100年以上続く農園を継ぎ、発泡酒「ハードサイダー」など新たなリンゴの楽しみ方を提案
西澤穂孝さん
やまだい農園
長野市長沼地区の赤沼で「やまだい農園」を営む西澤穂孝さんは、曽祖父から100年以上続くリンゴ農家の4代目。リンゴを加工したさまざまな新商品を開発し、新たなリンゴの楽しみ方の文化を広めようと発信しています。
文・写真 松井明子(株式会社ママLife)、写真提供:西澤穂孝さん
「やまだい農園」がある赤沼はリンゴの名産地として知られる地域。リンゴの木は水害に強い特性があることから明治時代に栽培が広まりました。
リンゴ栽培が普及する前は米や桑などの栽培が主に行われていましたが、千曲川の氾濫による水害に生産者たちはたびたび苦しめられてきました。
西澤さんの曽祖父は100年以上前に、いち早くリンゴ栽培をスタート。10年ほど前に西澤さんは父の後を継ぎ、現在、約2haの畑で10品種前後のリンゴを栽培しています。長野県の「信州の環境にやさしい農産物」の認証を受け、通常の農薬基準の半量以下のリンゴ栽培にも取り組んでいます。
「虫や病気を寄せ付けないで、なおかつ食べられるものにするためには、その年の天候を先読みし、対応するための深い知識と技術を要します。病気や虫は温度帯によって変わるので、気候変動の影響で、今までかからなかった病気にかかったりもするので、知識のアップデートが欠かせません」
「誰が食べても安全で、喜んでもらえるリンゴを」という想いは、西澤さんの父から受け継いだ方針です。3人きょうだいの父でもある西澤さんは、食べる人の安心・安全を最も重視。薬を必要最低限にし、自然との対話をより繊細に行っています。
「子どもの頃は農家を継ごうという気持ちは全然なくて、高校卒業後は県外の芸術系の大学に進学しました。スノーボードが好きだったので、プロを目指していた時期もありましたが、体力的な問題やケガ多かったこともあって挫折し、その後は大学時代の経験を生かして、デジタルサイネージを作るIT系の会社に就職しました」
会社勤めをしていた西澤さんにとって転機となったのは父の病気でした。父が農業を続けることが難しくなり、このまま農園を閉じるか、それとも自分が後を継ぐか――人生の岐路に立つことになりました。
「僕はリンゴの名産地で生まれ育ったので、『100年続くこの農園をこのまま耕作放棄地にしていいのか』と自問自答し、継ぐことに決めました。かといって『農業を背負っていく』という重たい気持ちではなく、『新しい事業を始める』くらいの感覚でした。早くからネット販売を始めたり、農業経営で新しいことにチャレンジして楽しむ父の姿を見てきたので、農業に対してネガティブなイメージはなかったですね。
実際に農業を始めてみて、自分の選択で方向性を決められる分、リスクは全て自分に降りかかってくるので、『失敗したらどうしよう』とふと思う時もあります。でも新しいことを始めて一歩ずつでも前に進むことで自信にもつながります。日々精進です」
長野県農業大学校で学び、35歳からの就農となりましたが、妻の有希子さんは反対することはなく、「共働きで私にも収入があったので、特に心配せず『やりたいならやったらいいよ』という感じで見守っていました」と話します。
有希子さんはその後退職し、現在はやまだい農園の経理と加工事業部の部長を担っています。西澤さんと共に新商品の開発などを行い、「新しいことに挑戦して、思いつくことは全部やっていきたい」と話し、西澤さんにとって、夫婦としてだけではなく仕事でもかけがえのないパートナーです。
西澤さんにとってもう一つの転機となったのは、2019年の台風19号による大雨で千曲川流域の広範囲に及んだ水害です。
赤沼を含む長沼地区も甚大な被害に見舞われました。西澤さんの自宅、倉庫、畑は水に浸かり、その年の収益の半分以上は得られなくなりました。
そうした状況の中、長野市には全国からたくさんのボランティアが集まりました。西澤さんの自宅の泥かきや改修、畑の泥やゴミ出しなどもボランティアが手伝い、2~3カ月かけて復旧しました。その後、自宅をリフォームし家電を買い替え、工場や倉庫を新設し、壊れた農機具を全て買い替え、枯れてしまった農地には新しい苗木を植えたり。元の生活サイクルに戻るまでに5年ほどかかったそうです。
「被害を前にして『前に進むしかない。これをきっかけにより強い農家になるんだ』という強い気持ちで復興してきました。それがその後の商品開発や新しいチャレンジにつながっています。あの時、水に浸かってしまった、実ったリンゴを全部地面に捨てるという経験が、前に進むモチベーションにつながっています」
凍霜害で傷ついたり、温暖化による影響などで、生食できないリンゴは年々増えているといいます。水害で水に浸かったリンゴは使うことができませんが、災害をきっかけに、生食できないリンゴを加工し収益にする必要性を痛感し、加工に力を入れるようになりました。
その中で始めた事業の一つが、「ハードサイダー」と呼ばれるリンゴを原料にした発泡酒の開発・製造です。災害後の2021年から、西澤さんと同世代の大町市と小諸市のリンゴ農家が立ち上げた「株式会社サノバスミス」に醸造を委託しています。収穫したリンゴを同社に運搬し、一緒に搾汁してタンクに入れ2~3カ月かけて醸造します。
ハードサイダーの商品名は「風の予感」。生食以外でのリンゴの楽しみ方のムーブメントを広げていきたい、「これから風を起こしていくぞ」との想いを込めています。また、西洋占星術で、「『土の時代』から『風の時代』へ」と、新しい時代が訪れているという考え方があり、「何かにとらわれず自分のやりたいことをやっていく」という意味もあるそうです。
リンゴとハチミツ、ふきのとう、ホップが入っていて、リンゴの酸味、ハチミツの甘み、ホップとふきのとうの苦味の程よいバランスで、シャンパンのように楽しむことができます。ハチミツはリンゴの花からのハチミツで信濃町産、ホップは大町市産で、原材料はオール信州産です。
「長野県でリンゴ栽培を続けていくために、サノバスミスさんのような生産者仲間と、生食以外の楽しみ方も文化として次世代につなげていかなければと考えています。彼らの『サイダー文化を盛り上げよう』という動きに共感しています」
100年以上続くリンゴの産地で、リンゴ栽培を未来にどう継続していくか。気候変動の問題、後継者の問題をいかに解決し持続させていくか――。末永く農業を続けて行けるよう、個人だけはなく地域として持続可能な農業を進めるために、リンゴを巡る西澤さんの新たなチャレンジは続きます。
(2026/03/06掲載)
日本酒ときどきサワー のぶた
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