戸隠への移住は春がオススメ
移住してきた1月の戸隠の様子。2026年戸隠の積雪は少なかったそう。それでも雪が初めてだった僕はなかなか苦労しました。雪の経験が少ない方は春を待った方が良いかもしれません。山菜も美味しいし…
はじめまして!渡辺佳明(ワタナベヨシアキ)と申します。循環型農業を実践すべくこの1月に戸隠にやってきました。戸隠に住んで半年。関西訛りが全く抜けません。数々の大阪人の例に漏れず、僕も関西弁を話し続ける運命なのでしょう。
しかし先日、田んぼの端で戸隠マダムたちとお喋りしていたところ「関西弁良いわよ!ずっと関西弁の方が良いんじゃない?」と言っていただきました。
大変光栄でした。図々しくもお言葉に甘えて、僕はもうしばらく関西弁を話そうと思いました。(知らんけど…)
今回は初投稿ということで、自己紹介を兼ねて戸隠移住半年で感じたことや考えたことをメインに書きます。
この文章が皆さんの戸隠移住のお役に立てれば幸いです。
それでは戸隠から渡辺がお送りします。
(渡辺の主観で書かれてるので、全然そんなことないよ!という箇所があるかもしれません。)
戸隠の方々はよくお話してくれます。僕が犬と散歩しているときも時々話しかけてくれたりします。「この前鹿を捕った」という話になると、「もっと捕って!」と言う方もいて「ありがとう」と言ってくれる人もいます。
鹿が捕れた時にはお世話になっている80歳超えの戸隠レジェンド猟師さんに電話報告します。「やったじゃねぇか!その調子だ!」と言っていただいた際には素直に嬉しいです。もちろん挨拶だけ交わすということも多いですが、大阪にいたときよりはやはりよくお喋りする気がします。
さて、当然と言えば当然ですが、皆さんがもし戸隠に移住したら高い割合で「どこから来たの?」と尋ねられると思います。そうです。移住して来たんだから当然です。そして戸隠よりも北からの移住でない限りは、「暖かいところから来たねー!」と返ってくるのがセオリーです。
僕がこれまでいた場所は生まれ育った大阪に加えて、南西諸島(特に沖永良部島、徳之島、沖縄)と淡路島なのでそれはもう本当に暖かいところから来たわけです。最初のうちは漠然とみんな「こう聞いたらそう答える」みたいな印象があるぞ、と思っていましたが、このやりとりは考えてみると中々おもしろいです。ここには「戸隠の生活の厳しさ」と「戸隠村としての誇り」が微かに現れていると思います。(2005年に上水内郡戸隠村は長野市に併合)
戸隠の皆さんと話していると、冬は積雪で外出が難しい、夏もそれなりに暑い、町まで車で40〜50分かかること、そして獣による農業被害のことや熊の被害など、、、といったリアルな生活を聞かせていただけます。皆さん笑いながらお話しますが、冷静に聞くと結構ネガティブな話題が多いのかも。そう感じますがこれは心からマイナスに思っているわけではなく、自虐ネタとしての笑いに近いものがありますので皆さんご安心を。
とは言えどこの地域であってもやはり生活の厳しさはあるもので、淡路島なら夏の降雨の少なさや瀬戸内海を吹き抜ける冬の西風、南西諸島であれば(南西諸島の皆さん、いっしょくたにしてすみません)限られた資源での生活と輸送コスト、台風被害と船の抜港、などなど。大阪のような都会であればまた別の問題も出てくる。移住を検討している皆さんの地域にもそれぞれきっと何かあるはず。
それらを踏まえ、戸隠の皆さんも決して自分たちが一番だと不幸自慢をしたいわけではありません。
しかし、「厳しい戸隠の自然環境の中で、戸隠村として皆で歴史文化を現代まで繋いできた」という「誇り」が戸隠の方々の心の奥にあることを会話しているとじんわりと感じます。
つまり、「暖かいところから来たねー!」と言うのは「よくこんな厳しいところに来てくれたねー!」と言ってくれているのです。また、戸隠山や西岳、その他戸隠から見える山々を悪く言う人にはまだ出会ったことがありません。
僕はまだ冬と春しか知りませんが、戸隠の皆さん、雪が降れば除雪して、春になれば種をまき、獣に作物を食べられながらも農業をし、狩猟もしつつ、車で長野の町まで買い物に行ったりと、厳しくも豊かに山に暮らしているのです。
ここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。「戸隠地質化石博物館や戸隠で見られる珍しい土」、「戸隠の野生動物と狩猟」、「戸隠のパウダースノウはなぜ降るの?」、そして「自分の協力隊としての活動」など、書こうと思ったことが他にもあったのですが、長くなりそうなので次の機会にします。
この文章が皆さんの戸隠移住のお役に立てば幸いです。
以上、戸隠から渡辺がお送りしました。
おかーちゃん、桃農家になる vol.15
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