日々の暮らしにそっと寄り添う、奥深く味わい深いお弁当
長田正明さん
Bento minoRe:(べんとう みのり)
コロナ禍を通じて需要が高まったお弁当。見た目や栄養バランス、冷めてもおいしいことなど、ひとつのお弁当箱のなかにはあらゆる創意工夫が詰まっています。2023年10月に長野県庁前にオープンした「Bento minoRe:(べんとう みのり)」のお弁当にも、そんな奥深さと魅力が溢れます。
文・写真 島田 浩美
「県庁前にできたお弁当屋さんがおいしい」との噂を聞き、気になっていた「Bento minoRe:」。実際に訪ねてみると、まずは温かい接客に心地よさを覚え、続いておいしさに感動。一つひとつのおかずから丁寧に作られていることがわかり、野菜を中心に肉も魚も入っていて満足度が高く、想像以上に充実のランチタイムになりました。それが「Bento minoRe:」との出会いでした。
お弁当の種類は日替わりの一択のみで、野菜はおもに契約農家や農産物直売所で購入し、できるだけ長野県産を使用。ごはんは飯山市木島産を使い、玄米か白米ベースの混ぜご飯系から選べます。厳選された素材から、おいしさだけでなく健康面にも配慮されていることがわかります。
「少しでも食べた人の心や身体に心地よく、『午後から頑張ろう』とか『元気が出た』と思ってもらえるようなお弁当を提供したいと思い、地産地消を大切に、おいしい野菜を使って作っています」
こう話す長田正明さんは東京出身で、25年以上のキャリアをもつ料理人。聞けば、高校時代のファミレスでのアルバイトを機に料理に興味をもち、“料理界の東大”とも言われる大阪の辻調理師専門学校を経て、兵庫県神戸市や神奈川県横浜市の鉄板焼き屋や創作イタリアン、洋食店、無国籍ビストロ、蕎麦屋など、数年単位で働き、多彩なジャンルで調理の腕を磨いてきたのだとか。さらにキャリア10年目だった30歳の頃には、一度東京で独立開業した経験もあると言います。結果的に5年で店を閉じたそうですが、「Bento minoRe:」のお弁当には、そんな酸いも甘いも知り抜いた長田さんの豊富な経験が凝縮しています。
長田さんがお弁当という新たなジャンルに目覚めたきっかけは、やはりコロナ禍でした。東京で勤めていた飲食店がコロナの影響で営業困難となり、転職先として選んだアパレル資本の八百屋で、新規事業としてお弁当販売をはじめることになったのです。調理を任された長田さんは、SDGsを踏まえたフードロス対策として、八百屋の商品入れ替え時に出る野菜や契約農家の規格外の野菜を使ったお弁当作りを2年間手がけました。
「ベストな状態でできたての料理を提供する飲食店と違って、お弁当は作り置きです。最初は料理人として、テイクアウトの業態への意識や感覚を変えていくことが大変でした。それでも、少しずつテイクアウトでもできる料理があるとわかり、試行錯誤と失敗を繰り返しながら、自分なりのスキルをブラッシュアップさせていきました」
例えば、ソースやタレなどの汁ものはごはんの上にのせて提供できない分、とろみをつけておかずにかけたり、カレーの場合はドライカレーにし、冷めてもおいしさを保てるよう、肉の余計な脂は抜いたり。現在の「Bento minoRe:」の原点は、このときに培われました。
「見た目もきれいに具だくさんでおいしく作るというのは、すごく大変なんです。一つひとつのおかずが完成されたものだと、食べ終わったときに疲れてしまう。だから、例えばきんぴらごぼうなら、ゴボウとニンジンだけでシンプルに作り、メインディッシュがチキンの照り焼きであれば、一緒に口に入ったときにきんぴらごぼうが完成するように作っています。それぞれのおかずの完成度を8~9割に抑えることで、1個のお弁当を食べたときに満足感が達成するようなイメージです」
こうしたおかずの組み合わせは、長田さんのこれまでの豊富な料理経験が生きていると言います。
「一つのジャンルにとらわれず、さまざまなお店を経験してきたスキルを落とし込めるのがお弁当だとわかった2年間でした」
そうした経験を踏まえ、2023年4月に、パートナーの麻里さんとともに長野市に移住した長田さん。かつて営んでいた飲食店のスタッフが長野出身だったり、高校時代に長野にスキーに訪れていたり、麻里さんが飯山市出身だったりと、昔から長野にさまざまな縁を感じていたのが移住の理由だそう。
移住してすぐの独立はためらいもあったそうですが、やはりお弁当屋を開業したい気持ちが強くなり、相談に行った不動産屋で紹介された物件が、現在の長野県庁前の建物でした。
