料理教室から生まれる“あわい”を大切に。 家庭でつくれる、やさしい中華料理を
さかい あきさん
料理教室awai主宰
迷路のように入り組んだ通りを進んだ長野市高田の住宅街の一角に、料理教室awai(あわい)はあります。さりげなく置かれたちいさな看板を頼りにドアを開けると、おだやかに日が差し込む心地よい空間が広がります。出迎えてくれるのは、教室を主宰するさかいあきさん。初めて参加する人もふっと緊張がやわらぐ朗らかさがある女性です。自身で仕事を生み出すまでには、おどろきの行動力で突き進んできました。
文・写真 くぼたかおり 料理写真はDesign Room〈KITE〉須田ゆかさん提供
2021年9月にオープンした料理教室awai。季節の野菜や身近な食材でつくるきばらない家庭料理をモットーに、月に7、8回のペースで開いています。5、6人が座れる大きなテーブルには、その日の料理にあわせたテーブルコーディネートがされていて、到着した人から自由に着席。1人で参加している人が多いので、自然と隣り合う人と雑談が生まれる空間づくりがされています。テーブルの前にはデモンストレーションの様子がよく見えるIランド型の広々としたキッチン。奥には教室で使うキッチン道具が整然と並んでいます。
「この教室は、夫の実家の敷地にある建物を改修したものです。結婚を機に東御市から長野市に引っ越して、家事育児に専念していました。しばらくして料理に関する仕事を得て勤め始めたのですが、自分のやりたいこととは異なって……。そんなときに子どもを通じて仲良くなった女性たちからの後押しが励みになって料理教室を始めることにしたんです」
そこにいたるまでには本当に私ができるのだろうか。教室に通ってくれる人はいるのだろうかという不安が何度もよぎりました。わざわざ通いたくなる教室とはどんなものだろうとリサーチを重ねて、長野市エリアでは教えている人があまりいなかった中華料理を軸にすることを決めました。
大切にしていることは、自宅でも気軽につくれること。材料も道具もなるべく一般家庭で揃うものを考えながら、レシピはポイントや工夫をわかりやすくまとめるようにしています。
「教えるときに大切にしているのは、おもわず家族に食べさせたくなる、やさしい中華料理です」
実はさかいさん、中華料理とは少々……いや、だいぶ縁があります。時は遡って高校時代、友人たちとの時間を楽しむ一方で日本的な教育方法に窮屈さやつまらなさを感じ、このまま日本の大学に進学して良いのだろうかとモヤモヤとした思いを抱えながら過ごしていました。
「特に原因があったわけではないのですが、当時は熱中するものもなくて、このまま日本にいてはつまらないと漠然と感じていたんです。とにかく今の環境から飛び出してみよう。そんな思いだけで留学を決めて、英語圏以外の国にしようと選んだのが中国でした」
こうして卒業後は、北京語を学びに北京言語文化大学に進学。当時は発展途上の最中で、寮生活の部屋にゴキブリが出る、シャワーのお湯が出ない、エレベーターが落ちる、出先のトイレに扉がないなどが日常茶飯事で、生活をするだけでも大変なことがたくさんありました。それでも出会った人たちからは、個人を認める文化のようなものを感じ取れて、次第にのびのびと過ごせるように。
「大学には、さまざまな国からの留学生がいました。たとえば国費で来ているアフリカの学生はとても優秀で、真面目に勉強していました。多国籍な環境が当たり前なので、みんな同じじゃない、違って当然だということを理解し、認め合うことが自然と育まれていて、それがものすごく心地よかったんです」
大学卒業後はそのまま北京で通訳業をするように。番組制作で来たテレビ局の通訳担当として仕事をしていたある日、さかいさんが東御市出身だと知ったディレクターさんから「東御市といえば、料理研究家の山本麗子先生がいるね」と声をかけられました。山本麗子先生といえば、「きょうの料理」「キューピー3分クッキング」などのテレビ出演をはじめ、数多くの料理本を出版するなど料理研究家として活躍されている方です。しかし、当時のさかいさんはまだ知らず、テレビ局の人が知っているほどの活躍をされている方が地元にいるんだと記憶に止める程度でした。その後、盲腸で入院。一時帰国して地元の東御市で療養していたときに、ふと山本麗子先生のことを思い出したのです。
どんな料理教室だろう。興味が湧いたさかいさんは、山本麗子先生が主宰するお菓子と料理の教室「Sweet Heart」に参加することに。
「初めて先生の教室に行ったときに習ったのが、マンゴーケーキでした。完成したケーキを食べたとき、そのおいしさに本当に感動したんです。同時に、こんなにおいしいものを自宅でつくれるようにレシピを考案して教えていることにもおどろきました。もともと料理が好きで、小さい頃から自分でもお菓子などをつくっていたのですが、先生のもとで学びたいとその場で弟子にしてくださいとお願いしたんです」
