やりたいことを、やりたいだけ。ふたりの店のつくり方
長岡竜介・華香・華生さん
KITCHEN SHIROBOSHI(キッチンしろぼし)/大衆酒場白星
「なんで、皆ひとつのことしかやらないんだろうって思うんですよね」
そう話すのは、長野市吉田で「KITCHEN SHIROBOSHI(キッチンしろぼし)/大衆酒場白星」を営む長岡竜介さんと華香さん。プロカメラマンであり、飲食店の店主でもある長岡さんの働き方は、一見するとめずらしいものに見えるかもしれません。ですが、お話を聞いていくうちに、そのスタイルはごく自然な流れの中で生まれてきたものだということが分かりました。
文・写真 半田莉幸(株式会社ビー・クス)、写真提供:長岡 竜介さん
昼は定食カフェ、夜は金・土限定の居酒屋。ある時はフォトスタジオとして―。その時々によって毎回違った表情を見せるのが、長野市吉田にある「KITCHEN SHIROBOSHI(キッチンしろぼし)/大衆酒場白星」。もとの建物は「あいかわや」という、地元の中学校の制服や運動着などを取り扱っていた洋品店でしたが、2024年11月に生まれ変わりました。
長野県産の食材を中心に、調味料にもこだわって作り出す家庭料理ベースの創作料理は、身体が喜ぶやさしい味わい。おしゃれでありながら、どこか懐かしさも感じるひと手間加えられた料理の数々は、普段使いにも、少し特別な日にもなじみます。居酒屋営業の時はもちろん、昼間のランチタイムからお酒を楽しむこともでき、カフェバーのように気軽に立ち寄れるのも魅力です。
さまざまなお客さんが訪れるそうですが、リピーターの多くは地域の人々。幼稚園や保育園、学校関係、PTA、地区の集まり、商工会、スポーツ少年団など、団体で利用されることも多いそうです。
「本当は赤ちょうちん系を目指してたんですけどね。『大衆酒場』というには、おしゃれになりすぎちゃいました」
そう話すのは、同店を営む長岡竜介さん。妻・華香さんとともに店を切り盛りしており、夜の営業は長岡さん、ランチタイムは華香さんがメインと、それぞれが中心となって店に立っています。
お店のコンセプトを尋ねると、長岡さんから返ってきたのは少し意外な言葉でした。
「コンセプトは、吉田ですね」
生まれも育ちも吉田地区というお二人にとって、「このまちで店を開く」ということに意味がありました。JRと長野電鉄の駅があり、学校や病院、商業施設もそろう吉田地区。地元の人たちが自然と地域のお店に集まるのは、この土地ならではの空気感かもしれません。
店名の「白星(しろぼし)」にも、地域に親しまれる存在でありたいという思いが込められています。年配の方にも覚えてもらいやすく、縁起のよい名前にしたかったことに加え、お子さんがサッカーをしていることもあり、「勝ち」を連想させる言葉としてしっくりきたのだそう。
店の奥には「Photo studio Kimokusei(キンモクセイ)」という名のフォトスタジオも併設されており、食事を楽しむ場と撮影の場が同居している、一風変わった空間です。
というのも、長岡さんはプロのカメラマン。長野県内を中心に、大企業から個人まで、人やモノを幅広く撮影しています。広告やパンフレット、ウェブサイトなど、日常の中でふと目にする写真の中にも、長岡さんの仕事が含まれているかもしれません。
カメラの仕事を本業にしている方が飲食店を始めたと聞くと、一世一代の大転身のようにも思えますが、きっかけは意外なほどシンプルでした。
「美味しいものが好きだったし、いつかは飲食店をやってみたいなって。逆に、なんでみんな一つのことしかやらないんだろうって思いますよ」
長岡さんの語る言葉は、どこまでも単純明快。カメラマンになった理由も、「前の仕事がつまんなかったし、モテたかったから」と言い切ります。飄々としていて、どこか肩の力が抜けている印象ですが、その歩みを追っていくと、意外な経歴が見えてきました。
もとは電気設備関連の仕事に就いていた長岡さん。20歳で退職し、写真の道へと進みました。最初は写真館に勤め、2年ほど働いて実務経験を積み、カメラマンとしての仕事をひと通り学びました。その後は基礎的な撮影から、現場での対応力まで、独学で少しずつ身につけていったといいます。
その後、前職の本社があったこともあり、土地勘のある名古屋での武者修行を決意。名古屋には華香さんも一緒に移り住みました。実はお二人は中学校の同級生で、長くお付き合いを続けてきた間柄。華香さんは当時大手の化粧品会社に勤めており、各国の支店が技術を競う世界大会で入賞した経験もある実力者。名古屋には転勤という形で、同じ地に身を置くことになったそうです。慣れない土地での生活でしたが、それぞれの仕事に向き合う日々を過ごしていました。
