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#26

農家民泊・ファーマーズレストラン「KOKONOE」水谷翔さん

三重県出身
農家民泊・ファーマーズレストラン「KOKONOE」 水谷翔さん
長野でよかった! Mizutani's Voice

昔から里山に伝承される農法や発酵食、乾燥野菜、暮らしの技は、現代社会でたくましく生き抜く知恵であり、山の賢者である戸隠の皆さんとの出会いに感謝しています。農民という現場型モデルと大学院の研究室で得た知識が混ざってくることで、次々と方向性や可能性が見えてくることにもやりがいを感じています。

Profile

1986年三重県生まれ。愛知県の私立大学を卒業し、社員研修・コンサルティング系の企業に就職して法人営業・企画を担当。その後、山梨県で音(周波数)の仕事に携わり、2016年7月、長野市地域おこし協力隊(戸隠地区)に着任(2019年6月まで)。2018年9月、農家民泊・ファーマーズレストラン・ビオファーム「KOKONOE」オープン。信州大学大学院総合理工学研究科に在籍し、土壌微生物の菌叢解析に取り組む。ながの食品加工マイスター(同大学院「ながのブランド郷土食」認定資格)。土作りアドバイザー(土壌医検定認定資格)。ハウスクリーニング士3級(日本ハウスクリーニング協会)。

移住までの道のり

1986三重県生まれ
2006大学在学中にビジネススクールに通い、学生団体の代表も務め、三重県庁主催のビジネスプランコンテストで優秀賞を受賞
2010愛知県名古屋市の社員研修・コンサルティング系の企業に就職
2012山梨県北杜市小淵沢町で音(周波数)の仕事に従事
2015導かれるように雪のなかの戸隠神社奥社に到着し、移住を決意
2016長野市地域おこし協力隊(戸隠地区)に着任し、戸隠に移住
2018信州大学大学院修士課程に進学、「KOKONOE」オープン

高度情報化社会で心身を根本からアップデートできる戸隠へ

神話の時代からの聖地として知られる長野市戸隠地区。そんな戸隠の見えない力に引き寄せられるようにこの地にやってきたと話すのが、農業体験ができる農家民泊と旬の素材を使ったファーマーズレストラン「KOKONOE」を営む水谷翔さんです。

「修験道の歴史が長い戸隠ほど日常生活に信仰心が根付いた場所はなく、知り合いが神主の格好をしているのも日常。本当に大事にしなければいけないことに向き合える環境で、自分の内面を探求し、農作業を本気で行うことで心身の鍛錬をしたいと思ったんです」

水谷翔

こう話す水谷さんは三重県出身。専業農家だった祖父母の影響で昔から農業への憧れがあったそうですが、名古屋市で過ごした大学時代は経済学部で学びました。ただ、当時は大学の勉強に意味を見出すことができず、消費型のライフサイクルに漠然とした焦りを感じていたそう。そんな時、成功を収めた経営者や起業家、専門家などと出会い、人生観や世界観を聞くなかで、次第に「人はなんのために生きるのか? どこから来てどこにいくのか?」という哲学的な考えに思いを巡らせるようになったと言います。そして自己研鑽のためにビジネススクールに通い、三重県庁主催のビジネスプランコンテストで発表。大学2年生の時に優秀賞を受賞した農業のプランが、現在の戸隠での取り組みにつながっているそうです。

とはいえ、大学卒業後にすぐに農業へと進んだわけではなく、名古屋市内の社員研修・コンサルティング系の企業に就職。働くなかで、世の中にうつ病など心の病で苦しんでいる人がたくさんいることを知り、人が健康になったり気持ちが前向きになることについて興味をもつようになったと話します。

「どうすれば人が輝き、勇気に満ち、知的生産を上げていけるのか? 人生を自分の裁量で切り開いていけるのか? という、人生の大切な問いかけの発見に至りました。もともと哲学書が好きで、人間学の書籍なども読み漁り、生命の不思議について考えていたことが拍車をかけました」

水谷翔

そんななか、ふたつの大きな出会いがありました。ひとつが、人間離れした行法を行う古神道の行者夫妻。その並々ならぬエネルギーと生き様を見て、価値観が変わるほど衝撃を受けたそう。同時期に水谷さんの家族が短命で他界したり、病床に伏したことから、どうしてそんなことが起こってしまったのか? という問題提起が深まり、人間の魂や生きている本当の目的などをより考えるようになったといいます。

もうひとつが、スピリチュアルな考えを大事にしている科学者であり、実業家である博士との出会い。東洋医学などの考えを取り入れて、音(周波数)で病気や体調不良の原因診断をし、健康管理を行うメソッドに感銘を受けた水谷さんは、社員研修会社から、山梨県北杜市小渕沢町にあるその会社へと転職を果たしました。

水谷翔

博士のもとで4年間働くなかで、メソッドを通じて体調を改善する人を目の当たりにし、古神道の行者夫妻も含め、並外れた力の持ち主の根源力は何か? を考えるようになったそう。同時に、仕事で分野を超えた幅広い人々と出会い、その縁や考え方に触れ、「現代は精神面、身体面に悩みを抱えている人が多く、世界情勢も経済も政治も混乱し、自分の身体自体も本来の力より弱くなっている」という感覚を覚えたと言います。

