「オモシロいクリエイティブ」で課題を解決する・元ラッパー
宮嶋拓郎さん
株式会社OWL(アウル)
豊かな自然を背景にスタイリッシュな若者が歌う、テンポの良いラップ。よくよく耳を澄ませると、聞こえてくるのは地域の特産や地域愛に満ちた言葉の数々。ほんのりミスマッチ感ただようラップは、どこかで一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
以前は「ラッパー」として活動し、現在はさまざまなプロモーションをプランニングする株式会社OWL・代表の宮嶋拓郎さんの横顔に迫りました。
文・写真 文:吉田 淳子(株式会社ビー・クス)、写真提供:OWL
地域への愛があふれる不思議なラップ、歌っていたのは「WRN」というHIPHOPグループです。YOUTUBEのチャンネルには今もたくさんの動画がアップされていますが、もっとも有名なのは、テレビやラジオのCMとして幾度となく流れた「ENJOY!! いくさかの郷!」ではないでしょうか。長野県東筑摩郡生坂村にある同名の道の駅を歌った、生坂村のPRソングです。
♪ちょ~っとそこま~で!いくさかの郷、いくさかの郷♪
けだるい調子の耳に残るループとともに、生坂村の魅力をとにかく並べて歌詞に乗せています。
生坂村 ちいさな村 魅力自慢
これ聞いたら 行かなくちゃ
ウェルカム アイターン
初日から ハイファイブ
子育て支援も超充実
結婚出産 皆で祝福
新規就農研修制度
3年後には立派な農家 堂々
動画では、道の駅で働く人たちや村の老若男女が、リズムに合わせて小さく踊る姿も印象的です。
「WRN」とは、We Respect NAGANO(=長野県を誇る)の頭文字で、実は4人の長野県の職員で結成されたHIPHOPユニット。現在はどこかのアーティストのような「コールドスリープ」状態ですが、その活動は大きな旋風を巻き起こしました。宮嶋さんはメインMCとしてそのクールな歌声を軽快なラップに乗せています。
2012年、長野県の職員として県庁に入職。幼いころからスキーや登山などに親しみ、地元信州で働きたいと考えていた宮嶋さんは、高校生のとき、将来を相談した先生にこんなアドバイスをもらいました。
「長野県で働くなら、『医療』か『農業』しかないぞ。」
まっすぐ、そしてなんと素直に、先生の言葉を受け止めた宮嶋さん。そこから医者になるというのは少し難しいので、もう一つの選択肢として先生が示してくれた『農業』の道を志すことにしました。新潟大学農学部で4年間、農業経済やマーケティングを学び、Uターン。長野県庁に農業の専門職として入職したのです。
最初の赴任地は、長野市から150㌔ほど南にある飯田市。知らない土地で、地域の農業関連事業に取り組みました。若手農家の交流会など様々な企画をし、情報発信をしましたが、人を集めようとしても、県からのアナウンスが一部にしか届かないことが多く、「発信力が足りない!!」と感じていたそうです。折しも、ヒカキンなど「YOUTUBER」と呼ばれる人たちが登場し始め、SNSというメディアが世に知られ始めた頃。宮嶋さんは「これだ!」と、動画を制作してYOUTUBEにアップすることを思い立ちました。
当時、飯田の合同庁舎にいた同期を集め、「公務員HIPHOP」グループを結成。3人が歌い、1人がDJというスタイルで、軽快なラップに乗せて長野県の魅力を発信する動画を制作、2015年、初の動画をYOUTUBEにアップしました。テーマはりんごやぶどう、市田柿といった特産品、自然に囲まれた信州の環境などを歌い上げるもの。メンバーは全員専門分野が異なるため、ネタ(歌詞)作りにはあまり苦労しなかったそうです。以降、精力的に曲を作り、20作品以上の動画を投稿しました。
「長野県魅力発信集団WRN」は話題となり、数々のイベントに出演、メディアにも取り上げられるようになりました。
東京にある長野県のアンテナショップ「銀座NAGANO」でイベントに出演したり、県知事の前
でラップを披露したことも。そんなWRNの活躍が大きく影響したのでしょう。2019年、県は社会に貢献する職員を応援する「地域に飛び出す公務員」制度を整備し、公務員の「副業」を公認することになりました。
「それまで活動資金は自腹でしたが、以降はライブもお金をいただくことができるようになって、イベントなどにも出やすくなりましたね」
2021年、WRNはゲリラライブをしようと計画。場所は、なんと長野県庁の玄関前!!