長岡さんが入社したのは、東海エリアで出版されていた人気ファッション誌の出版社。歌手の西野カナさんや、モデルの近藤千尋さんが読者モデルをしていた時期に撮影に携わっていたそうです。一方で、その会社は俗に言う「夜の世界の情報誌」も出版しており、キャバクラやホストクラブ、風俗などに関わる人々の撮影も数多く担当してきました。昼と夜、まったく異なる現場を行き来する中で、とにかくたくさんの被写体に向き合い続けてきたといいます。毎月タウンページほどの厚さの冊子を刊行していたそうで、名古屋で撮影した人数は、1万6000人を超えるそうです。
「特に女性は、どれだけきれいにラインを出すか、研究しまくりました」
そう振り返ります。
彼氏がきれいなお姉さんばっかり撮っているなんて、やきもち焼きませんか?と尋ねると、
「むしろうらやましくて、ついていきたかったです(笑)」と笑う華香さん。
「いやいや、そんな空気じゃないし。結構アングラな世界だったからね」と長岡さん。
軽いやりとりの中に、お二人らしい関係性がにじみます。
約3年間の武者修行を経て、26歳で結婚。二人は長野へ戻ることを選択します。長野に戻った長岡さんは、そのままカメラマンとして独立しました。
「最初はコネクションもほとんどありませんでした。いくら貰えるのかも気にしないで、時間と場所だけ聞いて、とにかくなんでも撮りに行っていましたね」
まだ地元でのつながりは多くなかったものの、依頼があればできる限り断らずに受けていたといいます。他のカメラマンの代理仕事も喜んで引き受け、小さな積み重ねを重ねるうちに、少しずつ仕事の幅も広がっていきました。今では広告やパンフレット、ウェブ用の撮影など、さまざまな現場で欠かせない存在となっています。
そのタイミングで、華香さんはそれまで続けていた仕事を離れ、アシスタントとして撮影のサポートに回ることを決めました。
「私が仕事を続けたら、彼が甘えちゃう気がして。本格的に写真で頑張ってほしかったんです」
カメラの仕事と並行して、かつて長野駅前にあったクラブ「Never Land(ネバーランド)」でバーテンダーとして働いていたという長岡さん。人が集まる場の空気や、飲食の現場の動きに触れる中で、「いつか自分で飲食店をやってみたい」という思いは少しずつ現実味を帯びていきました。
3人のお子さんが成長し、少し手が離れた頃。「いい物件があれば」と探していたタイミングだった2024年の5月に、現在の物件との出合いがありました。7月末には契約。その後すぐに工事に入り、11月23日にはオープンと、物件を見つけてから開業までは半年もかからなかったそうです。
店づくりはできるだけ人任せにせず、コンセントの色や位置といった細かな部分まで自分たちで考え、もともと張られていた天井もあえて現(あらわ)しに。壁を壊した時に見えた質感を生かしながら、少し倉庫のような、ラフで開かれた空間を目指していきました。以前から地域の人に「あいかわやがあった場所」として知られていた建物が、まったく違う表情に生まれ変わったことに驚いた人も多かったようです。
オープン当初は、珍しさもあって予想以上に多くの人が訪れたそうですが、その勢いに追いつかない部分もあり、手探りの連続でもありました。そんな中で少しずつ常連客がつき、今では「ここがあってよかった」と言ってくれる地域の人の存在が、大きな支えになっているといいます。
3月からはフォトスタジオのイベントも定期開催していく予定とのこと。今後は飲食店としての利用にとどまらず、さまざまな形でこの場所を使ってほしいと語ります。
「昔、東急ライフで新1年生がランドセルを背負ってランウェイを歩くイベントを見たことがあって。ああいうのもやってみたいよね」と華香さん。
「ネオ大衆酒場…いや、ネオ大衆公民館?そういう使い方をしてほしいよね」と長岡さん。
日本酒イベントやクラブイベントなど、挑戦してみたいことはまだまだたくさんあるそうです。例えば、写真好きな人たちが吉田の街を撮り歩いたあと、店に戻ってご飯を食べながら写真を見せ合うような企画。あるいは地域の人たちが参加できるワークショップやイベントなど、飲食店、スタジオ、地域の拠点にもなりうるこの場所の利点を生かしながら、できることはまだまだありそうです。
飲食店であり、スタジオであり、ちょっとした集まりに使える場所でもある同店。赤ちょうちんのような気軽さがありながら、どこか特別感もある。ご飯を食べる、お酒を飲む、写真を撮る、人と集まる。さまざまな人が、それぞれの目的で、この場所にやってくる―。
やりたいことをひとつに絞らず、その時々で形にしていく。そんなお二人の在り方が、そのままこの店を形作っているように感じられました。
(2026/03/30掲載)
長野県長野市吉田3-16-21
KITCHEN SHIROBOSHI(キッチンしろぼし)
大衆酒場白星
Photo studio Kimokusei(キンモクセイ)
花職人しまだ 島田 俊仁さん
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