当時、すでに数人のアシスタントを抱えていたことから「本当にやりたいのか1カ月かけてゆっくり考えてみて」とアドバイスを受けたのでした。1カ月後、気持ちに変わりはなかったさかいさんは、あらためて先生のもとを訪問。結果、アシスタントのサポートから入らせてもらうことになり、気がつけば先生のもとで10年学びました。
「たとえば料理教室をするときにどこまで下準備をしておくと円滑に進むのか、レシピをどうまとめるのか。あらゆる場面で気を配りながら進めている先生の姿を見ながら学んできました。時には厳しく指導を受けることもありましたが、それは私たちが外に出ても困らないように最善を尽くしてくれたんです。当時はよく『10年経てば、私の言っていることがわかる』と言われたのですが、料理教室を自分で始めてからはその意味がよくわかります。先生のところで学ばなかったらawaiはできなかった。それくらい感謝しています」
麗子先生のもとで学び、気が付けば30代半ばになっていたさかいさん。そんな時に先生がつないでくれた男性と縁があって2009年に結婚。長野市に引っ越し、awaiがある高田エリアで暮らし始めるように。その後2人の子どもに恵まれ、しばらくは家事育児に専念しました。上の子が小学校に入学したのを機に調理関係で復職したものの、自身で料理教室をするという夢が次第に膨らんでいきました。そんなとき、背中を教えてくれたのが身近にいる友人たちでした。
「自分で料理教室ができるのかと迷っていたとき、教室を開きなよ! 私も通うよ! と友人が励ましてくれたんです。教室名で迷っていたときには別の友人が“あわい”はどう?と提案してくれました。あわいは漢字で“間”と書く、距離や関係性をあらわす言葉です。私の教室を通じて料理と人、参加する人と人といったように、なにかの関係をつなぐ場をつくれたらという私の思いにぴったりだなと気に入りました」
教室は一人一人がしっかり参加してもらえるよう少人数制にしています。さかいさんが事前に用意したレシピに沿って、おしゃべりを交えながらデモンストレーションをしていきます。教えるのは主菜を中心に副菜、スープ、そしてデザートです。筆者が参加した日は肉まんをメインに、具だくさんの酸辣湯(サンラータン)、豆とキュウリのサラダ、ヨーグルトムースを教えていました。時折具材のカットや肉まんの包み方といった大切なポイントは、生徒も体験。合間には蒸籠についての質問に答えたり、酸辣湯を簡単に味わいの良いスープにするための工夫や、食材を変えてつくる場合のおすすめなど、自宅に戻ってからもくり返し作れるように丁寧に伝えていきます
料理がすべて完成したら、みんなで食事タイム。さかいさんがうながさなくても自然に生徒さん同志がおしゃべりしたり、確認し合ったり、配膳や片付けを手伝ったりとゆるやかな連帯が生まれていきます。初めて参加する人でも臆することなく溶け込める環境づくりが、その場を共有する全員に浸透しているようです。
そして、awaiに込めた思いは教室だけでなく、外にも広がっています。柳原にあるこうじ専門店24koujiyaと麹を用いたオリジナルのお菓子レシピを考案したり、若穂にあるやまざき農園の大豆を使った味噌づくりなど、さまざまな生産者さんともつながりながら、食材そのものにもフォーカスした教室を開催することも。
「なかでも教室のフライヤーを制作してもらったり、料理写真を撮影してもらっている台所用品と民藝の店 オーロラキッチンとの出会いは、私に大きな影響を与えてくれました。お店で扱っている器も本当に素敵なものばかりで教室で使うことも。たまに生徒さんからおすすめのキッチンツールについて質問があったりしますが、使う人の体格によって使い心地は異なるんですよね。なので、それよりも盛り付ける器に気を配ってみませんか? とお伝えするんです。いつもの料理でも器が変われば見え方もぐっと変わるので、お気に入りの器を探してみるのもおすすめです」
awaiを始めてからというもの、いつも教室のことを考え、時には焦りながら走り続けてきたさかいさん。「最近までは休むのが少し怖かった」と語りながらも、教室に通い続けてくれる人たちに楽しい時間を届けられるよう心の余裕を持ち続けたいと、時にはスローダウンしてインプットする時間も設けたいと語ります。
「教室、子育て、いろいろあるのですが、弾丸でも良いから台湾旅行しようかなって。そういう時間が、今後のレシピにもきっと活きてくると思うんです」
麗子先生の教室で初めて食べたマンゴーケーキが、その後のさかいさんの人生を変えたように、awaiの教室で覚えた料理がだれかの人生に寄り添い、楽しくするきっかけになることを願って、これからもワクワクするレシピを考案していることでしょう。
(2025/03/25掲載)