おいしさとやさしさで心を満たす、小さなケーキ屋さん
てんしのけーきさん
今年でオープン13年目を迎える「てんしのけーき」。ふんわりとやさしい響きの店名が表す通り、看板商品であるシフォンケーキは「赤ちゃんから食べられるケーキ」として、長年多くの家族に親しまれてきました。
今回は、パティシエとしてお菓子作りを手掛ける母袋風実(もたい・ふみ)さんにお話を伺いました。
文・写真 碓井 綾乃(文) 吉田 淳子(写真)(株式会社ビー・クス)
善光寺や城山動物園からほど近い、閑静な住宅街の一角に「てんしのけーき」はあります。オレンジ色の外壁に、手作りの看板とかわいらしい天使のイラストが目印。そっと扉を開ければ、焼きたてのケーキや焼き菓子の、甘くやわらかな香りがふわりと迎えてくれます。
幼い頃からキッチンに立ち、母の料理を手伝っていた風実さん。パティシエを夢見たのは、高校1年の調理実習がきっかけでした。お菓子作りの全工程を一人で担当し、その達成感と楽しさに心を奪われたといいます。
「家でもレシピを見ながら何度も練習したり、弟たちの誕生日には、手作りケーキをふるまうこともありました。『ケーキ屋さんになれたらいいな』という思いが、少しずつふくらんでいきました」
しかし、風実さんは赤ちゃんの時の水頭症により、軽度の知的障がいを抱えており、製菓学校への進学を断念せざるを得ませんでした。それでも諦めず、有名菓子店で勤務しながら、午後は自宅でケーキ作りに打ち込む日々。試行錯誤を重ねる中で、少しずつ自分のスタイルを築いていきました。
「ケーキ作りはほぼ独学です。でも嫌になったことはなくて、毎日黙々とケーキを作り続けていました」
幼少期から味覚が鋭く、誰も気がつかないような隠し味を当ててしまうこともあったという風実さん。そんな娘の姿を見て、母の京子さんは「この子は食の道でやっていける」と確信し、そっと背中を押し続けてくれたといいます。
風実さんが開業に踏み出したのは、2011年の東日本大震災がきっかけでした。連日テレビに映る被災地の様子を見て「自分にできることはないか」と家族で話し合い、約400人分のケーキを作って、現地の仮設住宅に届けました。
「最初は、本当にケーキを渡していいのか迷いもありました。でも、私が作ったチーズケーキやバナナのシフォンケーキを食べて、子どもたちが笑顔になったり、『おいしい』と泣いて喜んでくれる方もいて。今でも忘れられない経験です」
一人一人に手渡し、喜びの言葉を受け取った経験は、風実さんのケーキ作りへの思いをさらに深め、やがて「てんしのけーき」を開業する大きな原動力となったのです。
2012年の開業以来、風実さんが大切にしてきたのは「からだにやさしい」ケーキ作り。看板商品であるシフォンケーキには、赤ちゃんから安心して食べられるほど、シンプルで安全な素材が使われています。添加物・保存料を極力使わず、白砂糖よりもやさしい甘さが特徴で、ミネラルやオリゴ糖を多く含むてんさい糖を使用。卵・乳製品・大豆・小麦を使わないケーキも取りそろえ、アレルギーのあるお子さんも、家族みんなで同じケーキを囲めるよう工夫されています。その背景には、風実さん自身が幼い頃にアトピー性皮膚炎に悩まされた経験がありました。
「姉弟みんなアトピーだったんです。母は薬に頼らず、体の内側から治そうと食生活を工夫してくれました。お菓子も市販のものは避けていて…。その反動で、遊びに行った友達の家で出されたお菓子を夢中で食べてしまうこともありました(笑)」
食べたいものを自由に選べなかった記憶は、多くの子どもたちにとって、小さな切なさとして残ることでしょう。だからこそ風実さんは、みんなが安心して食べられるケーキ作りに徹してきたのです。
「ここまでお店を続けてこれたのも、家族の支えがあったからこそです」
風実さんは、開業に踏み切れずにいた自分の背中を押してくれた家族の理解と協力が大きかったと当時を振り返ります。
お店の2階でアートスクールを主宰する、絵描きの母・京子さんは、商品のイラストや看板、店前のブロック塀に至るまで、お店の世界観を手描きで表現し、訪れる人がその雰囲気を目で感じ取れるようにしてくれました。
そして今、店づくりのパートナーとして風実さんを支えるのは、弟の由晃(よしあき)さん。店舗の運営をはじめ、商品の企画や営業、情報発信まで広く担う、いわば「ディレクター」的存在です。由晃さんは、ケーキのデコレーションや商品のデザインを手掛けることも。シフォンケーキの焼き加減や、季節のフルーツ・材料選びなどはいつも二人で相談し、お客さまによりおいしいケーキを届けるために工夫を重ねています。
実は、「てんしのけーき」は自宅を改装してつくられたお店。なんと、かつて風実さんが「ケーキ屋さんになりたい」と夢を描いた子ども部屋が、今では厨房として生まれ変わっています。
その場所で現在、月に数回開催されているのが、子ども向けのケーキ教室。実際に使用されている道具や食材を使って、子どもたちは“リアルなお菓子作り”を体験します。子どもたちの「やってみたい!」が、家族の楽しい思い出に変わっていく。そして、風実さんが夢を叶えた場所で、今度は新しい夢が育っていく─。ここは、そんな幸せのつながりが生まれる場所でもあるようです。
開業前、風実さんが作ったチーズケーキを食べたお客さんが放ったその一言が、店名の由来です。常にやさしい気持ちを忘れず、そっと寄り添えるようなケーキを届けたいという風実さんの想いが、まっすぐ伝わった証でした。
「嫌なことがあっても、ケーキを作る時は、その気持ちを厨房に持ち込まないよう、切り替えることを心掛けています。ケーキを食べてくれたお客さまが『おいしい』と感じてくれることが一番。心を込めて1台1台作っています」
壁が立ちはだかっても自分の軸をぶらさず、コツコツ作り続けた風実さんと、深い信頼で結ばれた家族が紡ぐ「てんしのけーき」。一口食べれば、そのやさしい味わいに思わず笑みがこぼれ、店名の由来に納得できることでしょう。
(2025/09/17掲載)
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