歯医者さんとインスタグラマーの2つの顔。「美味しい」の共有で地域を元気に!
笠井宏二さん
笠井歯科医院 院長/インスタグラマー
長野市のインスタグラマーといえば、この方を思い浮かべる人も多いでしょう。現役歯科医師でもあり、人気グルメブロガー兼インスタグラマーの「はいしゃ(@hahahaisha)」さんです。日頃から「はいしゃ」さんの投稿を参考に、ランチに行く場所を決めているという人もいるのではないでしょうか
アカウント名の通り、長野市に自身の歯科医院を構え、「歯医者」さんをしながら、「はいしゃ」さんとして、ほぼ毎日欠かさずInstagramで発信し、人気を博している笠井歯科医院の院長・笠井宏二さんにお話をお聞きました。
文・写真 原 有彩(株式会社ビー・クス)
生まれも育ちも長野市。両親ともに歯科医師だったという笠井さんは、働く両親の背中を見て育ち、ごく自然な流れで歯科大に進み、歯科医師になりました。大学卒業後、数年間都内クリニックで勤務した後、家業である笠井歯科医院を継ぎました。
「予防」に力を入れ、患者さん一人一人に誠実に寄り添う治療で、まちの歯医者さんとして信頼の厚い笠井さんが、忙しい診療の合間を縫って訪れるのは、長野市を中心に県内各地の人気カフェや話題の飲食店です。その様子をレポートした投稿が大人気になっています。
笠井さんの発信の歴史は長く、さかのぼること約12年前、家業を継ぐため長野市にUターンしたタイミングではじめたブログがきっかけでした。最初は「自身の医院の宣伝になれば」と歯科医師として豆知識や医療情報を発信していましたが、なかなかアクセス数が伸びません。
そこで、もともと趣味だった食べ歩きの記録を投稿してみたところ、その情報量の豊富さと、キラキラとした美しい食べ物の写真の数々で注目を集め、すぐに人気ブロガーの仲間入りを果たしました。その後もブログと並行しながら、SNSへと発信の拠点を広げていきましたが、「はいしゃ」さんの知名度をぐっと高めたのがInstagramでした。
「Twitterやブログは『言葉』が中心のメディアだけど、Instagramは写真や映像を介した発信なので、『画』にこだわる僕のスタイルに一番合っていたんじゃないかな」
今では、3.1万フォロワー(※2024年10月現在)を誇る人気アカウントになりました。
笠井さんがカメラを本格的にはじめたのは大学時代。写真部に所属し、当初は「人」を被写体として活動していたそうですが、
「人を撮るときは、必ず相手とのコミュニケーションが必要でしょ。お互いのスケジュールを合わせなきゃいけなかったりするのも段々と億劫になってきて。その点、食べ物は何も言わないし(笑)、食事は毎日必ずするものだから絶好の被写体だなと」
以来、もともと食べることが好きということもあり、独自でフードフォトの道を究めるようになりました。
実際に、笠井さんに撮影の様子を見せてもらいました。
いつも持ち歩いているカメラバックには、ミラーレス一眼カメラ、アクションカメラ、電動ドリー…と、
これまでの長いキャリアの中で厳選されてきたこだわりのギアが入っています。
「『映え』を重視している人は、背景やシチュエーション、小道具にこだわるのかもしれないけど、僕の場合は、とにかく目の前の食べものをいかに美味しそうに撮るか、その1点だけなんだよね」
そのために重要なのは「光の入り加減」なのだそう。「自然光が入る窓際の席をなるべく狙って座るようにしている」と笠井さん。行きつけの店では、もはや笠井さんが何も言わなくても、空いていれば自動的に窓際のテーブルに通してもらえるそうです。
「冷めたり、溶けたりしたら、せっかくの料理が美味しくなくなっちゃうから、いつも時間との勝負」と笠井さん。被写体である食べ物に黙々と向き合い、少数精鋭のギアを駆使して手際よく撮影を進めていきます。
そのタダモノではない撮影の所作を見て「あの…もしかして『はいしゃ』さんですか…?」と現地で声をかけてくるお客さんもいるのだとか。
