FEEL NAGANO, BE NATURAL
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ながのを彩る人たち

LIFE

自分らしく
自然体で生きる

どちらかではなく“2トップ”が基本。
ワイン造りを通して育む私たち家族の働き方、暮らし方

松本大輝さん

衣里子さん

ぶどうやぶ 代表取締役

メインビジュアル

2024年10月18日、国道19号と犀川に挟まれた信州新町日原東地区に、地域住民をはじめ長野市長らが集まりました。この日、信州新町で初となるワイナリーが完成し、お披露目会が開かれました。
経営するのは、松本大輝さんと衣里子さんご夫婦。ここにいたるまでにさまざまな経験を経て、2人で一緒に、2トップで働こうとワイナリーを造るまでの夫婦のものがたりを伺いました。

文・写真 くぼたかおり

もっとワクワクしよう。仕事を辞めてニュージーランドへ

犀川沿いに国道19号を西に進んだ先にある長野市信州新町。町の名産といえば、国道沿いに専門店が立ち並ぶジンギスカン料理をはじめ小梅の生産が多いことでも知られています。そうした中、2020年から日原地区の櫟(くぬぎ)平という場所でワイン用ブドウの生産を始めた夫婦がいます。それが、今回ご紹介する松本大輝さんと衣里子さんです。

北海道札幌市出身の松本大輝さんは、テレビドラマ「オレンジデイズ」で理学療法士という仕事を知り、人と関わり合うことや誰かの手助けになれることに興味を抱いて専門に学べる大学に進学。一方、衣里子さんは信州新町下市場の出身で、中山間地ながら当時は1学年50人ほどいて活気があったと言います。それでも当時は田舎で暮らし続けるというイメージが湧かず、看護の道に進みました。ともに国家資格を取得。大輝さんは理学療法士、衣里子さんは看護師となり、2011年に就職した松本市の病院で2人は出会いました。その後、2014年に結婚。ヨーロッパをめぐるクルーズ船での新婚旅行が、その後の働きかたを考えるきっかけになりました。
 
「新婚旅行ではイタリア、クロアチア、ギリシャ、サントリーニ島などを巡りました。初めて見る景色や料理にワクワクして、もっといろんな国を巡って生活してみたいと思いました。仕事はとても大きなやりがいを感じていましたが、なかなか休めない状況だったのも事実。新婚旅行をきっかけに、若いうちにいろんな経験をしてみたいと思うようになりました」(大輝さん)

 
お酒を楽しむのが好きな2人は、旅行中に立ち寄った先々で出合ったワインにも興味を持ちました。
 
「ヨーロッパはワインの産地で、日常的にお酒を楽しむことが根付いているのを実感。私はお酒によってどんな料理を作ろうかペアリングを考えるのが好きで、観光以上に食べたり、飲んだりする時間を楽しんでいたんです。旅先でそういった時間に触れられたことが、のちにワイン造りの原動力につながったのかもしれないなって」(衣里子さん)
 
こうして2016年に退職した2人は、ワーキングホリデーの制度を活用して2016年にニュージーランドへ旅立ちました。

(写真提供:松本さん)

仕事よりもプライベートを大切にする文化。時間の流れや使い方が変わった

そもそもワーキングホリデーのビザは観光、就学、就労ができるので、現地に行ってから何をするかは本人の自由です。大輝さんと衣里子さんは「外国で暮らしてみたい」という目的からニュージーランドに行きましたが、その後のステイ先を何も決めていませんでした。
 
「まずは暮らしてみたいエリアを探してみようと思って、現地で車を買うことだけを決めていました(笑)」(大輝さん)
 
そこで最初は、空港もあってニュージーランドの玄関口であるオークランドに1週間ほど滞在しながら、調達した車で自由気ままに巡り始めたのです。
 
「でも、私たちが入国したときがちょうどイースター休暇だったんです。店はどこも閉まっていて、大変なときに来ちゃったなと少しだけ焦りましたね」(衣里子さん)
 
行動力が抜群に高いのがうかがい知れるエピソード! こうして毎日ドライブしながら住みたい場所を探し、1カ月半ほどしてたどり着いたのが南島の町・クイーンズタウンでした。

(写真ACより)

ビクトリア女王が暮らすのにふさわしい街として名が付いたクイーンズタウンは、リマーカブル山脈やワカティプ湖など豊かな自然に囲まれたリゾート地です。小さな街でありながら中心地には世界各国の飲食店が立ち並び、観光客も多いことから仕事を見つけやすそうだと選びました。そして大輝さんは日本人観光客向けのツアーガイド、衣里子さんはダイニングレストランで働き始めました。
 
「ニュージーランドで初めて働いてみて驚いたのは、時間に正確に働いているということでした。残業はないし、1カ月以上の休暇もすんなり取れる。休む権利が当たり前にあって、自分たちも日本にいた頃とは時間の流れ方が変わったし、メリハリが生まれました」(衣里子さん)

(写真提供:松本さん)

2人で現地の大学に入学。ワイン栽培と醸造について学問として探求

ニュージーランドにはワイナリーも多く、ヴィンヤードが広がる気持ちいい景色を見ては、こんなところで働くのもいいよねと話しているうちにワイン造りへの思いが強まった2人は、リンカーン大学でワインの醸造について学ぼうと進学を決意。学費を貯めるためにオーストラリアに渡って農園で1年働き、その後は大学の入学に必要なIELTSのスコアを取得するためにフィリピンの語学学校にも3カ月間通学し、再びオーストラリアで1年半就労。そして2019年、リンカーン大学ブドウ栽培・ワイン醸造学部に2人揃って入学しました。

(写真提供:松本さん)

