長野市地域おこし協力隊はながのシティプロモーションの一環です

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【自己紹介】七二会地区担当の山崎信悟は、こんなやつだ!

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2015年8月 4日 | 活動内容:その他 |

昨日から、第2期生のプロフィールが登録されました。

本記事の前に、「山崎信悟のプロフィール」を参照ください。

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今回は、自己紹介とのことで皆さんが気になるであろう以下の6点を記載させて頂きました。

  • 育った場所
  • 長野市地域おこし協力隊になった動機
  • 長野市の中でも七二会地区協力隊になった理由
  • 脱サラをして移住した理由
  • 学生時代
  • 職歴

■育った場所

18歳まで富山県富山市千里で育つ
30歳まで神奈川県川崎市に住む
30歳の時に会社を退職し、長野市七二会に移住(4カ月間)
再就職先にて転勤を命じられ埼玉県さいたま市に家族で移住
41歳から42歳まで福島県会津若松市に単身赴任

■長野市地域おこし協力隊になった動機

もともと、七二会に住む予定でした。
40歳から仕事の量が減ったこともあり、家族で七二会へ戻る準備をしていました。

単身赴任先の業務が2015年3月末に終了することが決まりました。このタイミングで退職を決意し、娘が小学二年生になる始業式にあわせて長野へ引っ越する段取りを決めました。

2015年3月29日ダメもとで「七二会 求人」で検索すると長野市地域おこし協力隊七二会地区を発見。

協力隊に申し込み働くことが出来ました。

■長野市の中でも七二会の協力隊になった理由

妻の実家があるからです。そんなこともあり20代の時から定期的に七二会には来ていました。
田舎と呼ぶに相応しい自然豊かな場所に住まいがあることは、ありがたいことです。

12年前に2世帯家族が住める程度に増築しています。

■脱サラをして移住した理由

サラリーマンは安定した収入を得るメリットがありますが、勤務地や仕事を選ぶことができません。
関東に転勤になったり、東北に単身赴任になったりと選ぶ権限がありません。

また、通勤時間も会社依存です。
10年間は会社まで徒歩10分圏内でしたが、40歳になってから勤務地が変更になり、往復3時間の通勤を強いられてしました。

リスクがあっても、自分の人生は自分でコントロールしたい!

今は、インターネットを活用することで働き方や生き方も自由になりました。

■学生時代

10歳からプログラミングをする

16歳 雑誌社に自作のゲームを投稿しマイコンBASICマガジンとI/Oに掲載される。

16歳で第二種情報処理技術者試験(現:基本情報技術者試験)に合格する。
※当時の合格率は11% 高校生での合格は富山県にて5人

■職歴

コンピューターに興味があった関係で大手コンピュータ会社に就職する。
23歳 池田満寿夫さんの電子版画集「Masuo per Masuo」のプログラミングを担当する

27歳 全ネットワークがブロードバンドに置き換わるとのことで、いきなり大規模ネットワーク担当(物理担当)になる
週に5日ペースで徹夜をし、無事、全国のネットワークを新ネットワークに置き換える
30歳 会社を退職し長野市七二会に引っ越し、IT系インストラクターとして再就職。

12年間の講師実績:
ネットワーク、サーバー、ホームページ作成、アクセシビリティ、情報セキュリティ、Word、Excel、PowerPoint、Access、VBA、Java、PHP、起業セミナー

その他の業務:ITコーディネーター業務、ヘルプデスク業務

まとめ

いかがでしたでしょうか、箇条書きではありますが、気になるであろうことをピックアップしました。

自分なりに長野市地域おこし協力隊の現状をまとめました。よろしけば参照ください。

長野市地域おこし協力隊の現状【まとめ】

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