「社会的に地位や名誉を手に入れた人も少人数のクローズな場でお会いすると、家庭や健康の問題を驚くほど多くの方々が抱え、漠然とした恐怖と不安に苛まれている生々しいケースがあるのはどうしてか? と考え、思考力も身体自体も弱い自分を根本的にアップデートし、もっと深部から鍛え直さないと、との思いから、修行ができそうな場所を探しました。そして2015年の冬、雪のなか、ほぼ吸い込まれるようにたどり着いたのが戸隠神社の奥社でした」

社殿に到着した時、「ここでは相当な修行ができる。自分の内面と対話し、自分の身体を使って積み上げていかないと納得できない。この感情を大切にしよう」と思ったと言います。そして移住を考え、すぐに長野市役所の人口増推進課を訪ねました。

水谷翔

「農業と食」の観点から戸隠で地域おこし協力隊として修行

「戸隠でどう修行をするかを考えたときに、専業農家で育った原点体験と、博士も古神道の行者夫妻も食が人にもたらす影響を考えていたことから、農業と食だと思ったんです。そこで、戸隠では農民のような自給自足の暮らしで自分を鍛えたいと思い、行政の方にも伝えました」

すると、驚くほど早いスピードで圃場付きの一軒家の家主と縁ができ、トントン拍子で手はずが整っていったそう。さらに戸隠で農業を中心とした地域おこし協力隊の募集情報も得られ、2016年に着任しました。

「戸隠は神社や歴史、宗教などの文化的資産と自然が豊富で、農業と食を中心に切り開けば面白いに違いないという予感がしました。また、微生物にも興味があり、有機物が多い戸隠の土地で土壌微生物に注目した農業を探求することも自分のなかの修行だと感じました」

水谷翔

協力隊員としての任務のメインは戸隠の農産物を売ること。そこで目を付けたのが、高原など冷涼な土地でしか生育しない花豆の栽培です。全国的に貴重なため高値で栽培されている花豆を、国内でも最高値で販売している築地市場の老舗豆問屋に問い合わせたところ、大粒で実の厚い有機栽培であれば全部購入すると言われたことがモチベーションになり、5反歩もの耕作放棄地を開墾して栽培しました。

「戸隠産の花豆が東京に出回ることで、戸隠の名前も広まり、多少でも地域に貢献できればいいなと思いました」

水谷翔

このほかにも、民泊や加工品の製造など、協力隊員としてのさまざまなミッションをこなしつつ、水谷さんがもっとも興味をもっていたのが、土を肥沃にする土作りでした。土中には植物を優勢に生育させるような微生物がたくさんいるのに、化学農薬が土中に入ると殺菌され、自然界のリズムが作り上げた多様性の損失を招くのだそう。そこで、発酵熟成させた堆肥を入れることで土壌の微生物の多様性を高め、それによって野菜の品質を向上させ、日もちもする農作物を栽培しています。

こうした知識をより本格的に基礎研究から勉強しようと、2018年には信州大学大学院の総合理工学研究科生命医工学専攻に入学。現在は微生物の機能解析を行うゲノム系の研究室で土壌微生物の菌叢解析に取り組んでいます。

「大学院で肥料がなくても野菜が生育するメカニズムやプロセスが専門的にわかってくると、微生物の働きがロジカルに理解でき、さらに農業が面白くなって高品質の野菜作りにもつながっています」

水谷翔

大学院の修士課程は2019年度で修了ですが、今後は微生物の働きを生かして人と社会に役立つ具体的な方法論の探究と確立をめざし、博士課程に進むことも決まっているそうです。

実体験を生かした「KOKONOE」を開業し、さらなる出会いと刺激を求めて

そして、地域おこし協力隊の経験やこれまでの知識を戸隠から世の中へと伝えていくサービスの事業化を考え、地域おこし協力隊3年目の2018年、水谷さんに続いて戸隠に移住した妻の江希(みずき)さんと「KOKONOE」をオープンしました。江希さんは都内で料理教室の講師をしていた経験とマクロビオティックインストラクターの資格をもちますが、開業にあたってはふたりで週1回、都内のフレンチレストランのシェフのもとを訪ね、約10カ月間、指導を受けたそう。

水谷翔

「大学院に通いながらの開業でしたが、今のところの手応えは悪くありません。ただ、過疎地ではあるので工夫とブラッシュアップは必要で、情報発信力の強化と、波長の合う方々とコラボレーションすることが大事だと実感しています。そのひとつとして、農と食のベースと、音の仕事で習得した海外の会員制高級リゾートホテルにも導入されていたフェイシャルエステのメソッドを生かし、“美と健康”の分野とのコラボを考えています。誰もやらないことをやり、イノベーションを起こしていきたい思いは常にあります」

その目的を果たすため、戸隠での生活は「自分たちの思い描く暮らしの型を作る時期」と捉えていると話す水谷さん。

「ここは修験道の聖地なので、自分自身と向き合ってパワーを得ていく関わり方ができる場所だと感じています。そんな戸隠で、今は仕事やライフスタイルを勉強させていただいている感覚です」

水谷翔

これからも、修行の場であり、アイデアの源泉で、出会いの場でもある戸隠で新しい動きをしている人たちと積極的に付き合って刺激を受け合いつつ、地域にも貢献していきたいと語る水谷さん。

「そのためにも、今はまだまだ修行中。暮らしの型作りはもう少し続けていきたいですね」



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