「ニュージーランドに来た頃は、まさか自分たちが大学で勉強することになるとは思っていなかったけれど、生活しているうちにワイン造りへの思いが膨らんで……。こうやって2人一緒に日本を飛び出して外国に来たというのが、それ以降の自分に大きな変化を与えたんです。いろいろありながらも意外にやっていけるという自信を積み重ねるうちに、大学も目指せるんじゃないかなと前向きに考えるようになった。環境がマインドを作るんだなって実感しています」(大輝さん)
 
1年間の大学生活では、大学校内にある広大なブドウ畑で実践を積みながら、栽培から収穫、醸造に必要な知識と技術を習得。漠然と憧れを抱いていたワイン造りも、1年間大学に通い学問として深めることで、ビジネスとしてどうできるかが明確になりました。

(写真提供:松本さん)

卒業と同時に労働ビザも発給され、まずはニュージーランドのワイナリーで働くという選択肢もありましたが、一方でそれぞれの故郷である北海道や長野県で始めようか模索し始めた2人は、一時帰国した2019年11月、立ち寄った衣里子さんの実家がある信州新町で理想的な土地と出合ったのです。

ラベルに込めたのは「信州新町でつくる、日本のワイン」

そこは、かつて牧草地として飼料用の草を育てていた約2ヘクタールの農地でした。日当たりが良い立地と水はけの良い土壌、山間ながらまとまった広い土地にブドウ棚が広がる風景がイメージできて、すぐに契約に進めました。

「両親は最初こそ心配しましたし、それこそ仕事を辞めると伝えたときはもったいないとも言われました。でも、どちらかと言えば看護師と理学療法士の国家資格を取得しているからこそ、いつでも戻れるという大きな後ろ盾にもなっていたんです。今はもちろん、応援してもらっていますよ」(大輝さん)
 
一時帰国のつもりがそのまま本帰国になって、2020年4月にはメルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ソーヴィニヨン・ブランといった定番品種を1500本植樹。山間地に生息する野生動物にかじられたり、思うように活着しないと気を揉むこともありましたが、こまめに草刈りや水やりを行い、余分な枝を取り払いながら育てたい枝を見極めるなどの日々の作業を続けました。苗木が信州新町の環境にどれだけ順応するかが課題ではありましたが、翌年には収穫できて、成長の速さに驚いたと言います。

「その後シャルドネ、セミヨン、モンドブリエ、アルバリーニョなど11品種、6000本まで増えました。日本は雨量が多いので病気になりやすかったりするので、そういった環境に強くて、ちょっと個性的な品種を選んでいます」(大輝さん)
 
3年目にはまとまった収量が取れ、自分たちが試してみたいアイデアを伝えつつ委託醸造で白ワイン500本と赤ワイン1000本を完成させました。
 
ワインの顔となるラベルは衣里子さんがデザインしています。畑がある場所は昔、食用のブドウが栽培されていたことがあって「ぶどうやぶ」と呼ばれていたという歴史から、自分たちの会社名を株式会社ぶどうやぶにしました。
 
「外国産のようにおしゃれなラベルも多いですけど、あえて外国語は使わずに日本語にこだわって、長野市信州新町で造っている日本のワインということをしっかりとアピールしたいと考えました。私たちは生産することで手いっぱいだけど、信州新町という地名をしっかり刻むことで、だれかに届いたらいいなという願いもあります。それが私たちなりの地域活性化かなって」(衣里子さん)
 
イベントなどに出店すると、日本語デザインが思いのほか目に止まるようで、特に女性から良い評価をいただく機会が増えていると言います。

家族が暮らしていくためのワイン造りが、独自のライフスタイルにつながる

こうして着々と栽培を拡大しながらも、年間を通じて収入を確保するために野菜の栽培もスタート。地元のおやき店やJAに卸したりもしています。さらには2024年10月にはワイナリーも完成し、自分たちで醸造まで一貫して行えるようになりました。
 
「栽培したブドウの良し悪しや、完成したワインが自分たちが望むものなのか。その答え合わせは1年に1回しかできないんです。僕たちはいま36歳で、たとえば70代まで続けたとしても自分たちが生み出すワインという作品は、後40回しかできない。1年1年が本当に貴重なんです」(大輝さん)

収穫したさまざまな品種のブドウの個性を見極め、つくりたい味や香りなどを思い描きながら醸造に落とし込む。そこには終着はなく、常に探求があります。それでも研究の先には、ぶどうやぶならではのラインナップを増やしていきたいという構想も。
 
ワイナリーも稼働し、これから事業規模を大きくするのかと思いきや、2人の反応は違いました。
 
「これまで私たちは常に一緒に突き進んできました。だからワイン造りも同じで、2トップでいることを大切にしています。2023年に出産をして子育て中なので、しばらくは夫ひとりで作業してもらっていたけれど、少しずつ復帰できるようになったので、それぞれの立場で支え合いながら仕事したいです」(衣里子さん)
 
「ワイナリーが完成したことで拡大するのか聞かれることもあるんですが、僕たちは造り手として責任を持ちたい。この仕事は僕たち家族が暮らしていくためにあるので、すべて自分たちの目が届く規模であり続けたいんです」(大輝さん)
 
必要以上の上昇志向よりも、自分たちがいかに納得しながら仕事と暮らしを両立させるのかを大切にしている2人。一年、また一年と着実に成長し、豊かに実るブドウの木のように、松本さん家族ならではの生き方が、ワイナリー経営の中に詰まっているように感じました。

会える場所

ぶどうやぶ

長野市信州新町下市場412-7

電話:090-6268-6942

Instagram:https://www.instagram.com/budoyabu/

Instagram:リンクはこちら

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