「BAD HOP(神奈川・川崎を拠点とする8人組HIPHOPクループ)のゲリラライブを川崎駅前で見たんです。新聞の号外のようなチラシを配ってて、カッコよかった」
同様に号外風のチラシをつくり、当日の朝通勤してくる県の職員に配布したそうです。
開始時間(お昼休み12:20~)には100人ほどのオーディエンスが集まりました。5曲ほど披露し、大盛況のうちにライブ終了。その様子は、いくつかのメディアにも取り上げられました。
しかしゲリラといっても、さすが県職。「事前に、財産活用課に申請しました」と、あくまでコンプライアンスはきちんとしています。
長野市にある本庁に赴任し、農産物やジビエ(野生鳥獣肉)販売拡大のプロモーションなどを企画する業務を担当すると、広告代理店やPR会社などの外部業者と一緒に仕事をするようになりました。さまざまな企画を展開するうち、宮嶋さんは次第に外部の提案力に物足りなさを感じ始めたそうです。「オレの方が、ちゃんとやれんじゃね?と思いましたね」
ジビエの消費拡大のため、狩猟ワークショップを開催したり、セレクトショップと共同で鹿肉カレーの缶詰を開発したりなど、宮嶋さんならではの視点で意欲的にプロモーションに取り組みました。
そんな中、2022年に共通の知人に紹介され、現在のビジネスパートナーである豊森登也さんと出会いました。豊森さんは学生時から起業し、飲食店を経営するなど、若くしてビジネスを展開するアントプレナー。業務を「委託する側」から「受ける側」になろうと決意した宮嶋さんは、1年の創業準備期間を経て2023年に退職。2人で株式会社OWLを設立しました。
株式会社OWLが事業のコンセプトに掲げているのは、「社会と人、企業と人それぞれの接点を創出し、オモシロいクリエイティブで課題を解決する」というもの。「オモシロい」という意味は、
「仕様書を言われた通りになぞるより、本質的な課題に立ち返って『こっちの方がよくないっすか』っていう、目的から逆算したプランを提案したいんです。その方が絶対、税金の無駄にならないと思うんですよ」
これまで培ってきた経験と人脈、動画制作のノウハウを生かし、現在は自治体関連の団体を中心に、動画やWEBを活用したプロモーションの企画制作を手がけています。すでに制作実績は多数。しかし、目指すのは動画屋ではない、と宮嶋さんは言います。
「“プロジェクトマネージャー”が絶対に不足していると思うんです。課題を発掘して、解決するためのプロモーション施策を企画・立案して、制作を進行管理する。いちばん重要な役割なのに、ここにお金をかけてない。この段階で確定させておかなきゃいけないっていうフレームを、しっかり組み立てることをやっていきたいんです」
昼夜土日問わず、いっぱいいっぱいに働きたいと話す宮嶋さん。
「ON-OFFの切り替えが難しいタイプなんです。頭を使わないと死んじゃうし、成長したいなら、プレッシャーのかかるブラックな環境じゃないと」
そう自らを追い込む背景には、過去の体験が鮮明に焼き付いているようです。
2019年に赴任した本庁で配属されたのは、希望者も多い人気の部署。しかし、当時はダラっとした雰囲気を醸し出していたと自身の姿を振り返ります。
「ある日、そんな僕を見かねた20歳も上の同僚の方から、『やる気がないならどっか行け!』と強く言われたんです。ハッとして自分の仕事を振り返ってみると、実際の業務としてはほぼ実績がないことに気づき、涙が出ました。これは『陰口を言われないように頑張ろう!』と、そこで社会人スイッチがようやく入りました(笑)。」
そのモチベーションが今でも続いているような宮嶋さん。退職し、安定を手放したことで社会の仕組みを知れた今が「人間3年目」だと笑います。
「たくましい人間になりたいですね。頑張りたい・頑張れる環境を求める若い人と仕事をしたい。そして、常にオモシロく、新しいことをしていきたいです」
あらゆる事柄の「魅力」を発掘し、その伝え方を追求する探究心と行動力。宮嶋さんは世の中のさまざまなモノや人に、それぞれの接点を真面目に見出し、これからもカッコ良く、オモシロく、発信し続けていくことでしょう。
(2026/03/30掲載)