No.402
荻原
雅子さん
前結び きの和装学苑「雅教室」主宰・着付け師
「着付け」の技術と着物で毎日の暮らしを豊かに
文・写真 島田 浩美
冠婚葬祭や成人式に欠かせない着物。最近では「自分で着られるようになりたい」という人のニーズも増えています。そうしたなか、自分の名の一文字「雅」を冠に掲げた着付け教室を立ち上げ、着物に触れる楽しさを伝えている荻原雅子さん。その思いを聞きました。
素の自分を見てもらえる講師の仕事が元気の源に
江戸時代より善光寺参詣客の精進落としの花街として栄えてきた長野市権堂。かつて一帯には着物屋がひしめき合っていたそうです。そのひとつが、権堂アーケードの入り口に位置し、2011年に惜しまれつつ閉店した老舗呉服屋「つづきや」。閉店後は、2015年までコミュニティースペース「権堂まちづくりセンター」として建物が活用されていたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
荻原さんは、その七代目となるご主人と結婚したことで、着物を生業とするようになりました。
今ではすっかり着物姿が板についている荻原さんですが、もともとは会社員としてパソコンメーカーや印刷所で働き、結婚までは着物とは無縁の生活だったそう。そのため、着物の訪問販売など営業では苦労もしたと言います。さらに、子どもが生まれると育児の悩みも伴い、何カ月も店頭に立つことができなくなった時期もあったとか。しかし、とある企業から「つづきや」へ出張着付け教室の依頼があったことが荻原さんの転機になりました。
「お店の外に出て着付けを教えると、先輩と一緒ながらのびのびと仕事ができて楽しい。こうして、素の私を見てもらったほうが人との仲を深めることができるかも。そう思って、善光寺門前にあるカフェの店員さんと知り合い、浴衣の無料着付け教室を始めたのが独り立ちの第一号でした」
▲門前のカフェで夏季限定で行なっていた無料の浴衣着付け教室の生徒たち。集大成として、講座の最後には食事会も開催した
それが、2006年のこと。すると、この着付け教室での出会いが縁となり、その秋から「つづきや」の教室でも4人の新しい生徒が増えたそうです。「やっぱりこれで間違いない」と確信した荻原さん。
「カフェでのお稽古が、私の疲れた心が治っていく場所になりました。知らない人とも仲良くなれ、お互いに悩み事を聞き合って元気になったり、その人が卒業しても、また新しい生徒が来て一から人間関係をつくれたり。自分が変われるきっかけになりました」
▲出張の着付け教室はござを敷いて開講。少人数で行うので和気あいあいとした雰囲気
知り合いが増え、新たな価値観が生まれる着付け教室のやりがい
こうして、毎年夏にはカフェで浴衣の無料着付け教室をし、秋に生徒が増えるという流れができていた荻原さん。教室を始めた3年目の夏にはテレビ番組の取材依頼が来たことで、さらに自分の思いと責任を明確にするために「雅教室」の名で着付け協会に登録をし直しました。
そして、次第に「着付けを本業にしたい」と思うようになっていた矢先、残念ながら「つづきや」が閉店。それでも、この着付けの仕事をやめようとは思わなかったそうです。
「着付けを教えていると、全く年齢が違う人たちがみんな友だちになれます。それに、生徒には介護職や保育士、塾の講師などいろいろな仕事をしている人がいて、そこから得られる知識がたくさんある。人脈が広がるし、ものの考え方も変わりました」
さらに、これまで着物に触れてこなかった生徒が、一人できれいに着付けができるようになると、まるで作品づくりの完成を迎えた時のように充実感があって面白いのだとか。
今では夫の協力のもと、長野市内のさまざまな店舗や施設で教室を構えるほか、遠くは松本でも教室を開講しています。かつての無料着付け教室が縁となって声をかけられた場所もあるほか、生徒の縁で着物を着てまち歩きをするイベントでは荻原さんが着付け師として入ったりと、わらしべ長者のように少しずつ仕事になって自分に返ってきている手応えを感じていると言います。
「あの時に蒔いた種が少しずつ芽になっているのかな。それに、私の強みは15年間の呉服屋での勤務で得た知識があって、着物業界の裏側がわかっているからこそ着物の購入にアドバイスができ、今は呉服屋ではないので着付け教室が着物の販売にはつながらないこと。だから、生徒には安心して通ってもらえます。呉服屋で過ごした時間も、私にとっては必要な時間だったと思っています」
▲現在、毎週木曜の夜には「もんぜんぷら座」で着付け教室を開講
▲権堂の草履店「トヨダ履物屋」での着付け教室は毎週水曜午前に開講。店主の町田孝夫さんと話を弾ませる荻原さん
着付けで悩みも楽しさも分かち合い、暮らしを前向きに
現在は「着付け師」として、結婚式の花嫁衣装の着付けなども手がけている荻原さん。
「ブライダル衣装は、きれいに仕上げられると満足度があがります。つまり、この仕事は着付け講師としても着付け師としてもどこにでも達成感があり、毎回ひとつずつステップアップできる。そこが楽しいですね」
▲荻原さんが初めて手がけた花嫁衣装の着付け。SNSのアイコンにも設定することで初心を忘れないようにしているのだとか
また、着物を習いにくる人は、子育てが一段落したり、仕事や人生に行き詰ったりと、何かしら人生の転機や変化を求めていることが多いそう。最近はそうした生徒と一緒に、着物を着て新しくできた店に食事に出かけたり、観劇をしたり…というのが荻原さんの気分転換になっていると言います。
▲着付け教室を開催している市内の「kitchen365」にて浴衣での食事会の様子
▲権堂の「ロズベリーカフェ」では毎週水曜13時から着付け教室を開講。こちらは新年会の様子
▲ライブもできる「ロズベリーカフェ」では新年会も大盛り上がり!
「こういう楽しみを自分でも知ると、悩みを抱えた人には着物を使って気持ちが晴れる方法も教えてあげられるようになりました。『つづきや』を閉店した時はあまりまちなかを歩きたくなく、知り合いに会うと『元気だった?』と聞かれるのも気が重かったのですが、育児の悩みなども含めてつらかった分、今は苦しんでいる人の気持ちもわかりますし、これから私につらいことはないと思うと前向きになれます」
加えて、着付けを習った生徒が技術をインバウンド事業などの仕事につなげていたり、着物を生活にうまく取り入れていることも荻原さんの励みになっているそう。
まだまだ技術職として着付けの仕事一本で勝負していくには積み重ねも必要だそうですが、いずれ、子育てが落ち着いたら「門前の古民家を使って着物を扱うお店も開きたい」という夢も描く荻原さん。“もの”ではなく“技術”を売る今は、やりたいことを仕事にしている充実感が伝わってくると同時に、コンスタントにお給料が入ってくる仕事の安心感に頼らずに生きていこうという強い決意も感じられました。
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会える場所 | 長野市内 電話 090-5344-0207 長野市内の着付け教室 |
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