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ナガラボはながのシティプロモーションの一環です

  • 地大島孝仁さん

    大島孝仁さん

    誠子さんの夫。交通事故で右半身麻痺になったが、妻と二人三脚で循環農法に取り組む。東京都出身。

  • 大島誠子さん

    大島誠子さん

    地域おこし協力隊松代地区担当。独自の循環農法で米作りもしている。千葉県出身。夫と子ども2人の4人暮らし。

  • 牧野真弓さん

    牧野真弓さん

    地域おこし協力隊松代地区担当。松代観光親善大使 「小松姫」も務める。愛知県出身。

人口減少や高齢化などが著しい地方において地域外の人材を受け入れ、
地域活動を行ってもらうことで定住・定着を図る「地域おこし協力隊」。そんな地域おこし協力隊が縁となって2015年に松代にやってきた3人に、これまでの経緯や松代の暮らしを聞きました。

松代を選んだ理由

孝仁 元々、農的暮らしがしたいと思って2014年秋から全国各地を見て回っていたんですよね。

誠子 息子がちょうど小学校に入学するタイミングだったので、「今を逃したら転校が必要になる」と思って、東日本大震災を機に田舎に移住していた友人たちの土地を見て回ったんです。でも、松代にはそれより数年前に家族で来たことがあって。

孝仁 そのときにカーナビで松代大本営の存在を知ったんです。それで、皆神山も以前から知っていたので、どちらも同じ場所にあるとわかって立ち寄ったんですよね。そのときは住むなんて考えていなかったけど、いざ移住先を探すとどこもピンとこない。それで、最後に「気になるから松代に行こう」と来てみたら、ふたりで「ここだ」という気持ちになったんです。

誠子 その日のうちにNPO法人「夢空間 松代のまちと心を育てる会」の三田さんと知り合い、空き家がないかと尋ねたらトントン拍子で移住が決まりました。農薬などを使わないお米作りをしたかったので、家のすぐ近くに田んぼがあり、その棚田の景色に惹かれたこと。そして、大家さんの人柄が決め手となり、ほかの空き家も見ずに決めちゃいましたね。

孝仁 高速道路を使ってすぐに実家に帰れ、子どもたちに祖父母の顔を見せてあげられる距離感も松代はよかったです。

牧野 私は前職が茨城の環境保全系NPOでしたが、そこでの結婚や子育てが想像できなくて。場所を変えたいと思ったときに、自然があって昔から家族旅行で来ていて馴染みもあった長野に来たいと思いました。そんなときにちょうど協力隊の募集があって。実は第一希望は別の地区だったのですが、松代を訪ねたら地域の人に「米も野菜も果樹も何でもできる」と聞いて惹かれ、第一希望の面接は受けず松代に決めました。

誠子 協力隊の任期は3年で、私も牧野さんも野菜組合の仕事を手伝っています。同時に、任期終了後の自立に向けた活動もしていて、私たち夫婦はお米作りから発展し、それを加工して販売する六次産業化をめざしています。

孝仁 今は「こめる食堂」という形で動いていて、イベント出店もしていますね。

誠子 お米作りは集落の人に聞きながらの手探りで、稲の状態、出会う生き物一つひとつを調べて勉強する日々でしたが、どうにか収穫ができたので、2年目からは自分たちがやりたい「岩澤農法」を学ぶために、高山村の農園に通い実践しています。田んぼに天然のビオトープを作る農法で、おかげで2年目は田んぼにいる生き物の様子が明らかに違って面白いですね。

牧野 私も大学院生時代から環境教育を学び無農薬の米作りに関わっていたので、農業で生計を立てることも考えていましたが、元々、自分の柱が「教育」で、「農」は「教育」のためのひとつのツールとして考えていることに気づきました。自然保育や野外保育に興味を持ったときに北欧の教育が自分の中でとても身近なものになったので、今年は北欧の教育者を招いてのワークショップを開催予定です。少しずつ、自然の中での「教育」も仕事にしていきたいと思っています。長野県では「信州やまほいく(信州型自然保育)」の認定制度があるので、長野で自然保育が広まるお手伝いもできたらいいですね。

松代の暮らしについて

孝仁 松代は気にかけてくれる地域の人も多いんですよね。手助けしてくれるときもあれば見守ってくれるときもあって、とてもありがたい環境で近所付き合いができていると感じています。

誠子 子どもがいることで、集落や学校とのつながりも増えました。

孝仁 地域では昔から「子どもは集落で面倒を見る」という習慣があるので、長野市内のほかのPTAでも珍しいそうですが、小学校の文化祭に地域の大人も参加しているのもいいんですよ。

誠子 住んでいるのは田舎だけど、車を走らせれば買い物にも困らないのも便利です。

孝仁 ICも近いので、市街地に住むよりもいいとこどりです。

牧野 あと、松代はI・Uターン者が多いのも安心感がありました。それと、地域の皆さんは自分の家族や歴史を大切にしているのを感じますし、寺町商家や文武学校の活用など、歴史的な建物を使って守るのもいい方法だと思います。

誠子 確かに寺町商家は飲食ができる貴重な文化財なので、どんどん使いたいな。

孝仁 ここは城下町の歴史もあるし、大本営の戦争遺跡もあるし、不思議系なら皆神山もあるし、善光寺も近い。いろいろな落としどころがあります。こんなに面白いところはないよね。

誠子 それに、私は子どもに稲刈りや田植えを体験させたかったので夢が叶いました。だから、同じように都会の子どもたちにそうした機会を提供したいですね。実際、1年目は知り合いの子どもたちが来てくれたんですが、2年目は口コミで広がって、知らない人まで来てくれました。大変だったけど、あの光景はうれしかったな。

孝仁 ざっくりした言い方だけど、ここが田舎を持たない都心の人たちにとって、気持ちの上での〝田舎〟になればいいかな。たまに出かけて自然体験ができる場所として。

牧野 私もそのような地域に根付く活動が理想でしたが、今は私だからできることを考えています。現在の観光親善大使の活動だけではなくて、北欧と長野をつなぐ架け橋のような、また違った形での親善大使にもなりたいです。欲を言えば、どちらにいても仕事ができるようになりたいですね。残りの任期で形を探っていきます。

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