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No.304

太田

さん

御菓子司 喜世栄(きよえ) 二代目店主

手間を惜しまず、心をこめて
善光寺門前で手作りの味を守る

文・写真 合津幸

善光寺脇の細い路地に佇む「御菓子司 喜世栄(きよえ)」は、創業80年超の老舗和菓子店です。店を訪ねると、職人の技が光る石ごろもや上生菓子、もっちり皮に自慢の自家製餡をたっぷり使った薯蕷饅頭やそば饅頭、郷土の味・おやき等が迎えてくれます。それらの品々に込められた想いを、二代目店主である太田功さんに聞きました。

手作りの和菓子ひと筋80年

太田さんの父、つまり「喜世栄」の初代店主が最初に店を構えたのは昭和10(1935)年頃。場所は、現在の所在地である横沢町ではなく権堂町だったそうです。しかし、立地の問題か時代の流れか、丹誠込めて作る和菓子も売れ残るばかりで経営は苦しかったそうです。

「その頃私たちは長野市問御所で暮らしていまして、近くに親戚や知り合いが多かったんです。その中のどなたかが父の苦労を知り、この地に建っていた古い空き家を紹介してくれたそうです。借家ながら一家揃ってここで暮らし、出直すことにしました」

しかし、すぐに状況が好転したわけではありません。当時も店頭で小売を行ってはいたものの、あまりにも建物が古く印象が良くなかったのか、店に通ってくださるお客様は少なかったそうです。そのため、今は一切行うことのない卸中心の商売をせざるを得ませんでした。

一方で、嬉しい変化もありました。以前は縁のなかった宿院坊など、善光寺さんを支える関係各所からまとまった注文をいただくようになったのです。

その後、現在の建物に生まれ変わると、さらに大きな変化が訪れます。

店名の「喜世栄」は太田さんのお母様の名前に由来。軒先に掛けられた家紋入りの暖簾が営業中のサイン

「今から20年くらい前になりますか、借り物だった土地と建物を買い取ることができたため、ようやく店の建て替えに踏み切ることができましてね。善光寺さんの門前にふさわしい、漆喰の白壁と瓦屋根で仕上げてもらいました」

店が新しくなると、個人のお客様も少しずつ増えました。古くから門前で暮らしてきた方や長年善光寺参りに訪れている方など、一度「喜世栄」の菓子を口にし、その味にすっかり魅了された方々が通うようになったのです。

「ご自宅で召し上がっていただいたり、手土産に選んでいただいたり。または、お祝いの席やお茶会など、いろんなお客様に幅広い用途で当店のお菓子を使っていただけるようになりました。美味しいと喜んでいただくことが、私たち職人の何よりの励み。本当に嬉しいです」

店が誇る銘菓のひとつ「石ごろも」。全国各地から注文が入るほど、長年買い求め続けているファンが多い

素材を厳選し、丁寧に炊く自家製餡

少しずつ商売を軌道に乗せ、ここ門前町に根を下ろした太田さん。その手から生み出される和菓子には、どんなこだわりや想いが込められているのでしょうか。

「当店の菓子の味を決めているのは餡子(あんこ)です。今は業者さんから仕入れるお店もありますが、当店はこし餡も粒餡も私と息子で丁寧に作っています。原材料である小豆は、味も香りも良い北海道産の最高級品を使用しています」

時間も手間も惜しまず小豆を炊き、完成した餡を惜しみなく使って菓子を作る。
それが、太田さんが最も大切にしてきた職人としてのこだわりであり、「喜世栄」の品を手に取ってくださるお客様への誠意なのです。

こうして作られる餡は、店の代表菓である石ごろもやそば饅頭にもたっぷり用いられています。しかも、どちらの品も粒餡よりさらに手間の掛かる、こし餡を使用しています。

特に、餡玉にすり蜜と呼ばれる滑らかな糖衣をまとわせた石ごろもは、熟練の職人でも苦戦するほどに高度な技術が求められる銘菓。長年のファンを持つ看板商品のひとつで、抹茶や煎茶との相性がよい上品な味わいが贈り物にも喜ばれています。

左手で餡玉を投入しながら、右手で巧みに箸を操ってすり蜜をまとわせる。リズミカルで無駄のない動き!

「砂糖を煮詰めてから練っておいたすり蜜を適温に温めて、丸めておいた餡玉を素早くくぐらせます。温度は高くても低くてもダメ、付け過ぎても少な過ぎてもダメ。何かが少しでも違ってしまうと、味も口溶けもまったく違うものになってしまいます」

つまり、餡とすり蜜それぞれの味・やわらかさ・舌触り、そして両者のバランスが、石ごろもの決め手なのです。太田さんは、この技術を見様見真似で先代から学び、独自の工夫と研究を重ねて習得。今では長野県内外の和菓子職人たちから一目置かれる存在として、その名が知られています。

「老舗和菓子店が名を連ねる京都や銘菓・名店揃いの東京を含む全国各地から注文をいただいています。『喜世栄さんの石ごろもでなければ』と、言っていただき、職人冥利に尽きます」

すり蜜に少量の赤色を垂らすと桃色になる。緑色の抹茶味もあり、白色以外の品は全国でも珍しいのだとか

おごらず、欲張らず、誠実に

現在78歳の太田さんは、今も昔と変わらず早朝5時頃から仕込みを始めて菓子作りに精を出す日々を送っています。

そんな太田さんを支えているのは、長年寄り添ってきた奥さまをはじめ菓子職人の息子さん、そして息子さんの奥さまの3人です。4人が役割を分担し、助け合い、店を切り盛りしているのです。

「息子はすでに菓子製造技能士一級に合格しており、いつの間にか私よりも腕のいい職人になっちゃいましてね…(笑)。いずれはすべて任せるようになるわけですが、今と同じように手を抜かずに心を込めて菓子を作ってくれれば、他に望むことはありません」

太田さんは、職人は菓子づくりを丁寧に行えることが一番の幸せであり、おごり高ぶったり欲をかけば、本来の仕事ができなくなると考えています。だからこそ、今も丁寧な餡づくりを続け、菓子そのものや包みの見た目にこそ工夫を凝らしても、欲張って商品数を増やしたり量産を試みることはありません。また、素材を厳選し手作りに徹しても、できるだけ買い求めやすい価格を維持しています。

息子さん担当の上生菓子は毎日3〜5種類が並び、月に2度モチーフが変わる。写真は1月前半のもの

「店が続けられるくらいの経費と私以外の家族に働いた分のお給料を支払えれば、稼ぎとしては十分。私たち4人でその日に作れる分だけを、質を落とさずに作り続けることを重視しています」

また、そもそもこうして善光寺さんのすぐ側で商売をさせてもらえること、善光寺さんが引き寄せてくださる新たな出会いに支えられていることも忘れてはいません。

「善光寺門前の和菓子屋として親しんでいただきとても光栄ですし、寺町特有の伝統行事の際も当店の菓子を選んでいただき、感謝と誇らしさでいっぱいです。この場所、この町とのご縁があってこその当店です」

真っ直ぐで妥協のない、職人としての心意気。そして、店と一家が根付いた町やお客様および家族への感謝の念。人々を魅了する「喜世栄」の和菓子には、太田さんの温かな想いがギュッと詰まっています。

取材当日が誕生日で78歳になった太田さん。「元気に働けるうちは、和菓子を作り続けたいね」と、笑った

(2016/01/25掲載)

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会える場所 御菓子司 喜世栄
長野市横沢町653
電話 026-232-7396
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