映像は現実でそれを否定はできませんが、今回の記事での方向性は、「里山での暮らしをどうしよう?」になります。
私たちが住む日本は66%が森林で、これだけの経済成長をしながらも非常に自然豊かな国に暮らしています。暮らすのに必要な土地や農地を、ご先祖さまが山や森を切り拓いて準備してくれても尚、森林がこんなに残っています。実は森林浴、という言葉は昭和の時代に林野庁が作った言葉ですが、森は木材だけでなく人々への癒しも提供してくれる場所です。
そんな森は野生動物の住処にもなっており、普段の生活では、野生動物は森や山、人間は集落や市街地に暮らすよう線引きができています。線引きがつくられたのも一重にご先祖さまのおかげです。遡れば旧石器時代や縄文時代から野生動物と共存するために結構頑張っていたことが伺えます。猪に収穫間際の米を荒らされ年貢を納められなくなったり、食べ物がなくなって飢饉になったり…
ここ戸隠にも猪垣(ししがき)が残っており、垣をつくったり狩猟に厳しい規制が掛かった時代も乗り越えながらも今があります。
さて、有害鳥獣対策には重要な指針が3つあります。「防除」、「環境整備」、「捕獲」です。それらを実施すべき範囲は広く、住んでいる集落や土地全域でこの3つを実践する必要がありそれが難しいところです。「防除」は電気柵などを用いて作物を食べられないよう防除することで、「捕獲」はご想像の通り罠などを使い直接動物を捕獲することです。
「環境整備」についてご説明したいのですが、ここで「なぜ集落内や市街地に獣が来るのか」という問いに帰ってみます。
獣たちは基本的に木々や草で身を隠しながら移動しますが、だとすると木々や草がなければ獣たちは来ないことになります。と言うことは環境を整えれば「人里に獣が来ない」ことになります。そうです。人里に獣が来ないように環境を整えることが「環境整備」です。環境整備さえすれば獣たちは山の奥に潜んでいてくれるかと期待してしまいますが、動物たちが増えれば溢れた個体が人里に下りてきてしまいます。
なので、「防除」、「環境整備」、「捕獲」をより多い人数で実践していく必要があります。いわゆる昔の戸隠では皆さん薪をつくるために山に入り、木々を切っていました。そのため集落から見える山の斜面にほとんど木がなかったそうです。それも獣が集落に出なかったことの大きな要因の一つだと察します。今のところドラスティックな解決策を僕は考えついていませんが、皆さん共にがんばりましょう。
最後まで読んでいただいた皆さんありがとうございました。「なぜ集落内や市街地に獣が来るのか」への問いに対しては、「色々あるのですが、木々と草が生えすぎて山と人里を分ける境界線が薄くなっている」というのが今の僕の出せる端的な答えです。「今まで猪/鹿なんて来たことなかったのに…」と言った状況にも今回の考え方が応用できるかもしれません。
今回の僕の記事が皆さんのお役に立てば光栄です。以上戸隠から渡辺がお送りしました。
※種本 狩猟 直良信夫著(戸隠地質化石博物館蔵書)