「ちょうど不動産屋を巡っている頃に、長野県庁周辺のオフィスに対して飲食店が少ないと思い、実地調査をしたんです。すると、オフィス街なのに意外とランチ時に困っている人が多いことがわかってきました。そうした人たちが喜ぶものを提供したいと思ったときに、この県庁前の場所なら、自分のやってきたお弁当作りがうまくはまると思ったんですよね」
忙しい人たちが1時間しかないランチタイムのお弁当選びに迷うことがないよう、メニューは日替わり1種類に限定。特に宣伝はせずに開業しましたが、ジワジワと口コミで評判が広がり、今ではお昼前に完売する日も見られるようになりました。予約をする人も増え、当初、オフィス街で働く人たちをターゲットにしていた客層は、子育て中の人や高齢者など幅広い層から支持されるようになっています。夕食用にと、夕方購入に来る人もいるのだとか。
「1個900〜950円ほどと決して手に取りやすい価格帯ではないものの、少しずつ認知が浸透していると実感します。野菜の仕入れを考えると、どうしてもこの値段になってしまいますが、“意味のある値段”ととらえてもらっているようでうれしいですね。日替わりしかない分、ときには『給食みたいでありがたい』とも言ってもらえます」
長田さんが野菜にこだわるのは、長野に移住したばかりの頃、県産の農産物を食べて感動した経験があるからなのだと話します。
「東京ではおいしい野菜がどんどんなくなっています。大根やニンジンなどポピュラーな野菜でも、長野のものを食べたら『本来はこういう味だったな』と子どもの頃に食べた記憶を思い出しました。そういう野菜は、包丁を入れただけで違うとわかる。見た目はよくなくても、本当に味がおいしいんです」
だからこそ余計な味付けをせず、一つひとつの素材をおいしく食べるためにシンプルな調理法を心がけているそう。
そして、販売を担当する麻里さんは常連客にも初来店客にも寄り添うように声をかけ、その温かい人柄がまた「Bento minoRe:」の魅力になっています。
「ちょっとした世間話をしたり、日々の忙しさに追われている人が自分の状況を吐露できたり、お客さんにとってホッとしに行ける場になったらいいなと思って接客をしています」(麻里さん)
実は、以前は教員として働いていたという麻里さん。仕事柄、生徒の顔と名前を覚えるのが得意だったことが、常連客とのやりとりにつながっています。また、教員時代は仕事が多忙だったからこそ、今は日々仕事に励む忙しい人たちの気持ちに寄り添う姿勢も大切にしていると話します。
さらに、お弁当1個からオフィスや事業所へ配達しているのも「Bento minoRe:」の特徴です。ときには市外から注文されることもありますが、配達を担当する長田さんは、なんと開業当初、長野に移住を決めた直後、引っ越すまでの間に自動車運転免許を取得したばかりの運転初心者だったそうですが、可能な限り要望に応えるよう努めています。
「お弁当のいいところは、いろいろな層の人にさまざまな需要があることが見える点です。周辺にお店がなくてランチに困っている会社の人、仕事帰りに疲れて食事を作る元気がない日にお弁当で夕食を済ませたい人。それぞれの人にとって本当に困っていることや時間帯があって、その要望に少しずつ応えることで『Bento minoRe:』が成り立っています」(長田さん)
「うちは長野の皆さんにつくってもらって、今のスタイルになってきました」(麻里さん)
さらに、市場に出せない規格外の野菜を使って社会貢献ができることや、毎日さまざまなおかずを回転させて消費していく効率のよさもまた、お弁当のよさだと長田さん。ちょっと不思議な店名「minoRe:(みのり)」には、作物の“実り”の意味に加え、“3つの『Re:(リ)』”の 意味が込められています。
「自分たちの人生を1回リセットし、生まれ変わった気持ちではじめようという意味の『Re:born(リボーン)』、生産者さんに感謝を返す『Re:turn(リターン)』、野菜を食べたときに過去の記憶を思い出し、今の事業が過去ともつながっている意味の『Re:mind(リマインド)』。この3つの思いをかたちにしたものが『Bento minoRe:』です」(長田さん)
さまざまな経験を積んできたからこそ生み出せる長田さんの味わい深いお弁当と、心地よい麻里さんの接客。二人三脚で営む「Bento minoRe:」は、おいしいお弁当を販売するだけでなく、困っている人にも寄り添いながら、食の喜びや人とのふれあいの温かさも伝えてくれる空間です。
(2025/03/27掲載)
長野市中御所岡田町3-2 中沢ビル1F
電話:090-6139-1213
Instagram:https://www.instagram.com/bentominore/
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