撮影後は、医院の奥にある「編集専用部屋」にこもって、撮った写真や映像をかなり細かく補正していきます。
ここでもこだわるのは「いかに美味しそうに見えるか」の1点。
「美味しそうに魅せてあげないと、作った人にも、食べ物にもかわいそうだから」というのが笠井さん流。思わず「うわぁ、食べてみたい」と画面に惹き込まれてしまう笠井さんの投稿の数々はこうして生まれるのです。
今では「その撮影テクニックをぜひとも教えてほしい」と市内カルチャースクールから講師の依頼もあるそう。好評につき、忙しい本業の合間を縫って年に数回教壇に立っています。
教室には、ブログ時代からの「筋金入り」のはいしゃさんファンも来てくれるのだとか。「頼まれると断れなくてね」と苦笑いする笠井さんですが、その表情はどこか嬉しそうです。
笠井さんの投稿をきっかけに、人気に火が付いたお店は数知れません。
しかし、ここまで人気があるにも関わらず、Instagramをビジネスに結びつけるつもりはこれまでも、そしてこれからも無いとキッパリ。
笠井さんにとって、Instagramは自分の感性を表現する場なのだそう。
「同じ被写体でも撮る人にとって全然違うんだよね。構図からはじまってコントラストやハイライト、色温度をどう調整するのか、その人の“感性”が如実に出るんだよ」と笠井さん。
「Instagramを通して自分の感性を表現して、それが多くの人から評価されれば単純に嬉しいし、僕の投稿でお客さんが増えてお店の人にも喜んでもらえるなら、なお嬉しいって感じかな」とさらりと語ります。
どこまで行っても、笠井さんにとってInstagramは「趣味」の世界。だからこそ競争・変化が激しいSNSの荒波の中で、長く活動を続けられているのかもしれません。
写真や映像など「画」の表現にこだわる一方で、文章で表現すのは実はちょっと苦手という笠井さん。「他の人の投稿を見ると、みんなうまいよね。僕はあんなに上手で長い文章は書けないよ」と笑います。今は技術が進歩し、笠井さんの代わりにAIが投稿する文章やナレーションの原稿を考えてくれるそう。もちろん情報に誤りがないよう手直しはしますが、
「ほんと、いい時代になったよね~(笑)」。
こちらが拍子抜けするくらい、肩の力が抜けています。
「最盛期から大分頻度は落ちた」とご本人は言いますが、それでもほぼ1日1回以上のぺースで投稿を続ける笠井さん。
「もはや歯磨きと一緒で、『やらないと気持ち悪い』というか、『やるのが当たり前』みたいな感覚」
人気を博しても投稿ペースを維持できず、多くのインスタグラマーが挫折し、消えていく中で、本業の歯科医院を経営しながら年中無休での発信生活をかれこれ10年以上続け、それでも「趣味」と割り切ってしまう笠井さんには、ただただ脱帽です。
歯科医師とインスタグラマー。全く異なる2つの道も、振り返れば「食」で交差しているかもしれないと
笠井さんは言います。
「美味しいものって、人生のしあわせに直結していると思う。自分自身も食べることが好きだから、歯科医師として歯の健康を守ることで、地域の人たちの『美味しく食べる』を支えられるのは、大きなやりがい」
一方、長野の「美味しいもの」を発信する意義としては
「『こんなに美味しいものがあるよ』ってみんなに知ってほしいし、美味しいもの、新しいお店にどんどん人が集まって、地域が賑わってくれたら、地域の人間としては嬉しい。自分の地元が廃れてしまったら悲しいもの。微力でも情報発信を通して、地域を盛り上げるお手伝いができればいいよね」
今後も2つの活動を続けつつ、TikTokなど新興のSNSでの展開も考えているという笠井さん。
「”止まる”のはよくないと思っていて。何歳になっても時代の流れに適応していく自分でありたい」
美味しいものを美味しそうに撮って、美味しく食べる。このシンプルな流儀のもと、今日もどこかのお店で、黙々とシャッターを切る笠井さんの姿があるでしょう。
(2024/11/20掲載)
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